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1婚約破棄
しおりを挟む婚約者である侯爵家の子息、アドランに呼び出され、オフィーリアは侯爵邸へと招かれていた。
婚約者はそれはにこやかにオフィーリアを迎え入れ、そしてその表情を崩すことなく言った。
「オフィーリア、君と婚約破棄することになった!」
何を言っているのだろう、この男は。とオフィーリアは思った。
あまりにも笑顔がすばらしかったので、一瞬何を言われたのか本当にわからなかったのだ。
わかったらわかったで、結局何を言っているんだ? とオフィーリアは困惑することになる。
念のためオフィーリアは確認する。
「婚約破棄?」
「ああ」
「私とアドラン様が?」
「ああ」
――何を言っているのだろう、この男は。
オフィーリアは真顔で再び思った。
そもそもこの婚約は、侯爵家とオフィーリアの生家である伯爵家による契約。
政略結婚である。
正確には、豊富な資産をもつ伯爵家が侯爵家を支援する代わりに、貴族筆頭である侯爵家との繋がりをつくるというもの。
そのための婚約なので、そう簡単に破棄はできないはずだ。
しかも侯爵家の方が実はこの婚約を切実に望んでいたりする。
それをアドランはわかっているのだろうか。とオフィーリアは思う。
わかっていて言っているなら阿呆だし、わからず言っているならやはり阿呆である。
オフィーリアはため息をついた。
別に彼に対して特別な感情はない。ただ伯爵家の娘としては屈辱的であった。その矜持ゆえに、彼の勝手な行動を看過することもできない。
「アドラン様……理由をお聞かせくださいませんか」
オフィーリアが静かに尋ねる。
するとアドランは突然笑顔を消して、それからもじもじとしだした。
――何ごと?
頬を赤く染め、乙女のように恥じらう姿に自然にオフィーリアの頬が引き攣る。
アドランはやがて小さな声で言った。
「アイリーンのことが好きなんだ……」
言った後に、アドランはさらに恥じらう。
一方オフィーリアは盛大に頬がひくついたことを認識した。
アイリーン。
社交界で有名な名前である。ピンク色の長い髪、淡い緑の瞳。誰もが振り返る美貌。それがアイリーンである。
アイリーンに惹かれる男は多い。だから別に素っ頓狂なことではない。
アイリーンがオフィーリアの妹でなければ。
「妹なのですが……」
「そうだな……すごいかわいい」
語彙力を失っているアドランに、オフィーリアは言葉をかけるのでさえばからしい気がした。それでも一応、念のため言葉を重ねてアドランに確認する。
事態がわかっているのかが気になるところだ。
「あの、侯爵家から婚約を求められたような覚えがあるのですが」
「確かにそうだが、案ずるな。アイリーンと君は姉妹だ」
「おっしゃるとおりです」
「だから契約に大きな支障はない」
そんなことあるか。とオフィーリア頭を抱えたくなった。
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