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10 旅の楽師いわく
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「おやぁ、そこにいるのは金髪のお嬢さんではないですか?」
低く、透き通るような声がきこえて、ルーラはハッとして声の主をさがした。
「こっちです、こっち」
「あ……楽師さん!」
そこにいたのは若い男性だった。青い色の髪は特殊な素材で染めているらしく、瞳はこちらも見たことがない黄金の虹彩を放っている。
背中になにか大きなものを背負っているが、それが何かの楽器であることをルーラは知っている。遠い国の楽器だそうで、不思議な音色を奏でるものだ。楽師自身もとても美しい声を持っていて、あちこちの国で見聞きしたことを歌にしている。
楽師の名はしらない。お互い名乗ったこともないからだ。しかし楽師のほうは、ルーラことを知っているのではないかとルーラは思っていた。
楽師と会うのは、本当に久しぶりだ。
「一年ぶり? それ以上かな? 元気していたかい?」
「ええ、楽師さんも、いつからアスベルトに?」
楽師は国々を転々としている。会えるのは奇跡にも近いような気がするが、彼がアスベルトに来た際には結構な頻度で会えていた。楽師はルーラにそれらの出会いを運命だなんて歌ってきかせたりもしていた。
「おとといかな。いや、いつ来ても活気のあるいい街だね」
「ふふ。ありがとう。そう言ってもらえるとなんだかうれしいわ」
「そうかい?」
不思議な声音で、ルーラもついついうっとりとしてしまう。
一方の楽師は何やら深刻な顔をしてみせた。珍しい表情に、ルーラはすぐに表情を引き締める。めずらしいと言ってもたまに見かける表情だ。そしてそういう時はきまって良くない国外の噂や情勢を教えてくれる。
「どうかしました?」
「うーん。この国に来てさ、聞いたんだけど、今エルマルの王女様がこの国にきてるんだって?」
「ええ」
さすが、耳が早い。そしてやはりその話か、とルーラは思った。
「結婚するのかい?」
一瞬、何を指しているのかわからずに沈黙してしまう。しかしすぐに、王女とグレンのことだと気づいて、ルーラは顔を上げた。
「えっと、まだ確定ではないわ。今使節団が来ていて、うまく話がまとまれば、そういうことになると思うの」
ルーラの言葉に後ろにいたマリーが顔を顰める。
マリーは楽師がルーラの正体を全く知らないと思っていた。だからこのようなことを聞かれるのが非常に不愉快に感じられたのだ。
しかしルーラはといえば、楽師は恋の物語を歌にしやすいと昔いっていたから、それに使うのだろうと考えているので、快活に答える。
楽師はルーラの言葉をきくと意味深に「ふぅん」と相槌を打った。
「どうか、したの?」
思わず尋ねる。すると楽師は、身をかがめてルーラに耳を貸すように仕草で訴えてきた。ルーラはそっと耳を傾ける。
「実はひと月くらい前、カルサンドラ王国に行ったんだ」
「カルサンドラ? 東の大国ね。あまりいい噂は聞かないわ」
カルサンドラは東側諸国の中でもっとも巨大な国だ。もしかしたら、西側のどの国よりも国力があるかもしれない。東諸国が大戦をしていた時は不戦を貫きながらも各国に武器を売るというなんとも不穏な動きをしていた国である。そして大戦はカルサンドラの出兵により混乱した。
結局カルサンドラが一人勝ちする前に、終戦することで、各国はカルサンドラに統治されるという最悪の状況を免れたそうだ。
終戦後、東のどの国もこのカルサンドラを強く警戒しており、国同士が同盟を組めば、カルサンドラに落とされると考えて、同盟を組めないでいるという。
エルマルが西の代表であるアスベルトと対話をおこなった背景には、カルサンドラに万が一でも攻撃されないための後ろ盾を西に求めたということもあった。
「国は落ち着いているよ。さすが大国なだけあって、治安もいい。ただ、ある噂をきいた」
「噂?」
「エルマルの王女レティシアが東諸国でなんて呼ばれてるか知ってる?」
突然の質問にルーラは首を傾げる。
「ええと、たしか、東の秘宝? だったかしら」
ルーラも美しいが、レティシアはそれは可愛らしい少女だ。
東ではその美しさは国外にもとどいているという。それでそのような名称がつけられたと、以前ルーラは聞いたことがあった。
「そう。東の秘宝。それでね。東の国では彼女を妃にしたいって王族がたくさんいる」
「そうなの?」
それは初耳だ。しかしない話ではない。しかしエルマルとしては他の国と同盟を結んだところで、カルサンドラから目をつけられるだけ。それなら西との国交のために、言い方は悪いがレティシアを使おうとしたのはわかる。
楽師がルーラの思考を読んだかのように頷いた。
「たしかに、エルマルは東のどの国と同盟を結んでもカルサンドラには勝てないだろう。だが、カルサンドラと同盟を組んだら、どうなる?」
「それはないでしょう? カルサンドラの国王は東諸国を自国の統治下におきたいと考えていると聞いたわ」
「そう。だからどの国も、カルサンドラから同盟を持ちかけられたとしたら断れない。たとえそれが一方的な支配だとわかっていても」
そこでルーラはハッとした。
関係のないように思われるレティシアの話。そしてカルサンドラが求めている支配という目的。そんな状況下で行われるこの東西の対話において、レティシア王女の結婚という条件がある理由。
