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「私達の婚約をなかったことにするって、お父様が言うの」

 泣き出しそうな顔で少女は言った。
 ブロンドの髪を花の飾りできれいに結い上げた姿は可憐で、妖精のようである。
 そんな彼女泣き顔を誰が見たいと思うだろうか。

「どうしてそんなはなしになったんだい?」

 美しい庭におかれたテーブルの上で少女はうなだれる。
 
「わからないの。どうしてか、突然……嫌って言ったの。私はマルクと結婚するのって」

 でも、と少女は言葉をつまらせる。

「そんなはなし、ぼくは父から聞いてないけどな」
「そうでしょう? だから本当に唐突で……私嫌になってしまって、それでマルクのところに逃げてきたのよ」
「とつぜんで、母様はおどろいただろう」

 少女はクスクスと笑った。

「そうなの。びっくりしていらっしゃったわ。マルクがどこにいるかって伺ったら、わからないって仰るから探してしまったわ」
「そんなこと言って……ぼくがいつもここにいることをセラナは知ってるだろう?」
「ふふっ。そうよ」

 少女――セラナは笑みを深くする。
 手元のお茶を口に含んで、それからまた顔色をかなしげにゆがめた。

「お父様ったら、どうしてそんなことを言ったのかしら」
「すこし時間をおいたほうがいいかもしれないね。帰ってすぐ理由を聞いても教えてくれないかも」
「どうして?」

 純粋な顔でセラナが尋ねる。

「なんとなく。セラナのお父様はきびしい人だし、なにかお怒りなのかもしれないよ。怒りがおさまるまで待ったほうがいい」
「そう……そうね。そうするわ」

 セレナは純粋だ。子供のように無邪気だ。16になっても子供のように自由に生きている。
 けれどマルクとの婚約は政略的な婚約でもあって、問題ないはずだとセレナは信じている。


「さぁ、もうそろそろ時間も遅いし、おやしきにお帰り」
「ええ、もう? いつも時間が早く進むわ」
「楽しいときはそんなものだよ」

 愛するマルクの笑顔に、セレナも笑顔になる。

「それじゃあまたねマルク!」
「うん。またね」


 走っていくセレナは等々に振り返った。なにか奇妙な感じがしたのだ。
 けれど振りえれば、変わらずマルクが手を振っていた。幼い顔立ちは昔のままで、それになんとなくほっとしてまた走り出す。
 幼い子どものように。


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