[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

日向はび

文字の大きさ
上 下
19 / 23

19 決裂

しおりを挟む


 誰かが息を呑む音がした。
 それを合図にしたように、ガタッと大きな音をさせてバッケム侯爵が立ち上がる。
 
「お待ちください! これは、これは何かの間違いです!」

 バッケム侯爵が叫んだ。
 口々にエルマルの使節団の者たちがそれに賛同する。それをグレンは片手で制した。

「お静かに」
「ですがっ」
「お静かに願います」

 グレンが再度言葉を重ねて、ようやく静まる。

 グレンは資料をしげしげとみつめ、それから大きくため息を吐き出した。
 ひらりと手に持っている資料を揺らす。そして重々しく口を開いた。

「この資料には、カルサンドラ王国の国営郵便による極印がある」
「なっ!?」
「これは、カルサンドラから取り寄せたものに相違ないな」

 ルーラに視線をやれば、しっかりと頷きが返ってきた。
 
「はい。おっしゃる通りです」
「それに、これはニーデル商会の社印だ。これは商会を介して送られてきた。そうだな? ニーデルベア伯爵」

 今まで黙っていた伯爵が柔和な表情を浮かべて頷いた。
 美しい所作で礼をとる。

「は。その通りでございます」

「なるほど……」

 
 商会の社印があるということは、ニーデルベア伯爵家による公式の書類であることを示すと考えてもいいだろう。
 そして反応からして、伯爵も承知の上のこと。そして公爵も。
 グレンは宰相に視線を向ける。表情は異様に強張っている。資料を凝視し、グレンの顔に視線を戻す。それを繰り返す様は、混乱を如実にあらわしていた。

 グレンは次にアスバストの貴族たちに目を向ける。
 腕を組みため息をつくもの。
 頭を抱えるもの。
 呆れたように顔を顰めるもの。
 そして納得した様子で頷くもの。
 皆違う反応だが、事情を悟り諦めたような顔をしている。

 グレンは無表情にエルマル王国側で立ち上がったまま呆然としている侯爵を視線で射抜いた。

「バッケム侯爵。これについて何か釈明はあるか」

 それは、最後通告のようなものだった。
 
 この場で出た以上今後アスバストは公式で調査団を送るだろう。証拠が出ないようなら、カルサンドラにも使節団を送っても良い。
 バッケム侯爵は顔を青から白へと変えて呆然としている。
 まさしく真実であることの証明をその身をもってしているようなものだ。

「こ、このような内容をまさか秘密にして国交を結ぼうとしていたなどとっ!」

 宰相が青ざめ、震える唇で言った。
 まったくの同意見のグレンは眉間を揉む。
 この最後の会議という時に、このようなことが発覚するとは。そこまで考えてグレンはルーラを見た。
 どこか不安そうにするルーラ。しかし瞳はしっかりとバッケム侯爵を見据えている。確証がある。この資料は事実だと強く訴えるように。
 その視線がグレンにふいに向けられた。
 懇願するような視線に、グレンはたまらなくなる。
 首を左右に振って、グレンは立ち上がった。

「会議は中止だ。この件についてはこちらから正式に調査させていただく」
「お、お待ちください! そ、それはカルサンドラからの一方的なもので、我が国は承認しておりません!」
「だとするならば」

 ピシャリとグレンは侯爵の言葉を遮った。
 声色は重々しく、そして国王足りえる威厳をもってバッケム侯爵を見据える。

「この度の通商への議題はともかくとして、レティシア王女殿下との婚約は、カルサンドラの怒りを買いかねない問題だということは、重々お分かりか」
 
 バッケム侯爵は、もはや倒れそうな顔で立ち尽くしていた。

「お待ちになって、グレン殿下!」

 衛兵の制止を押し切って、再び扉が開かれた。
 入ってきた人物を見て、グレンは頭痛がする気がした。
 なぜこの場面で来るのか。それはもはや全員の考えが一致した時だった。もちろん。エルマル側も同様だ。

「レティシア王女殿下……」

 ルーラが驚いた様子で名前を呼んだ。

 大きく手を開いて扉を開け立っていたのは、エルマル王国王女レティシアだった。

 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私の婚約者は、妹を選ぶ。

❄️冬は つとめて
恋愛
【本編完結】私の婚約者は、妹に会うために家に訪れる。 【ほか】続きです。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

【完結】あなたにすべて差し上げます

野村にれ
恋愛
コンクラート王国。王宮には国王と、二人の王女がいた。 王太子の第一王女・アウラージュと、第二王女・シュアリー。 しかし、アウラージュはシュアリーに王配になるはずだった婚約者を奪われることになった。 女王になるべくして育てられた第一王女は、今までの努力をあっさりと手放し、 すべてを清算して、いなくなってしまった。 残されたのは国王と、第二王女と婚約者。これからどうするのか。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【完結】結婚しても私の居場所はありませんでした

横居花琉
恋愛
セリーナは両親から愛されておらず、資金援助と引き換えに望まない婚約を強要された。 婚約者のグスタフもセリーナを愛しておらず、金を稼ぐ能力が目当てでの婚約だった。 結婚してからも二人の関係は変わらなかった。 その関係もセリーナが開き直ることで終わりを迎える。

処理中です...