「まさか……」
「どうやら、カルサンドラの国王がレティシア王女に求婚しているらしい」
低く、透き通るような声がきこえて、ルーラはハッとして声の主をさがした。
「こっちです、こっち」
「あ……楽師さん!」
そこにいたのは若い男性だった。青い色の髪は特殊な素材で染めているらしく、瞳はこちらも見たことがない黄金の虹彩を放っている。
背中になにか大きなものを背負っているが、それが何かの楽器であることをルーラは知っている。遠い国の楽器だそうで、不思議な音色を奏でるものだ。楽師自身もとても美しい声を持っていて、あちこちの国で見聞きしたことを歌にしている。
楽師の名はしらない。お互い名乗ったこともないからだ。しかし楽師のほうは、ルーラことを知っているのではないかとルーラは思っていた。
楽師と会うのは、本当に久しぶりだ。
「一年ぶり? それ以上かな? 元気していたかい?」
「ええ、楽師さんも、いつからアスベルトに?」
楽師は国々を転々としている。会えるのは奇跡にも近いような気がするが、彼がアスベルトに来た際には結構な頻度で会えていた。楽師はルーラにそれらの出会いを運命だなんて歌ってきかせたりもしていた。
「おとといかな。いや、いつ来ても活気のあるいい街だね」
「ふふ。ありがとう。そう言ってもらえるとなんだかうれしいわ」
「そうかい?」
不思議な声音で、ルーラもついついうっとりとしてしまう。
一方の楽師は何やら深刻な顔をしてみせた。珍しい表情に、ルーラはすぐに表情を引き締める。めずらしいと言ってもたまに見かける表情だ。そしてそういう時はきまって良くない国外の噂や情勢を教えてくれる。
「どうかしました?」
「うーん。この国に来てさ、聞いたんだけど、今エルマルの王女様がこの国にきてるんだって?」
「ええ」
さすが、耳が早い。そしてやはりその話か、とルーラは思った。
「結婚するのかい?」
一瞬、何を指しているのかわからずに沈黙してしまう。しかしすぐに、王女とグレンのことだと気づいて、ルーラは顔を上げた。
「えっと、まだ確定ではないわ。今使節団が来ていて、うまく話がまとまれば、そういうことになると思うの」
ルーラの言葉に後ろにいたマリーが顔を顰める。
マリーは楽師がルーラの正体を全く知らないと思っていた。だからこのようなことを聞かれるのが非常に不愉快に感じられたのだ。
しかしルーラはといえば、楽師は恋の物語を歌にしやすいと昔いっていたから、それに使うのだろうと考えているので、快活に答える。
楽師はルーラの言葉をきくと意味深に「ふぅん」と相槌を打った。
「どうか、したの?」
思わず尋ねる。すると楽師は、身をかがめてルーラに耳を貸すように仕草で訴えてきた。ルーラはそっと耳を傾ける。
「実はひと月くらい前、カルサンドラ王国に行ったんだ」
「カルサンドラ? 東の大国ね。あまりいい噂は聞かないわ」
カルサンドラは東側諸国の中でもっとも巨大な国だ。もしかしたら、西側のどの国よりも国力があるかもしれない。東諸国が大戦をしていた時は不戦を貫きながらも各国に武器を売るというなんとも不穏な動きをしていた国である。そして大戦はカルサンドラの出兵により混乱した。
結局カルサンドラが一人勝ちする前に、終戦することで、各国はカルサンドラに統治されるという最悪の状況を免れたそうだ。
終戦後、東のどの国もこのカルサンドラを強く警戒しており、国同士が同盟を組めば、カルサンドラに落とされると考えて、同盟を組めないでいるという。
エルマルが西の代表であるアスベルトと対話をおこなった背景には、カルサンドラに万が一でも攻撃されないための後ろ盾を西に求めたということもあった。
「国は落ち着いているよ。さすが大国なだけあって、治安もいい。ただ、ある噂をきいた」
「噂?」
「エルマルの王女レティシアが東諸国でなんて呼ばれてるか知ってる?」
突然の質問にルーラは首を傾げる。
「ええと、たしか、東の秘宝? だったかしら」
ルーラも美しいが、レティシアはそれは可愛らしい少女だ。
東ではその美しさは国外にもとどいているという。それでそのような名称がつけられたと、以前ルーラは聞いたことがあった。
「そう。東の秘宝。それでね。東の国では彼女を妃にしたいって王族がたくさんいる」
「そうなの?」
それは初耳だ。しかしない話ではない。しかしエルマルとしては他の国と同盟を結んだところで、カルサンドラから目をつけられるだけ。それなら西との国交のために、言い方は悪いがレティシアを使おうとしたのはわかる。
楽師がルーラの思考を読んだかのように頷いた。
「たしかに、エルマルは東のどの国と同盟を結んでもカルサンドラには勝てないだろう。だが、カルサンドラと同盟を組んだら、どうなる?」
「それはないでしょう? カルサンドラの国王は東諸国を自国の統治下におきたいと考えていると聞いたわ」
「そう。だからどの国も、カルサンドラから同盟を持ちかけられたとしたら断れない。たとえそれが一方的な支配だとわかっていても」
そこでルーラはハッとした。
関係のないように思われるレティシアの話。そしてカルサンドラが求めている支配という目的。そんな状況下で行われるこの東西の対話において、レティシア王女の結婚という条件がある理由。
「まさか……」
「どうやら、カルサンドラの国王がレティシア王女に求婚しているらしい」
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