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7 気分転換はいかがですか
しおりを挟むいつもより長めの入浴を済ませて、ルーラは部屋で静かに座っていた。
泣いたせいだろう。体力を一気に消費したように頭も体も力が出ないのだ。まぶたはまだすこし重い。明日は腫れてしまうだろうか。と一瞬懸念したルーラの前に、タオルが差し出された。
「マリー」
ニコリとマリーが笑う。
お礼を言って手に取ると、思った通りしっとりと濡れてほかほかと暖かい。そっとまぶたに当てれば、暖かさがじんわりと染み込んだ。
「お嬢様。ホットチョコをお持ちしました」
「こんな夜に甘いものなんて、いけないことをしているようだわ」
「ふふ。では今日だけ贅沢ですね」
マリーの優しさが胸にしみる。笑ってカップを受け取る。ゆらゆらと揺れるカップの表面は茶色く濁っていて、ルーラの顔が映ることはない。今とてもひどい顔をしていると自覚があったから、ルーラはわずかにほっとした。
口に含めば、じんわりと体に染み入る。
「ありがとう。すこし元気が出たわ」
ルーラは自然に溢れた笑顔をそのままに、マリーを見上げた。
「お嬢様。明日は何も予定はありませんし、久しぶりに気分転換はいかがですか?」
「気分転換……」
それはルーラとマリーの間でのみ通じる言葉だった。
ルーラは昔からこっそりと街に出ることがあった。マリーを連れていくそれは気分転換と称されていて、ルーラの元気がないと必ずマリーが街に連れていってくれた。危険もあるということもあって、こっそり護衛がついてきていることを知ったのは、10代の後半に入ってからだった。
こっそりとは言えないわね。なんて思ったものだが、大事にされている証のようで嬉しくもあった。
――そういえば、ここのところ忙しくて、街に降りることはなかったわね。
街は、どうなっているのだろう。エルマルからの使節団がきたことも噂になっているだろうし、当然グレンのことも噂になっているのだろう。そしてルーラのことも。
行けば何かを突きつけられるような予感もあり、しかし同時に行かなければいけないような予感もあった。そして純粋に街をみたいという気持ちがあった。
「そう、そうね。そうしようかしら」
明るい声でそう言うと、マリーがほっとしたような顔をした。
「なぁに?」
「お嬢様、最近ずっと根をつめていらっしゃいますし。それに息抜きができていなかったので」
「心配かけてごめんね」
「まさか。謝罪など不要ですわ。お嬢様がお元気であることこそ、マリーの一番の幸せでございますもの」
本気で言っているのだろう。真剣な目でマリーが言う。
本当に、こんなに思われて幸せだとルーラは思った。
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