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一章 はじめまして、オトギリ荘
9話 毒殺魔と302号室の隣人-1
しおりを挟む『親がいないって、そんなに悪いこと?』
『家がないって、そんなに悪いこと?』
『頑張ってるのに、なんで誰も褒めてくれないの?』
『なんで? なんで? ねえ、なんでなの?』
昔のアタシは、そうやってなんでもわからないことは兄さんに聞いてた。
そういう時、兄さんは決まって困ったように笑う。そしてアタシの頭をなでてこう言うんだ。
『そんなことないよ』って。
じゃあなんで、どうしてこんなにみんなアタシたちに冷たいのか。
あの頃アタシはいつも納得できなくて、兄さんに繰り返し尋ねるばかりだった。
今思えば、兄さんも答えを知らなかったんだろうなって思う。
だから兄さんは狂ってしまったのかな。
兄さんが狂ったから、アタシも狂ってしまったのかな。
こういうのなんていうんだっけ?
ああ、そっか。
『卵が先か鶏が先か』
違うかな?
バカだから、わかんないよ。
誰か教えてくれればいのに。
◇◇◇
「奇抜な格好をするな。学生らしい格好をしなさい」
「はあい」
「……毒島。その聞く気がない態度、なんとかならんのか」
心底困ったように言う、アタシの担任の先生。
職員室の入り口近くに座る先生の前で、アタシはさっきから棒立ちのままお説教を聞いていた。
先生を困らせたいわけじゃない。だって、この先生は結構いい人で、見た目はいかついけど、中身は子供好きの優しいおじさんなの。
舐められないように隠してるみたいだけど、残念。アタシはそういう勘鋭いんだよね。
だから、若干申し訳ないなって思う。思いつつも、言われた通りにするのも癪だと思う。
だからアタシは顔をそらして。
「すいませぇん」
「……毒島」
頭を抱えてしまった先生に同情。
いやあ、本当にすいません。でもこれ以上長く拘束されるのも勘弁なのよね。
「せんせぇ、もういい? バイトあるからさー」
「……まったく、仕方ないな。明日からせめてセーターのピンクはなんとかしてきなさい。髪は、とりあえずいいから」
そう言って、追い払うように手を振られる。
やだなあ、虫を払うみたいに。
呼び出しといてその態度は何ですかあ?
なんて、先生から言わせれば、どうもアタシが悪いらしいからしかたないな。
「しつれーしましたあー」
そそくさと職員室を出てから、廊下ですぐに立ち止まる。
アタシは自分の着てるセーターの裾を引っ張った。
薄いピンクのセーター。
セーターはメンズの方が楽だけど、メンズのピンクが売ってなくて、だからワンサイズ大きめのセーターを買った。そのおかげで萌え袖も完璧。
あーあ。
髪の色に合わせて、セーターもカーディガンも新調したのに。ピンクかわいいのに。
なんでダメなんだろうなぁ。
学生らしい格好って何。
なんで先生は正解を教えてくれないんだろう。
なんで。
なんで。
ああ。わからないから教えてほしい。だめならなんでだめなのか教えてよ。
なんて。
なんでなんていってみたけど、先生がだめだって言うならきっと良くないことなんだ。
馬鹿だから自分で答え見つけられないけど、みんなが、先生がそういうんだからそうなんだろうなあ。
よくわかんないけど。
でも一個だけアタシが知ってる確かなことがある。それは、アタシが先生の言うこと聞かないと先生が困るってこと。それだけははっきりしてる。
正直、好きなものは好きだって言いたいし。やりたい。納得できないことはしたくない。
でもそうすると困る人がいるんだと思うと可哀想だから我慢できる。
アタシは大人なのだ。
ああ、でも髪は当分このまま。こないだブリーチしまくったから、痛んじゃって大変なんだもん。
教室に寄ってバッグを回収したアタシは、さっさと校舎を出ることにする。
バイトだっていうと、先生は簡単に帰るのを許可してくれる。
アタシが可哀相だから。親が死んでて、兄が行方不明っていう天涯孤独の少女だから。しかもボロアパートに住んでて、いつもバイトで忙しい。
そういうことを知っているから。
実際それは事実なんだけど、今日はバイトは入ってない。
つまり、呼び出されたらバイトって言って逃げているだけっていう。
常習犯だから、先生にもばれてそうなもんだけど、何も言ってこないの。
なんてゆーの? 同情? 多分それ。
それだけはきもいなあって感じ。
先生が優しさから言ってるってわかってるから、先生に文句言ったことは一度もないけどね。
アタシって偉い。
「一笑もう帰るの?」
軽い足取りで校門に向かっていたアタシは、後ろから声をかけられて、途端にゲンナリ。だって、声だけでの誰かが分かっちゃった。
振り返れば予想通り、クラスメイトがこっちに駆け寄って来るのが見えた。
嫌なのに見つかった、ってのがアタシの本音。
アタシと同じピンクのセーター。アタシと同じぬいぐるみの飾りをバッグにつけてる。
アタシの真似ばかりする、アタシが嫌いな子。
「うん、帰るよぉ」
「これからカラオケ行くんだけど、行かない?」
「いかな~い」
そっけないかもしれないけど、アタシの真似ばかりするこの子好きじゃないし。
これからバイト。ってことになってるし。
そう思ってたら、突然袖を掴まれた。
「じゃあさ、二人で遊びに行こうよ」
近づいてきて「みんながいると嫌なんでしょ」みたいなことを耳元で言われた。
アタシはびっくりして目をパチパチとさせる。
何言ってんのこの子。
アタシはアンタが嫌なのに。なんで二人で行かなきゃいけないわけ。
「これからバイトあってさぁ」
「うそでしょ。知ってるんだから、先生にもそう言って逃げてんの。ね、私にはそんな嘘言わなくてもいいんだよ」
猫なで声っていうのかな、あんまり良い心地のしない声を使って、耳元に囁かれる。
驚いて何度も瞬きをしちゃうじゃん。
え、なに、アタシと仲がいいつもりなの? アタシがあんたを特別信頼してるって?
