隣人サイコパス〜オトギリ荘の住人たち〜あなたの隣の家の人本当に普通の人ですか?

日向はび

文字の大きさ
上 下
10 / 17
一章 はじめまして、オトギリ荘

10話 毒殺魔と302号室の隣人-2

しおりを挟む




「表屋くん今帰るとこ?一緒に帰ろうよ」

「ねえねえ、あそこのクレープ食べてかない?」

「表屋くんて大学どこお?」

「ね、表屋くん! あれかわいくない?」

「……うるさいからすこし黙ってくれないか?」

 なかなか返事しない表屋くんの腕をギュッて握りながら、わざと騒いでいたアタシは、彼のその一言に表屋くんの顔を見上げた。
 ようやくこっちを向いた表屋くんに満足して、満面に笑顔を浮かべる。
 やーっとこっちみた。
 一方の表屋くんは気難しそうな顔をしている。
 それから強引に腕を払われた。
 もしかして、女の子苦手なのかな。

「ところで、さっきの何。友達と帰るところだったんじゃないのか」

「友達じゃないよ。しつこく誘われて、面倒だっただけ」

「なんか、周りから注目されてた気がしたけど」

「気のせいだよぉ」

 いいえ。気のせいではありません。
 だってあの子が大声で泣きマネするから、周りから白い目で見られてたんだもん。
 それよりインパクトが必要だったのよね。
 ま、カレシって言っちゃたから、明日から質問攻めされそうだけど。

 それにしても今日の表屋くんはなんだか不思議だ。
 今まで何度も会った彼はもう少し愛想がいい、ように、見える感じだった気がするんだけど。
 今日の表屋くんはとーっても機嫌が悪そう。
 さっきの気配といい、まるで別人みたい。

「追っ払うのに表屋くんがいいところにいたもんで」

「そんなんじゃ、友達減るぞ」

「ひどいこというなぁ。最初からいないから別にいいもん」

 そう言ったら、表屋くんが立ち止まってアタシの顔を覗き込んだ。
 あ。いまの、自虐的だったかな。だって本当のことなんだもん。
 アタシも立ち止まって表屋くんを見返す。
 
「あのね、アタシ兄貴がいたんだけどお、今のとこに引っ越してすぐ行方不明になっちゃったの。親もいないから天涯孤独? だからみんなアタシに遠慮したり同情したりするから、仲良くなれなくって」

 この話をするとみんな同情する。みんなかわいそうって言う。
 表屋くんは、どうかな?

 アタシは自分がかわいそうだとは思わないけど、みんながそう言う。他に面白いことがあるからどうでもいいと思ってるけど、でもみんながそう言う。アタシは誰もいなくてもいいって思ってるけど、みんながかわいそうって、そう言う。
 だから多分、アタシはかわいそうなんだ。
 そうなんでしょ?

 ああ、キモチワルイ。
 
 ただ。かわいそうなアタシの話はとっても役にたつ。

 同情を誘うついでに仲良くなれたりするし、それに、これで同情的になる人は大体普通の人なのだ。
 だから例えば普通の人とそうじゃない人を見分けるのに使える。
 ちなみに管理人のかくれさんは「いいですね、天涯孤独。失うものがないのはいいことです」と言った。呆れるほど変な人。

 表屋くんの反応が気になって、彼の顔を見上げたアタシは、ビクッと肩が跳ねるほど驚いた。
 だって、表屋くんが笑ってた。
 すっごく優しい顔で笑ってた。すっごく普通に。世間話を聞いただけみたいに。

「それで?」

 って邪気のない笑顔で聞いてきた。

「それで、って、それだけだけど……」

 思わず呆けて返すと、今度は表屋くんは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「さみしいのか?」

 なんて聞いてきて。アタシはすこし混乱する。
 そういうこと、聞く?

「……そうでも、ないけど」

「なら、いいんじゃないか。俺も弟はいるけど、親も友達もいないし。それでもいいかと思ってるけど?」

 へえ。とアタシは気のない返事をしてしまった。
 アタシが寂しくない、って主張しても、大体の人は強がりだと思うらしく、無理しないでとかいう。
 表屋くんはそういうことも言わないんだ。
 しかもアタシと同じなのに、それでいいって本気で思ってる。
 アタシだって本気で思ってるけど、でもみんな違うっていうから……。
 だから、アタシってかわいそうなんだと思ってたんだけど……。

「アタシ、かわいそうだと思う?」

 思わずアタシはそう尋ねていた。

「別に」

 表屋くんの返答はそっけない。
 そうかあ、表屋くんからすると、アタシってかわいそうじゃないんだ。
 これはアレだ。青天せいてん霹靂へきれき!ってやつ
 妙に嬉しくて、アタシは笑顔を返した。

「何笑ってんだ?」

「べっつにー」

 その時、唐突に表屋くんに肩を掴まれた。
 思いっきり引き寄せられて、驚いた瞬間、アタシがさっきまでいたところを、自転車がものすごい速さで通り過ぎて行った。

「あ、ありがとお」

「危ないやつだな」

 それ、誰に言ってるわけ?
 あの自転車? もしかしてアタシ?

