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一章 はじめまして、オトギリ荘
7話 表屋空の日常 -1-
しおりを挟む「表屋くん! こっちいいから、レジお願いしていい?」
「あ、はい!」
バイトの先輩から言われて僕は慌ててレジに戻る。
数冊の漫画を買っていく少年にカバーをかけるか聞けば、小さな声で「はい」というので、僕は急いですべての本にカバーをかける。これが書店員の大変なときだ。
そして少年を見送り、次のお客さんを見た僕は思わず固まった。
そこには、よくは知らないのだが、なぜかよく遭遇する、見知った人物がいた。
◇◇◇
僕はいくつかのバイトを掛け持ちしている。
パン屋、カフェ、警備員、そして書店。
今日のバイトは近所の書店だ。
書店のバイトは嫌いじゃない。
本は嫌いじゃないし、漫画や小説も悪くはない。映画はあまり見ないから、レンタルショップで働くという選択肢はなくて、僕は書店のバイトをしている。
書店に来る人は千差万別だ。
参考書を買う学生。『初めてのゴルフ講座』を買うおじさん。料理本を買う男性。小説を買う主婦。テレビで紹介された本を探すおばあさん。
そして。
「あれ? 表屋くんだ、なにしてんの?」
赤本片手にやってきた、ピンク色のツインテールが特徴的なお隣さん。
いや、なぜいる。
胸の内で突っ込んで、僕は業務用の笑顔を引きつらせた。その顔のまま、僕はなんとか言葉を返す。
「バイトです」
と、いつもの返事を。
彼女、301号室にすむ毒島一笑さんとは引っ越してからほぼ毎日、バイト先で遭遇している。
たまに会うくらいなら「なんでいるんだ」なんて思わない。
彼女に関してはちょっと会いすぎるんだ。
何回会ったかな……。ちょっとわかんない。数えてない。それくらい何度も会っている。
書店以外のすべてのバイトで遭遇した。
たしかにどのバイトもオトギリ荘から一番ちかい駅前だ。そりゃ遭遇することもあるだろうさ。
相手は女子高生だ。カフェくらい行く。パン屋も行くだろうし、本も買う。道を歩けば警備員と接触することもあるだろう。
あるだろうけれどもね。
一日に数回会うこともあったりするっておかしくないか?
それはさすがに遭遇しすぎでしょ?
そして、そのたびに「何をしてるのか」と聞かれるので、僕は「バイトです」と答えるのだ。彼女はというと、ふーんと気のない返事を返すだけ。
それもいつものことだ。
遭遇して四日目になるころ、僕はこう考えた。……ストーカーなのではないか、と。
これは暗丘さんと会った時も同じように思ったものだが、被害妄想がすぎるだろうか。いや、今回ばかりはほぼ完全にアウトだと思う。
正体を知っているだけまだマシかというと、そうでもい。むしろ、正直なところ、僕はすこし女性が苦手で、男性のストーカーよりも想像すると恐ろしかったりする。
だから彼女をストーカーと認めたくない。認めたくはないが、認めざるを得ないほどの遭遇頻度。でも、彼女をストーカーと認めるのは、僕の心のバランスを守る上で、非常に大きな難問なわけだ。
つまり僕は、彼女はストーカーじゃない、と信じたい。精神衛生上の都合で。
と切実に思っていたのに……。
今日、とうとう書店で出会ってしまうとは。
書店だからどうということではないが、最後の砦というか。ここで出会ったらストーカー決定と思っていたりした僕の問題だ。
結論を言おう。
やはり彼女はストーカーの可能性が高いです。
「すごい偶然だねー」
「そうだね」
そんな僕の内心をしらずに「偶然だね」だなんて、それ本気で思ってる? ストーカーの自覚ないストーカーって、怖いんだけど?
僕はため息をなんとか飲み込んで、本人にわからないように、こっそりと彼女を観察した。
見かける彼女はいつもピンクのカーディガンを着ていて、多分ピンクが好きなのだろう。今日も白いワイシャツの上にピンク色のカーディガンを着ている。肩にはスクールバッグ。どうやら学校の帰りらしい。
表情はニコニコしていて邪気を感じない。
どちらかというと、根はいい子なのに。と言われるような感じの子なのだが、なぜストーカーなどしてくるのかは疑問だ。
疑問……。いや心当たりはなくはない。彼女が持ってきたおすそ分けのりんご。あれを僕は断ったまま受け取っていない。
彼女が買うつもりの本、その赤い本は、あのりんごの赤を想起させるには十分すぎた。
それにしても。
僕は赤本をしげしげと見つめた。
書店に彼女が来るのはすこし意外だ。
いや、意外と言っては失礼かもしれないけれども。やはり意外だ。
「毒島さんも本とか読むんだね」
ポロッと本音が漏れる。
「え、なにそれー、ちょっとひどくない?」
「あ、ごめん」
でもやっぱり、本を読むように見えないし、正直勉強ができるようにはみえない。
見えないのだけど、彼女がもってきたのは赤本。受験生なのだ。しかもそれなりの大学の赤本。意外すぎる。
「しかも今、さらに失礼なこと考えてるでしょお」
「そんなことないけど」
「絶対考えてたー!」
懐かしいなぁこういうノリ。高校のときは女子とこんな話してたっけ。
うーん。
見た目は派手だけど、よくいる女子高生にみえなくもない。今のやりとりだって、よくあるノリな気がしてる。
本当に彼女はストーカーなのだろうか。
直接きいてみよう。
「毒島さんてストーカーなの?」
途端に彼女はキョトンとした顔をする。
偶然だと思って言ってるんだよ。もしかしたらストーカーなんじゃって、疑って確認しようとしてるとかじゃない。ちがうからね。
違わないけど。
僕は意識を毒島さんに向けながら、黙々と手仕事を続け、値段を言って、袋に入れていく。
さて、どうかえってくるかなぁ。
「表屋くんてぇ、変わってるって言われない?」
「え?」
唐突に彼女がそういった。
みれば毒島さんが楽しそうに口角をあげて僕を見ていた。
変わっている。僕が? そう思ったの? 偶然だね。僕もそう思ってたよ、主に君が変だなって方向で。
「さあ、言われないと思うけど」
ストーカーというのは相手に自分と「同じ」感覚になってもらいたいらしい。好きなら好きだと思ってほしいみたいなね。
なので、『変わってる』と頻繁に言われる僕だけと『言われるよ』と正直に答えるのははばかられた。
だってきっと彼女も変わっている。と言われ慣れてそうだから。
それ故のはぐらかしだ。
彼女はクスクスと笑う。
「ぜーったい変わってるよ」
だから、君にだけは言われたくないよ。
なんたって……。
ああ、そうだ。
そういえば会うたびに聞こう聞こうと思ってたことがあったんだ。
ついでにここで聞いてみよう。
ちらりと周囲を見れば客も店員も見当たらない。
タイミングは今だろう。
「そういえばさ、聞きたいことがあったんだけど」
僕は思い切って尋ねてみることにした。
「僕が越してきた日に、向いの一軒家に住んでいたおばさんが亡くなったって聞いたんだけど……」
君が殺したの?
その問を声には出さずに。
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