隣人サイコパス〜オトギリ荘の住人たち〜あなたの隣の家の人本当に普通の人ですか?

日向はび

文字の大きさ
上 下
4 / 17
一章 はじめまして、オトギリ荘

4話 303号室の男

しおりを挟む


 
 それはともかく。

 明日からの食費やらはどうするつもりなのだろうか。

 そんなことを思っていると、視界の端で、暗丘さんが、ニヤリとあの人を食ったような薄い笑いを浮かべて机をコンコンと叩くのがみえた。

 こっちを見ろとでも言われているようだ。
 とりあえず、不本意ながら顔を向ける。

「いつも金欠でな。けどもうすぐ大金が入る予定だ」

 何その死亡フラグ的なの。
 思わず台所から体ごと向き直って暗丘さんを凝視した。

 暗丘さんが満足そうに笑うが、僕の内心は複雑だ。
 『もうすぐ大金が手に入るんだ』って言って翌日には夜逃げ、みたいなやつじゃないのか、そのセリフ。
 ドラマでそういうのみたことあるぞ。

 こういうセリフの背景に必ずあるやつ、あれ、借金。
 
 そこまで想像して、僕は結構洒落にならないレベルでゾッとした。 
 まさか僕を連帯保証人とかにするつもりじゃないだろうな。僕が目を離した隙に印鑑盗むとか。やめてほしい。全力で。

 見た目は浮浪者。何かを盗まれる可能性はゼロじゃない。そもそもお隣さんという証拠も実はなかったり……。もしかしたら本物の浮浪者を家に呑気に入れてしまった可能性もなくはない。
 この人が帰ったらファ◯リーズしよう

 じゃなくて。

「......借金してるんですか。ギャンブル依存症とかじゃないですよね」

 おずおずと尋ねる。

「本当お前さん怖いもの知らずだな。まあだいたいあってるけど。仕事が不定期でな、都度大金が入ってくる。ただ毎回借金返済にまわるからいつも金欠なわけだ」

 大体あってるらしい。
 で、それってどんな仕事だ?
 不定期で、なのに大金で?そんな仕事あるだろうか。
 
「思いつかないんですけど、そういうのって裏のお仕事的なやつですか」

 そこまで言って僕は「あっ」と声をだして固まった。さすがに踏み込み過ぎの質問だった気がした。
 何事も後で悔いることになる。今日はそういう日なのだろうか。
 わかりやすく青ざめているだろう僕をみて、暗丘さんはニヤニヤと変わらない笑みを浮かべていた。

「──さあ。表か裏かと言ったら裏かな」

 さらっとそう答える。
 肯定されても嬉しくない。

「……ドスとかヤッパ持ってたり……カチコミしたり?」

 青ざめたまま尋ねると、暗丘さんは声をあげて笑った。
 びくりと肩が跳ねる。
 こっちは大きな音にさえ驚くほど、現在進行形で緊張しているのだから、突然笑い出さないでほしい。

「俺はヤクザじゃねーからな。つか変な知識持ってんのはお前さんもだな。なんでヤッパとか知ってんの。ま、お前さんもどっちかってーと裏なんだから、驚くことないだろ」

「…………」

 僕もどっちかって言うと、裏……。僕が?
 たっぷり溜めて、僕は首をかしげた。

「……はい?」

 僕が裏の人って、そんなわけないだろう。どこをどう見たらそう見えるんだろう。
 
 髪だって金髪とか派手に染めてるわけじゃないし、ピアスだって一組しかしてない。
 着てる服だってユニ◯ロのセール商品だぞ。と、裏業界イコールブランド服的なイメージのある僕は思う。
 まあ、目の前の人の格好を見れば、その解釈がおかしいのがわかる。けれどそこは今は気付かないことにする。
 とにかく、僕はその馬鹿げた彼の考えを否定しなくてはいけない。