 思わず睨んだら、パッと肩を掴んでいた手が離れた。
 表屋くんはとっても不機嫌そうに、去って行った自転車をみてる。
 ああ、なんだ……あの自転車に向かって言ってたのか。ってなんでアタシちょっとほっとしてるんだろう?
 てか、表屋くんて鈍感?
 アタシが毒入りリンゴ渡そうとしてること、気付いてないのかな。
 普通、自分の命狙ってる人助ける?
 しかもこないだストーカーしてたのに?

「おまえ、変な顔してるぞ」

「失敬な!」

 もう、ちょっとお! アタシのトキメキかえせ! ついでにアタシのシリアスも返して! 
 だいなし! だいなーし!
 
 ってあれ?
 ふいに、弟、という表屋くんの言葉を思い出す。
 弟の話なんてはじめてきいたな。ま、そんなにお話してないけどさぁ。
 
「弟? そういえば弟いるの? 何してるの? 高校生?」

「大学生。おまえ毎日会ってるだろ、ごみ捨て場で。ごみ捨ては、あいつの役割だから」

「え?」

 いま、なんか変なこと言わなかった?
 何、言ってんの?

「むしろ俺とは、会ったことあまりないだろ?」

 あれ?
 なんだろう。なんかおかしい。
 この人、表屋くんだよね。
 いつもアタシがあってるの、君だよね。

「あのさ、こないだ、本屋さんでバイトしてたのって……」

「あれは弟」

 え。じゃあ、いままでアタシがあってたのは弟くん? この人は表屋空くんじゃない?
 アタシは大混乱の中でなんとか頭の中を整理する。

「……あのさ、弟君と一緒にすんでるの?」

「だから、そうに決まってるだろ。最初にお前がしにきた挨拶に対応したのは、弟だろ」

 え? つまりなに?
 挨拶した時の彼は表屋くん弟? バイト先で会っているのも表屋くん弟? 毎日ゴミ捨て場であってるのも、表屋くん弟?
 そんで、今目の前にいるのは、表屋くん兄?
 一卵性双生児?
 じゃあ、アタシ、この人とは初対面なんじゃないの? 初対面でいきなり彼氏にしちゃった? ええー。

「えーっと、はじめまして?」

 とハテナマークが語尾についてるような言い方で言うと、表屋くんの、お兄さん、は、変な顔をした。

「お前が挨拶しに来た時、俺もいただろ」

 まって。

「……しに行った時、きみ、いた?」

「いただろ」

 ちょっと、待って? いなかったよ? だれも。靴も一人分だった。
 隠さんも表屋君が来る前に言ってたよ。一人暮らしだって。
 アタシと兄さんだけが、二人で越してきた人で、それ以来みんな一人入居だって。

「そう、だっけ」

「ああ」

 どうしよう、兄さん。

「あー……そうだったね」

 アタシは笑って答えた。
 アタシ今、同じ顔した兄弟に翻弄されてます。

 やっぱり表屋くんて変。




 302号室には、靴も食器も一人分。
 いつも、一人しかいない。
 だけど、本当は二人いる。
 本当の本当は……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



●302号室 表屋空おもてやそら23歳

 大学生。

 三回アパートを変えている。

 普通の感性の青年。

 複数のバイトを掛け持ちしている



ps.人からもらったものは決して食べない。

  弟がいる?





 ●301号室 毒島一笑ぶすじまかずえ18歳。

 ピンクツインテールの高校3年生。

 ゆるい喋り方とゆるい頭の持ち主。

 兄を探している。



Ps.毒殺魔

  ストーカー(表屋空限定)

  人から言われた言葉を真に受けるところがある。




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

えふえむ三人娘の物語

えふえむ
キャラ文芸
えふえむ三人娘の小説です。 ボブカット:アンナ(杏奈)ちゃん 三つ編み:チエ(千絵)ちゃん ポニテ:サキ(沙希)ちゃん

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

怪談実話 その2

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

処理中です...