隣人サイコパス〜オトギリ荘の住人たち〜あなたの隣の家の人本当に普通の人ですか?

日向はび

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一章 はじめまして、オトギリ荘

3話 僕と行き倒れの隣人-2

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「はい?」

 僕は思わず呆けた返事をしてしまった。

 今、「誰だ?」っていった? この人。
 うん? 
 ここどこだと思ってるんだろう。
 302号室だ。そこにいるんだから僕がここの住人に決まっている。

 じゃなくて、あんたは誰だって話をしてるわけで。なんで質問に質問を返す。

 思わず険しい顔になりながら首をかしげると、男も同じ方向に、まるで鏡越しのように首を傾げた。

「302号室はいつも空き部屋でな。誰も住んでないはずなんだがな」

 と、言う。
 
「いつもって……」
 
 言われても……。
 
「昨日越してきたので……僕が越してくる前までは人が住んでいなかったのかもしれませんけど……」

 だから空き部屋だったのは当然なのだ。
 この人はただ僕が昨日越してきたことを知らなかっただけなのでは……。
 いや、だから。それはこの人が303号室の住人だという前提あっての話であってだな。

「……失礼ですけど、【オトギリ荘】の人ですか」

「そうかもな」

「もしかして303号室の人?」

「そうだとしたら?」

「……引っ越しの挨拶しますけど」

「そりゃご丁寧にどうも」

 僕は口をつぐむ。

 なんだろうこの会話。

 僕の情報だけ持っていかれてしまった。
 つまり「誰だ?」という問に僕だけが答えてしまったわけで、僕がほしい「この人が隣の人だ」という確証は得られないままだ
 相手のほうが一枚上手だ。さっきのだって誘導尋問だ。
 僕が間抜けなだけとは考えたくない。


 そこでふと、ある疑念が浮かぶ。
 もしかしてこの人……。

「──ストーカー?」

「今の流れでなぜそうなったよ、断じて違う」

 間髪入れずに返してきた。

 違うのかそうか。
 そう思いながらも、僕はわざと身を守るように体を遠ざけ、両手で腕を抱きしめてみせた。ちょっとした意趣返しだ。
 男はすごく嫌そうな顔で僕を見る。

「……すいません」

 わざとやったわけだが、そういう顔をされるとつい反射的に謝ってしまった。
 悪かったよストーカーとか言って。

 僕の目はだんだん「怪しい」以外の感情をうつさなくなっていたのかもしれない。
 男の顔にもわかりやすく「やれやれ」と書いてある気がする。
 ともかく僕の目が感情を隠しきれなかったことが功を奏したらしい。彼は僕から顔を逸らすと肩をすくめて頭を掻きむしった。

「ああ、いいよもう、俺が悪かったわ。恵んでもらっておいて、礼を失するのはよくないわな」

 男は正座を崩してあぐらをかき、僕に向かって左手を差し出す。
 なぜ、崩した。
 思わず突っ込んでしまった僕にむかって、男はニコリと微笑む。
 安心させるつもりかわからないけれど、その笑顔はやはり盛大に胡散臭い。
 差し出された左手を、僕は胡乱気に見つめる。
 
「俺は303号室の暗丘弓弦くらおかゆずる。暗い丘で暗丘、弓と弦楽器の弦で弓弦。よろしく」

 とようやく名乗った。
 やっぱりお隣さんあったか、よかった。
 僕はようやく安心して、肩の力を抜く。思ったより緊張していたらしい。
 それから暗丘さんの左手を見つめて、また眉間にシワをよせる。

「……なんで左手なんですか」

「俺が左利きだから」

「握手って利き手でするものなんですか」

「武器を持ってないっつー意思表示だと考えれば利き手でいいんじゃない? 左手だと喧嘩腰っていう解釈もあるな。右手がいいか?」

「……なんですかその知識。こだわりないなら最初から右手にすればいいじゃないですか」

「お前、変な子だなー」

「それはおたがいさまでは……」

 会話しながら、僕は握手を無視することにした。
 
 301号室の毒島ぶすじまさんしかり、この303号室の暗丘さんしかり。この階の人はなぜこうも握手したくない気配がする人ばかりなのだろうか。まさかオトギリ荘全体がそうは言うまいな……。
 僕が握手を無視するつもりなのをわかってくれたのだろう。苦笑して暗丘さんは腕をもどした。

「とりあえず、よろしくお願いします。良かったです。ストーカーじゃなくて、ちょっと変なお隣さんで」

 会釈しながら挨拶して最終確認。

「お前何気に辛辣だな、おい」

「僕の方はご覧の通り、この部屋の住人です。昨日越してきました」

「うん、よろしく。で、表屋おもてやくん、下の名前なんていうんだ」

「……そら、ですけど、なんで苗字知ってんです?」

 暗丘さんはニヤニヤしながら頬杖をつく。

「表札に表屋って書いてあったし」

 僕のこめかみあたりが引きつったのがわかった。

「表札みたなら、誰だ、とか聞かなくてもいいじゃないですか」

 思わず、そんな言葉がポロっと溢れる。
 まだ親しくもないのに、こんなことを言えてしまうのは不思議で、それが彼の個性とかなのかもしれないが。
 でも彼のように人をおちょくるような言動をする人は苦手だし、むしろ嫌いだ。
 きっと、いや間違いなく、僕は彼がこんな人でなければもう少し親切心を残せたに違いない。
 これ以上は文句しか出ないな、僕は。
 
「──もういいです」

 ため息まじりに言って、強引に話を切り上げることにした。話しているとイライラを通り越して頭が痛くなる気がするし。
 僕は立ち上がってカラのカップ麺容器を持つと、台所へ向かった。
 暗丘さんにもぜひ立ち上がっていただきたい。いい加減に出て行ってもらいたいのである。


 まてよ。
 そもそもいつ表札を見たんだ? はじめから?
 わかってて僕の家の前にたおれていた? 
 まさかわざと……。

「なんで外で倒れてたんですか? 鍵無くしました?」

 遠回りだけど、気になって聞いてみる。
 この問自体は、拾った側としては至極当然の疑問なのだし、答えてくれてもいいと思う。
 ここまで迷惑をかけられた──といっても僕が勝手に不機嫌になっているだけだが、ともかく面倒を見てあげたのだから、なぜそうなったかくらい聞く権利がある。

 もし偶然なら仕方がない。
 でも、もしわざと僕の部屋の前で倒れていたのなら、今後出禁にする。

 僕はそんな決心して彼の返事を待つ。
 暗丘さんは、バツの悪そうな顔で僕から視線を逸らした。

「光熱費未払いで止まってて、食べ物の買い置きもないんだよね……」

 つまり家に入っても腹の足しになるものはないということだけど。
 結局確信犯か!
 と僕は声を大にしていいたい。

「管理人さんに頼むとかは?」

 管理人は101号室に住んでいるのだから、何かあれば助けてくれそうなものだと思って、イライラを抑えながら尋ねると、彼は呆れた様子で笑った。

「お前さんここの管理人がそういう面倒見てくれると思う? 家賃も光熱費も払えてないのに」

「……お友達はいないんですね」

「いないこと前提にするのやめてくれるかな」

「いないんですね。って聞いただけですよ」

「いい性格してんなお前さん」

 軽い冗談の掛け合いをしつつ、僕はやはり出禁にしようと思うのだった。

 
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