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5 国の事情
しおりを挟む「もし、対談がうまくいけば、殿下はレティシア王女殿下とご婚約されるだろう。というよりその婚約が行われることが、あちらの目的と言ってもいい」
エルマル王国を含む東諸国は数年前まで大規模な戦争をしており、今でも小さなイザコザがあるという。また大きな戦争を今後引き起こさないためにも、彼らには後ろ盾が必要だった。そのために彼らは西との繋がりを求めている。エルマル王国は山脈越しとはいえ西と接している数少ない国である。他国より一歩抜きん出て交流を行いにきたその動きは評価されるべきものだろう。
一方西の国々はアスバストも含めて友好関係が築かれている。そしてアスバストもまた山脈越しに唯一東と接している国だった。西諸国だけで物資を回すには限界があり、アスバストに東諸国と繋がることを西の国々は期待している。
エルマルは他国を出し抜く一歩として、アスバストは西諸国全土の今後を担う代表として、共にここで繋がりを持たなければならない。
とはいえ、通商さえ結ばれればよいアスバストと違い、エルマルは後ろ盾となるほどの深い繋がりを西の国と持たなければならない。
そのための王族同士の婚約だ。
「エルマル王国の目的が婚約……。たしかに後ろ盾を得るのに、婚姻は大きな意味を持ちますから……。もしや……揉めていたのはそこなのですか? 我が国が婚約について消極的なのですか? それで会議が長引いて?」
「うむ。もちろん、通商を行うにあたっての課税問題や、交流の中心になる街をどこにするかという話も決着はついていなかった。ただ、殿下が……」
殿下が、返答に時間がほしいと申された。公爵は重い口ぶりでそう言った。
「それは……」
「話あうことは山のようにあるので、そこは良かったのだが、しかしもし婚約が進められれば、その後の細かい取り決めに関しては後回しでも良いのではという意見もでておった」
そうだろう、とルーラは思った。彼らの目的はひとえにレティシアの婚約、そして結婚に他ならない。そして彼らがそれを成せば、ある程度こちらの要望も聞いてくれるのではないかと思えた。
――どうして殿下はそれを先延ばしに? まさか……。いえ、私のためなんて、そんなこと烏滸がましいことだわ。
「ですが、話は収束していると先ほど……」
「ああ。諸侯は殿下へ決断を求めていた。殿下はそれを受けて、先程……」
「そう、ですか……」
グレンは婚約を承諾したのだ。当然だ。自分のわがままで国益を損なうようなことを、グレンがするはずがない。国のことを一番に考えている、王になるべくして生まれた人なのだから。
「それでわたくしとジョエル様との婚約の話が?」
「そうだ。今回のことがなければ、殿下が学園を卒業する数ヶ月後にはお前との婚約が進められる予定だっただろう。それが白紙になる。しかし本来ならもっと早く婚約していてもおかしくない歳だ」
王子が学園を卒業してから婚約者を決める。
国王陛下が決められたことだ。こんな事態になることを想定していたのだとしたら、恐ろしいほど先見の明があると言えるだろう。
王のその宣言を受けて、数年前までは多くの淑女が王子との婚約のために他者との婚約を避けていた。
ルーラが候補筆頭と呼ばれるのは、そうした事態で婚約の機を逃す令嬢たちが増えないようにという対策でもあったのだ。それを知るものがどれほどいるかはわからないが、事実ルーラがいるのなら、と別の貴族との婚約を進めた令嬢は少なくない。
しかしグレンが別の女性と婚約することになれば、その機をのがすのはルーラも同じこと。
「それで、早く別の方との婚約を進めるべき。ということですわね」
「……すまない。しかしあまり時間が過ぎるのは」
「わかっておりますわ。行き遅れなどと言われないようにしなければ。それこそ公爵家の名に傷がつきます。わたくしもそれを望んでいるわけではありませんもの」
ルーラは穏やかに微笑んだ。
それしか、今のルーラにできることはなかった。それから静かにまぶたを伏せる。
「すこしだけ、考えさせてください」
そんなことは許されないとわかっていながら、ルーラは静かに父にお願いした。
公爵もまた、だまって頷いた。
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