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婚約破棄だ!

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「俺はアデリーナのことを好きになってしまった。だからリレイナ……お前との婚約、破棄させてもらう!」

 情熱的に言い放つ婚約者を前に、私はため息をついた。
 
「まぁ、それは……またですか」

 そして本音がスポンと飛び出た。

 幼い頃から婚約関係にあったウィリアム。
 彼は聡明とは決して言えなかったし、誠実とも言えないし、優しいとも、お世辞でも言えるような性格ではなかったけれど、顔と身分だけは確かな男。
 私の家もその他の貴族のご多分に漏れず、政略的な婚約が行われて、その相手として彼が選ばれた。
 同じ伯爵家同士。身分は互いに申し分ない。
 問題は、浮気性がすごいこと。

 私は彼が好きというわけではないし、浮気ぐらい多めに見る心の広さはあるつもりだ。
 ただ、問題は、好きな人ができるたびに婚約破棄だ! と言い始めること。
 困った人である。しかも彼の恋は一方的で玉砕することも多い。
 ただ今回は相手も了承済みらしかった。

「それで、アデリーナ……あなたはウィリアム様のことが本当に好きなのね」
「ええ、リレイナお姉さま。その通りよ」

 自信満々に笑みを浮かべるのは、私の妹のアデリーナ。
 私はそっけなくて冷たい女だなんて呼ばれることもあるけれど、妹のアデリーナは真逆。可愛らしくて、まるで薔薇のように艶やか。
 そしてなぜか昔から、この妹は私の物が好きだった。

「一応お伺いしますけれど、ウィリアム様……その子は私の妹なのですが」
「知っているとも。つまり身分に問題はない。伯爵も姉妹であれば納得してくださるだろう」

 確かに。父なら納得しそう。というより、そうか。と言って終わりにしそうである。

「アデリーナもわかってるのよね。ウィリアム様は私の婚約者なのだけど」
「わかっていますわ」

 にこにこと楽しげなアデリーナには、罪悪感のかけらもない。
 そういう妹なのだ。いつも、いつも、そうなのだ。

「くどいぞリレイナ。妹に婚約者を取られたと思っているのだろう。その醜い心根が俺は嫌いなんだ」

 ウィリアムの言葉に反応するように、アデリーナが声をあげた。

「お姉さまはそんな方ではありませんわ。私がいけないの。こんなこと……本当はダメだってわかっているのに」
「何を言うんだ。愛する者同士が一緒になることの何がいけない。俺たちの仲は誰にもひきさけないさ」

 目の前でイチャイチャし始めた二人。ああ、もう勝手にやれ。という感じである。
 私はアデリーナを見つめた。
 考え直してはくれないだろうか。という気持ちを込めて。けれどアデリーナは私の視線に気づきながら、まるで気にした様子もない。
 楽しくて仕方ない。うれしくて仕方ない。そういう顔をしていた。
 こうなってしまってはどうしようもない。

「わかりました。お受けいたします」
「やっとわかってくれたか」
「ですがウィリアム様。本当にアデリーナでよいのですね」
「くどい!」
「ですが……」
「くどいと言っているだろう! うるさいやつだ。もう二度と俺の前に現れるな!」

 ひどい言い草である。こちらはウィリアムのことをそれなりに心配してあげたのに。まぁここまで言われては何も言うことはない。

「はぁ、わかりました。御愁傷様です」
「何?」
 
 返事をする義理はない。
 私は最後に最大限の美しい礼をして見せて、その場を去った。
 ああ。とうとう婚約破棄してしまった。愛してないからいいのだけど。
 
 ――こまったことにならないといいのだけど。

 その不安は見事に的中した。


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