5 / 23
5 国の事情
しおりを挟む「もし、対談がうまくいけば、殿下はレティシア王女殿下とご婚約されるだろう。というよりその婚約が行われることが、あちらの目的と言ってもいい」
エルマル王国を含む東諸国は数年前まで大規模な戦争をしており、今でも小さなイザコザがあるという。また大きな戦争を今後引き起こさないためにも、彼らには後ろ盾が必要だった。そのために彼らは西との繋がりを求めている。エルマル王国は山脈越しとはいえ西と接している数少ない国である。他国より一歩抜きん出て交流を行いにきたその動きは評価されるべきものだろう。
一方西の国々はアスバストも含めて友好関係が築かれている。そしてアスバストもまた山脈越しに唯一東と接している国だった。西諸国だけで物資を回すには限界があり、アスバストに東諸国と繋がることを西の国々は期待している。
エルマルは他国を出し抜く一歩として、アスバストは西諸国全土の今後を担う代表として、共にここで繋がりを持たなければならない。
とはいえ、通商さえ結ばれればよいアスバストと違い、エルマルは後ろ盾となるほどの深い繋がりを西の国と持たなければならない。
そのための王族同士の婚約だ。
「エルマル王国の目的が婚約……。たしかに後ろ盾を得るのに、婚姻は大きな意味を持ちますから……。もしや……揉めていたのはそこなのですか? 我が国が婚約について消極的なのですか? それで会議が長引いて?」
「うむ。もちろん、通商を行うにあたっての課税問題や、交流の中心になる街をどこにするかという話も決着はついていなかった。ただ、殿下が……」
殿下が、返答に時間がほしいと申された。公爵は重い口ぶりでそう言った。
「それは……」
「話あうことは山のようにあるので、そこは良かったのだが、しかしもし婚約が進められれば、その後の細かい取り決めに関しては後回しでも良いのではという意見もでておった」
そうだろう、とルーラは思った。彼らの目的はひとえにレティシアの婚約、そして結婚に他ならない。そして彼らがそれを成せば、ある程度こちらの要望も聞いてくれるのではないかと思えた。
――どうして殿下はそれを先延ばしに? まさか……。いえ、私のためなんて、そんなこと烏滸がましいことだわ。
「ですが、話は収束していると先ほど……」
「ああ。諸侯は殿下へ決断を求めていた。殿下はそれを受けて、先程……」
「そう、ですか……」
グレンは婚約を承諾したのだ。当然だ。自分のわがままで国益を損なうようなことを、グレンがするはずがない。国のことを一番に考えている、王になるべくして生まれた人なのだから。
「それでわたくしとジョエル様との婚約の話が?」
「そうだ。今回のことがなければ、殿下が学園を卒業する数ヶ月後にはお前との婚約が進められる予定だっただろう。それが白紙になる。しかし本来ならもっと早く婚約していてもおかしくない歳だ」
王子が学園を卒業してから婚約者を決める。
国王陛下が決められたことだ。こんな事態になることを想定していたのだとしたら、恐ろしいほど先見の明があると言えるだろう。
王のその宣言を受けて、数年前までは多くの淑女が王子との婚約のために他者との婚約を避けていた。
ルーラが候補筆頭と呼ばれるのは、そうした事態で婚約の機を逃す令嬢たちが増えないようにという対策でもあったのだ。それを知るものがどれほどいるかはわからないが、事実ルーラがいるのなら、と別の貴族との婚約を進めた令嬢は少なくない。
しかしグレンが別の女性と婚約することになれば、その機をのがすのはルーラも同じこと。
「それで、早く別の方との婚約を進めるべき。ということですわね」
「……すまない。しかしあまり時間が過ぎるのは」
「わかっておりますわ。行き遅れなどと言われないようにしなければ。それこそ公爵家の名に傷がつきます。わたくしもそれを望んでいるわけではありませんもの」
ルーラは穏やかに微笑んだ。
それしか、今のルーラにできることはなかった。それから静かにまぶたを伏せる。
「すこしだけ、考えさせてください」
そんなことは許されないとわかっていながら、ルーラは静かに父にお願いした。
公爵もまた、だまって頷いた。
20
お気に入りに追加
1,351
あなたにおすすめの小説


「きみ」を愛する王太子殿下、婚約者のわたくしは邪魔者として潔く退場しますわ
茉丗 薫
恋愛
わたくしの愛おしい婚約者には、一つだけ欠点があるのです。
どうやら彼、『きみ』が大好きすぎるそうですの。
わたくしとのデートでも、そのことばかり話すのですわ。
美辞麗句を並べ立てて。
もしや、卵の黄身のことでして?
そう存じ上げておりましたけど……どうやら、違うようですわね。
わたくしの愛は、永遠に報われないのですわ。
それならば、いっそ――愛し合うお二人を結びつけて差し上げましょう。
そして、わたくしはどこかでひっそりと暮らそうかと存じますわ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※作者より※
受験や高校入学の準備で忙しくなりそうなので、先に予告しておきます。
予告なしに更新停止する場合がございます。
その場合、いずれ(おそらく四月中には)更新再開いたします。
必ずです、誓います。
期間に関してはは確約できませんが……。
よろしくお願いします。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。

【完結】私の嘘に気付かず勝ち誇る、可哀想な令嬢
横居花琉
恋愛
ブリトニーはナディアに張り合ってきた。
このままでは婚約者を作ろうとしても面倒なことになると考えたナディアは一つだけ誤解させるようなことをブリトニーに伝えた。
その結果、ブリトニーは勝ち誇るようにナディアの気になっていた人との婚約が決まったことを伝えた。
その相手はナディアが好きでもない、どうでもいい相手だった。

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】
青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。
婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。
そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。
それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。
ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。
*別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。
*約2万字の短編です。
*完結しています。
*11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。
華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。
王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。
王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

【完結】本当に私と結婚したいの?
横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。
王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。
困ったセシリアは王妃に相談することにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる