上 下
12 / 23

12 ジョエル

しおりを挟む

 マリーはジョエルからの手紙を預かって返ってきた。
 すぐにでも。という返事に、予想外に早く会えることに喜ぶ。ルーラは急いで着替えを済ませると、マリーと共にニーデルベア伯爵の屋敷へ向かった。


 案内された応接室にはすでにジョエルが待っていた。

「ハードヴァード公爵令嬢、お待ちしておりました」
「ジョエル様、どうかルーラと」
「では、ルーラ様。どうぞこちらへ」

 高級なソファを示され、ルーラは大人しく座る。マリーには部屋の外で待機してもらっていた。それを見たジョエルが、自らの侍女を下がらせる。

「ありがとうございます」

 意図を汲んでくれたことに礼を言えば、意外にも厳しい目線が帰ってきた。

「ルーラ様。失礼ですが、あなたは殿下の婚約者だ。あまり軽々しく他の男を訪ねるのはいかがなものかと思いますよ」

 以前は随分と気さくな印象を受けたが、今のジョエルは伯爵家の息子たる威厳を備えているようにみえた。数ヶ月で何かが変わったと言うことではないのだろう。本心から心配してくれている。そうルーラは感じ取った。

「申し訳ありません。ですが、とても大事なお話があって……それに、わたくしは殿下の婚約者と言うわけではありませんし」
「婚約者候補なんていっても、予約済みの身じゃないですか」

 肩をすくめてジョエルが言う。

「予約済みだなんて……」
「実際そうでしょう? 他の男からしたら、あなたは高嶺の花ですよ。俺も含めてね」
「ご冗談を」
「冗談じゃなくて本気なら、話を聞いてくれるんです?」

 思わぬ言葉にルーラは驚いた。そして目を瞬く。ジョエルがそのようなことを言うとは思わなかったのだ。しかし考えてみれば、ルーラとジョエルの婚約の話を公爵からルーラが聞かされたのと同じように、ジョエルも聞かされているのかもしれない。
 そう考えると、確かに自分の行動は軽率だった。密会したようなものだ。事実そうなのだが、周囲からみればあまり良いものとはいえないだろう。少なくとも、グレンの婚約者候補筆頭という立場を表向きは失っていない身としては。
 沈黙してしまったルーラに、ジョエルは小さく吹き出した。

「冗談ですよ。冗談。ただね、そう言うことがあるっていう話……あなたも聞いているでしょう?」

 核心を突く言葉に、ルーラは慎重に頷く。

「まぁ、俺としては、親友の恋人を奪うのは気が引けるんですけどね。グレンが望むなら別だけど」
「恋人……あ、その、やはりお二人は親しいのですね」
「そうですねぇ。幼少期からの付き合いなので、そこはあなたとグレンが親しいのと同じですよ。こちらはもちろん友情ですけどね」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑る姿に、思わずルーラは笑った。
 初めて会った時もこんなふうだったとルーラは思い出す。気さくで、快活で、言葉遊びが得意で、とても優しい人なのだ。
 物静かなグレンとウマが合うというからどんな人かと思えば、グレンを言いまかすような口の達者な姿も見た。それでもグレンが楽しそうにしていたから、とても仲がいいこともうかがい知れたのだ。

「さて」

 ジョエルの声音が変わる。

「本題にはいりましょうか。ルーラ様」
「ええ」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

私の婚約者は、妹を選ぶ。

❄️冬は つとめて
恋愛
【本編完結】私の婚約者は、妹に会うために家に訪れる。 【ほか】続きです。

【完結】本当に私と結婚したいの?

横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。 王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。 困ったセシリアは王妃に相談することにした。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

処理中です...