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15 グレンの気持ち
しおりを挟む「グレン殿下、このドレスいかがですか?」
レースをふんだんにつかったドレスをまとったレティシアが、グレンの元へ駆け寄る。
挨拶もそこそこに行われるドレスを見せびらかす姿に、側にいた宰相が眉をひそめたのがわかった。
宰相はこのエルマルの王女のことをよく思ってはいないらしい。しかし婚約は積極的に勧めてくる。
東側との交流をよほど熱望しているのだろう。実際、多くの貴族が願っていることでもある。もちろん民もだ。いろいろな物が入って来れば新しい産業も始まり、国が栄えるのは前例もあって皆知っている。一方で面倒ごとや大きな変化についていけないという問題もあり、反対する声があるのも事実だった。
グレンはといえば、国のためと考えると、この交渉をうまくいくように進める義務があった。
父である国王にも強く望まれていることだ。
とはいえ、グレンは正直な話レティシアをよく思っていなかった。
「グレン様?」
「ええ、お似合いですよ」
愛想笑いを返せば、うれしそうに頬を染める。
そうした姿は年相応で可愛らしいとも思うのだが、世間知らずな面も強調しているように感じた。
彼女が毎日のように見せてくるドレスも、どれも高価な物だろう。しかしエルマル王国はそこまで裕福な国だっただろうか。大きさで言えばアスバストより小さく、東側の実情的に国際的な立ち位置も弱いだろう。それでいてこれだけの贅沢をできるということが、グレンには不思議に思えた。
思い浮かぶのは、そうした贅沢を貴族の義務といいながら、質素さを好んだ愛する女性のことだ。
――ルーラ。
貴族とは多くの責任を持つがゆえに贅沢が許されるというのが、ルーラの考えであったが、その上で質素なドレスを纏とい、民の生活に少しでも家の富を還元したいと望むような女性だ。贅沢を極めるレティシアとは正反対にいるようにも見える。
装いを見せびらかすようなことも、もちろんしない。
しかし、先日のドレスは美しかったとグレンは思った。
金色の髪に青いドレスが映えて、目をひいた。派手なレティシアよりも目立っているような気がしたのは、彼女への想いゆえだろうか。
グレンは、ルーラを愛していた。
けれど、だからといって、その恋を強引に叶えていいかといえば、そういう立場ではないのは重々承知の上だ。
王子だからこそ、結婚は政略の上になければならない。
ルーラもそれを痛いほど理解しているだろう。舞踏会で踊ったルーラの寂しげな表情が忘れられない。
「レティシア王女」
「なぁに? 殿下」
甘えた声を出してレティシアがグレンの腕にしだれかかる。それを優しく解いた上で、グレンはレティシアを見つめた。
視線がひどく冷たいであろうが、レティシアにはわからなかったようで、うれしそうな顔をする。
しかし、グレンの一言にレティシアの機嫌は急激に落下した。
「先日の舞踏会で、ハードヴァード公爵令嬢となにやら口論になったとか……。彼女はこの国の公爵の娘です。もちろん王女殿下の方が身分は上ですが、彼女をないがしろにすることは他の貴族たちとの亀裂を生じさせる原因にもなりかねません」
本心で言えば、ルーラにちょっかいをかけるな、という意味だ。
真剣な表情で話すグレンとは対照的に、レティシアはつまらなそうに顔をそらした。
「あちらが文句を言ってきたのです」
「王女殿下から話しかけたと伺っておりますが」
「わたくしの言葉が信じられないのですか?」
まったく信じられないが、それを正直には言えない。グレンは口を噤む。
「わたくしを疑っていらっしゃるの!?」
レティシアがヒステリックに叫んだ。
「いいえ」
とっさに否定する。そうすればすぐに機嫌が治った。しかしすぐにまた顔色を変える。
「グレン殿下はあの女を好きなの?」
一瞬、誰を指しているのかわからなかった。当然といえば当然だ。ルーラを”あの女”よばわりできる者など、この国にはいない。聞きなれなさすぎて反応ができなかった。
「あの女、グレン殿下の婚約者だって噂ですわよね。殿下の婚約者はわたくしなのに。それが不愉快なの。だからそう言ってやっただけです。それを口論だなんて、そう報告した人を処罰していただきたいですわ」
グレンは内心頭にきていた。あの女呼ばわりと言い、婚約者が誰か、ということをルーラに声高に言ったのだろう事実もひどく苛立つ。
それを受けたルーラの気持ちを考えればなおさらだ。
「あの女とはなんともない。そうですわよね。殿下」
にこりと微笑むレティシアは美しいが、心根は美しくない。そう思いながら、グレンは首を横に振りたくなる気持ちを抑えて、首肯した。
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