「そんなわけ無いでしょう。人畜無害な大学生ですよ」 

「名前も表だもんな」

「関係あります?それ」

「ないけど、ちょっと面白い」

「──あんた……変な人ですね」

 再び怖いもの知らずな発言をしてしまった。
 この人のテンションに引きずられているのか、そういうことを言わせる雰囲気がこの人にはあるらしい。 

 暗丘さんは僕の質問に明確な返事はほとんどくれていない。むしろ茶化されたり、青ざめさせられたり。まあ青ざめたのは僕の失態だが。要するにうまくあしらわれている。
 
 僕の部屋を選んだのだって完全にわざとなのだろうけど、ではなぜ? と尋ねることはできても、きっと答えは帰ってきそうにない。

 それにだ。隣人ならわざわざ部屋に入れることなかった。始めに言ってくれれば、カップ麺だけ渡したのに。 
 いや、隣人だって知らなかったんだけど。

 言ってくれればいいのに。

 だからそれもわざとなのか。
 せめてここの際管理人さんに助けてもらえばよかったかな。
 でもあの管理人さん苦手なんだよ。なんか雰囲気こわいんだもん。


 僕の思考がから回っている中、突然噴き出すような音が聞こえた。
 その方向に顔を向けると、暗丘さんが肩を震わせて笑っていた。
 クククッと低い笑い声が響く。失礼な。さっきから笑われてばっかりじゃないか。
 しばらくしてようやく笑いの波が去ったのか、笑いすぎて涙目になった暗丘さんが僕をみて一言。

「お前さんこそ変なこと言うなあ」

 キョトンとして、瞬きをし数秒、ああ、さっきの僕のセリフにウケてたのか。と思い至る。
 「変な人ですね」といっただけだ。笑われるのは心外だ。

「そんなにおかしいなこと言いました?」

「いやあ、だってな」

 彼はまなじりの涙を拭う。

「変な人も何もさ、【オトギリ荘】には異常者しかいないだろ」

  ……なにそれ。
 どんな常識だそれ。
 僕は瞬きを繰り返す。
 あ。でもお隣の毒島ぶすじまさんも変だったし、あながち間違ってないのか?この人も裏の世界の人らしいし。
 もちろんさっきから主張しているように僕は違うが。
 え? 異常者しかいないの?

 混乱する僕。
 しかし暗丘さんはそんな僕を無視して、突然、「そろそろおいとましようかな」と言って、予備動作もなく立ち上がった。
 そのまま玄関のほうへフラフラと歩いていく。

「え、ちょっと……」

 もやもやとしながら、僕は慌てて玄関まで小走りで暗丘さんを追いかけた。
 くたびれた黒い革靴を履きながら、303号室の隣人は不意に首だけを僕の方に向けて笑う。

「そうだ、ご飯をくれたお礼に教えといてやるよ。表屋くんはまだ毒島ちゃんには会ってないよな」

「会いましたよ、昨日」

 奇妙な沈黙があった。
 僕の答えを受けて、暗丘さんが固まっている。

「あの?」

「リンゴは? 食べてないの?」

「ああ、おすそ分け的な。お断りしました」

「ことわっ……断れるのかよあれ。つーか、あー、それでか」

「何がです?」

 首をかしげて尋ねる。
 暗丘さんは頭をばりばりとかくと、ドアを開けて外にでる。
 そしてドアを開けたまま、左の指で道路を挟んだ民家を指差した。

「明日にもなればわかるけど、お向かいの家のおばちゃん、昨日亡くなったらしい」

 昨日と言うと、僕が入居した日だ。
 そうなのか。……それで?

「……それと毒島さんと何の関係が」

「うん? だってそのおばちゃんは、君の代わりにリンゴを食べたわけだろ」

「どういう、意味ですか?」

 全く訳がわからない。
 暗丘さんはニンマリと笑ってドアを離した。
 ゆっくりとドアが閉まる中、隙間から暗丘さんが僕をみて笑う。

毒島一笑ぶすじまかずえは毒殺魔。君が毒リンゴを受け取らなかったから、代わりにおばちゃんが犠牲になった。あの子諦め悪いよ。だから、気をつけな、表屋くん」

 バタンと、ドアがしまった。
 僕は、呆然とそのドアを見つめていた。



 しばらく呆然としていた僕だったが、ふいに鳴ったお腹の音に我に返った。

 おなか、すいたな。
 僕はきびすを返して冷蔵庫を開ける。
 スーパーで買ったりんごが2つの仲良く並んでいる。
 これは普通のりんご。毒島さんがくれようとしたのは、多分普通じゃないリンゴ。
 その横にある鮭の切身を開けながら、僕は小さく呟く。
 

「なんでりんごなんだろう。変なの……」









『【オトギリ荘】には、異常者しかいない』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



●303号室暗丘弓弦くらおかゆづる

 黒髪黒目の無精髭。

 高身長。

 行き倒れるほど常に金欠&腹ヘリ。

 仕事は不定期だが高収入。しかし借金の返済に回される。



Ps.裏社会的な仕事をしている。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

えふえむ三人娘の物語

えふえむ
キャラ文芸
えふえむ三人娘の小説です。 ボブカット:アンナ(杏奈)ちゃん 三つ編み:チエ(千絵)ちゃん ポニテ:サキ(沙希)ちゃん

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

怪談実話 その2

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

処理中です...