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8 悲しい気持ち
しおりを挟む「わたしが結婚したら、マリーは一緒に行ってくれるかしら」
ポツリと呟く。マリーが驚いたように目を丸くしていた。こんな時だ。結婚といえばグレンと、と考えられた今までとは違うのだから、そういった話題が出ることが意外だったのだろう。驚くマリーにルーラは馬車の中での出来事をかいつまんで話した。
「ジョエル様とは、マリーはあったことないわよね」
「はい。ですがお話だけは伺がったことがございます。王子殿下と親しくされていて、東に留学していたこともあるとか……たしか剣技には目を見張るものがあると」
「ええ、以前手合わせを見せていただいて……ジョエル様もグレン様もとてもすばらしかったの」
思い出すだけでも鳥肌がたちそうな手合わせだった。そして終わったあとは心底楽しそうに話していたことも思いだす。二人は、それは仲がよかったのだ。
「ジョエル様なら、グレン様も祝福してくださるかしら」
眉をさげてそんなことを呟けば、マリーが心配そうにルーラの顔色を見ていることに気づく。
「ごめんね。分からないの。グレン様はきっと今回の事わたしに申し訳なく思っていると思うの。そういう方だもの。だからきっとわたしが幸せになるためだったら色々と手を尽くしてくださるわ。でも……でも、グレン様はそれを……」
悲しむかしら。
いつかお嫁さんに。そんな子供の約束はルーラの中だけでなく、グレンの中にもずっとあったのだと知っている。特別扱いをされていることは自覚もあって、明確に言葉にされたことはなかったが、グレンとルーラとの間に好意があったのはおそらく間違いない。それをルーラはずっと感じていた。だから嬉しかったし、側にいたいという気持ちが強くあったのだ。
だってお互いに想いあっている結婚ほどすてきなものはない。
でも、だからこそ彼はきっとルーラの幸せを願うだろう。たとえ自分以外と結婚する事になっても。
しかしそうなった時、自分以外と結婚するルーラにどんな想いを向けるのだろうか。悲しむだろうか。寂しいだろうか。虚しいのか、苦しいのか、どんな気持ちになるのだろう。
「わたくしは……」
マリーが静かに語り出す。
「わたくしは、殿下のお気持ちはお嬢様と同じだと思っております。ですからきっと、お嬢様と同じお気持ちになるのではないでしょうか」
「それは……いやだわ」
そうか。こんな想いをすることになるのか。いや、もしかしたら先に結婚するのはグレンの方になるのだろうから、もっと辛いのかもしれない。自分がそこにいたらと何度も思うだろう。そしてそれができないのは自分のせいだと思うのかもしれない。
それはとても悲しいことだった。そんな想いはさせたくなかった。
「でも、一生結婚しないなんて無理だわ。……グレン様より先に結婚してしまえば、少しはグレン様のお気持ちも楽になるかしら」
「それは……」
「分からない、わよね」
でも、そうしたらすこしは楽になるだろうか。本当に、罪悪感など持たないで欲しい。それなら、自分から裏切った方がずっと良い気がした。
やさしいグレンのことだ。それも分かってしまうかもしれないが。
「だめね。こんなこと考えていては」
グレンにもジョエルにも失礼だ。
それに、浴室に全て置いてくるとそう決めたのだ。うじうじとしている自分がみっともなく思えた。
「お嬢様……」
「明日は朝市に行ってみようかしら。おいしい果物があったらいただきましょう?」
つとめて明るく言葉にする。マリーは一瞬顔に影を落としたが、すぐに穏やかに笑って「そうしましたら、早く寝ないといけませんね」と答えた。
「そうね。ありがとうマリー」
飲み終わったカップを渡し、ベッドにはいる。
ベッドサイドの灯だけつけて、マリーが部屋の明かりを消すのを眺めた。
「お嬢様、おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみなさい」
静寂が訪れ、ルーラは1人でベッドの中で寝返りをうつ。
明日にはこの悲しい気持ちもすこしは楽になっていればいい。すこしでもグレンを祝福できたらそれでいい。
一瞬舞踏会で言葉を交わしたレティシアを思い出す。
――グレンは静かな場所が好きだから、彼女とうまくやっていけるかしら……。
もしうまくいかなくても、相談をしあうような関係にはなれないだろう。
誰と結婚しても、ルーラはグレンを忘れられる気がしなかった。
グレンもそうだといいと考える自分が醜く感じる。それでもグレンの心に自分が居続けたらいいと願わずにはいられなかった。
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