本気で言ってるならヤバイ。
今までアタシ、アンタのこと邪険にしてきたんですけど? クラスで話しかけられても無視したりしてきたんじゃん。
なに勝手にアタシがアンタと特別親しいことにしてるわけ? なにアタシがみんなと行きたくないから断ってるってことになってるワケ?
意味不明。
この子ヤバイ。アタシがそう思うんだから絶対ヤバイ。
もしかして、これならもしかして同じアパートに住んでてもおかしくないかもしれないんじゃない?
例えばこの間越してきたお隣の表屋くんとか。
リンゴ断られて悔しかったから、彼についてあちこち行ってみたけど。どこ行ってもバイトバイトバイト。
バイトしすぎでしょ。
アタシよりしている。きっと貧乏なんだな。かわいそうに。
で、バイト先に行くたびに声かけてみたけど、話してみると普通の人っぽかった。
アタシからしたら、いわゆる「普通の人の中にいるちょっと変わってる人」って枠にはいるかなって思ったんだよね。
表屋くんが入居できるんだから、この子が入居できてもおかしくない。
ああ、でもどうかな。
どこのバイトだったかな、本屋? 彼、アタシに「ストーカー?」って聞いてきたんだった。
あれ、普通聞く? 聞かないでしょ! 怖くてきけなくない? 普通の人は。
てゆーか、アタシって自分がおかしいって自覚あるんだよねえ。
だって【普通】っていうのを知ってるもん。
兄さん探すために隣人にこだわってるとかおかしくない? 普通じゃないでしょ。
兄さんを探すだけなら別の方法でいいって、頭ではわかってるってゆーか。
てか、リンゴに入れる薬って、隠さんなら調達できそう。
「ねえ、一笑ってば」
そうだよね、考えてみれば処理してんのは隠さんなわけだし、どんな薬なのかも知ってるかも。
アタシなんで今までそれに気づかなかったかなぁ。
「一笑、遊びに行こうよ」
今日帰ったら聞いてみようかな。
暗くなる前にいかないとなぁ……夜の隠さんの家ってなんとなく行きたくない。
「一笑!」
「うるさいなあ。邪魔しないでよ」
こっちは一応真剣に頭使って色々考えてるんだから、邪魔しないでほしい。
と思って、しつこしいクラスメイトの顔をみたら、すっごいびっくりしてた。
あれ? もしかして今言いすぎた?
そう思った時にはもう見たことないくらい怖い顔で、アタシのことを睨んでいた。
そして突然大きな声を上げる。
「どうして? どうして一笑は私のことを邪険にするの? なんでそんなひどいこと言えるの!?」
表情は怒ってるのに、まるで傷ついたかのような言い方。
実際傷ついていたのかもしれないし、そこはアタシにはわからない。というか、わかろうとも思ってないけど。大きな声でそんなこと言わないでよ。
周りにいる生徒がこっちみてるじゃないの。
これじゃまるでアタシが悪者みたいだ。
ああ。ムカつく。
嘘泣きまでしてみせる彼女を、アタシは冷めた目で見下ろす。
バレバレだし。
どうしよう。
……うざい。
この子はアタシが何人も殺してるってこと知らない。知らないからアタシにつきまとう。
知らないから、アタシを怒らせても大丈夫だと思ってる。
知らないって楽でいいね。そんでもって知らないってかわいそう。
そうだ。明日リンゴをプレゼントしようか。そうしたらもう、うるさくなくなるよね。
アタシがこのうざいクラスメイトをターゲットにしようと思って、つい笑ってしまったその時。
ふと、奇妙な感覚がした。
ピリッとする。そんな感じ。なんだっけこれ。たまに覚えがある。
例えば、隠さんに初めて会った時。あるいは、303号室の暗丘っちに初めて会った時の感じに近い。
後ろがゾワッてするっていうか。背中見せちゃダメっていうか。
それが後ろからした気がして、アタシは慌てて振り返る。そこに何がいるのか、少しだけ怖がりながら。
そんな気持ちでそれなりに慌ててたわけだけど、でもアタシはそこにいた人の姿を見て、拍子抜けした気分になった。
校門の向こう、道路を挟んで反対側の歩道を【オトギリ荘】の方向に向かって歩いているのは、アタシの隣人、表屋空くん。
普通なのか、普通じゃないのか、それとももっとおかしいのか、アタシにはまだ判断できてない隣人。
今の感覚は彼だったんだ……。
そう思うと同時に、この場を切り抜ける強力な助っ人が現れたことに気がついた。
神様の助けが来たって思った。
アタシはさっと再びクラスメイトに視線を戻す。いまも怒りながら「無視しないでよ!」とか言っているその子に、アタシは一言。
「ごめんねぇ。アタシ、カレシに夢中なんで」
適当な言葉だったけど、うまいこと言えた気がする。
そしてアタシは走り出す。
「おーもてーやくーん!!」
後ろのあの子のことなんて気にしない。
大げさに見えるようにアタシは両手を振って呼びかける。
彼は立ち止まってこちらを見た瞬間、盛大に顔を歪めた。
表屋くん。
勝手に彼氏にして、ごめんね。
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