27 / 28
番外編
番外編「僕の憧れの人」
しおりを挟む彼の話?
彼は最近結婚して、仕事も充実していて、幸せそうだよ。
彼は僕とは全然違う、優秀な人だ。
僕とは立っている場所の違う人だ。
でも、彼はそうは思ってないみたい。僕達は同じところに立ってるって、彼はいった。
彼と僕は、だから、うん。親友なんだ。
え? なぜそんな関係になれたかって?
大したことない話だよ。聞きたいの?
じゃあ、話そうか。
僕が彼の親友になった話を。
僕は落ちこぼれだ。
騎士学校ではいつも成績はドベ。何をやっても意味がない。
授業についていけない僕は、文字通り成績優秀な友人たちにすぐに置いて行かれてしまった。
彼らは僕とは違うカリキュラムを組んでもらって、 老師に直接教わっている。
うらやましいなぁと思うけど、碌にできない僕が悪いんだ。
僕はいじめられている。
落ちこぼれだからだ。
いつも手足のように使われている。僕は、それに反発したいけど、できないんだ。
ある日、いつものように僕は使われていた。
校舎と校舎の隙間で、僕は蹴られる。殴られて、たたかれて……。いつも誰も助けてくれない。 老師すら助けてはくれない。
あきらめる時なんだって知ってる。でも痛い。
「この落ちこぼれが」
いじめっ子の一人が、僕の頭を殴った。
僕はふらふらして、倒れてしまう。
「これ以上はやめとけよ」
「鬱憤がたまってんだよっ」
――それを、僕で晴らすなよ。
蹴りが腹に突き刺さって、僕はせき込んだ。
苦しい。痛い。助けて。
「おい、何をしている」
その声は、とても小さくて、低かったけれど、怖いぐらい響いた。
いじめっ子たちが振り返る。
僕も見上げた。
黒髪の背の高い男の人。
老師かと思ったけど、違う。騎士の制服を着ている。
「なんだアンタ……」
いじめっ子が何か言いかけて、とまった。
「銀章……」
胸元に、銀のバッチがついていた。あれは――。
いじめっ子たちは舌打ちをして、しかしどこかおびえるようにその人の両脇を通って去っていく。その人は、彼らを一瞥して、しかしすぐに僕に駆け寄った。
「大丈夫か」
「っはい」
僕は手を差し伸べられて立ち上がる。
手は僕よりも大きかった。
背もやはり高い。体も分厚い。腰には剣がさしてある。
髪は黒くて、瞳は青い。
僕はその人を見上げて目を細めた。
「すみません。先輩」
「……1年か」
「2年です」
「じゃあ同い年だろう」
言われて、僕は首を横に振った。
「銀のバッチは幼少期から学園で騎士の訓練を受けている特待生だって」
「ああ……」
納得したように、彼は頷くと、小さく笑った。
「でも、歳は同じだ。だからいいよ。先輩とか言わなくて」
「……けど」
「それより、名前は? 俺はアルノルド。よろしく」
その日から、彼は僕のあこがれになった。
カン! キン! と甲高い音が響く。
「はあああ!」
僕は剣を振り上げて、相手に向かっていく。それを彼はさっとよけてしまう。さらに剣を下から振り上げると、僕ん手から剣がすっぽ抜けた。
「あ……」
つぶやいて、飛んで行った剣を目で追いかけてしまう。
ガンッ! と足に固い何かが当たって、僕は横に大げさに倒れた。
脚をかけらた。そう思った時には、すでに地面におでこをぶつけていた。
「いっ!!」
涙が少し出る。
そんな僕を転がした相手は、僕を見て、にやっと笑うと、手を差し伸べた。
「まだまだだなぁ」
彼、アルノルドはそう言って、破顔した。
あれから僕は彼に剣術を教えてもらっている。
僕はどんどん上達した。でもやっぱり落ちこぼれのままだけど、随分進歩したと思う。
彼からは、剣を放りだす時点でダメダメっていわれているけど……。
座って休憩をとっていた僕の前に、水の入った水筒が差し出される。
「あ、ありがとう。アルノルドくん」
「ああ」
彼は一言そういうと、僕の隣に腰かけた。視線はまっすぐどこかを見ていて、それを追いかけると、ほかの生徒が仲間同士で剣術の練習をしているのが見えた。
「最近よくみんなやってるよね」
僕がつぶやくと、彼も頷く。
「戦争が、近いから」
「本当に戦争になるのかな」
「なるだろうな。もう時間の問題だ」
「……怖いな」
「俺だって怖い」
「そう、だよね」
僕は水筒を握りしめた。
「僕はきっと生き残れない」
「そんなこと言うな。わからないだろう」
「だって、僕落ちこぼれだし」
「じゃあ、後方支援かも」
「だといいなぁ」
ぼやいてみると、彼は小さく笑った。
「多分俺は前線だ」
「あ……」
そうだ、彼は優秀だから、そうなるだろう。
「ごめん」
「何が」
「無神経だったかなって」
「一緒だろ。お互い様だ」
彼はそういうと、また笑った。
「生き残ろうな」
「うん」
僕は大きく首を縦に振った。
戦争が始まったのは、それからすぐの事だった。
僕は戦争では後方支援だった。
彼の言う通りになった。
優秀な騎士たちは前線へ。僕は、落ちこぼれだから後方。
でも両親は喜んでくれた。
僕が死ぬ可能性が低くなったんだって。僕も一瞬そう思って、そう思った自分を恥じた。僕は騎士として失格だ。
そう思う。
彼も、アルノルドも前線にいるのに。
僕は曇り空を見上げて、彼の無事を祈った。
戦争が始まって、もうすぐ3年がたつ。
僕は今、後方支援部隊を率いて、戦場に立っている。
ずいぶん前から、こうして戦場に立つようになった。
仕方ない。前線が崩れているから。それはつまり、僕をいじめていた優秀な騎士たちが死んだってことだ。僕は、まったく喜べなかった。
当たり前だ。だって、人が死んだんだから。
そして僕たちも戦いに出ることになった。
僕はいつも恐怖している。
頬を銃弾がかすめた。
慌てて伏せる。頭上を何発も通り過ぎて、後ろにいた部下の耳を直撃したのがなんとなく見えた。
痛みでうめく声が聞こえる。
戦場の音だ。
銃声が止んだ。
上官が叫ぶ。前へ、と叫ぶ。
――嫌だ!
――死にたくない!
でも、僕たちは走りだす。また一人、一人と倒れていくのを無視して、僕は戦場を走る。
こんなになるくらいなら、強くなくていい。
騎士じゃなくていい。
僕は、僕は、生きて帰りたいよ……。
ふいに、空が明るくなった。
「信号弾だ……」
誰かが言った。
青い信号弾。あれは、あれは味方の合図。
「敵の本陣を、我が軍の本隊が落としたんだ」
銃撃が止む。敵が引き返していく。
冷たい汗がだらだらと顎を伝っていって、血と一緒に地面に吸い込まれた。
僕は、僕は知った。
僕たちは、生き残った。
僕は生き残った。
彼も生き残った。
でも、僕達はそれ以来疎遠だった。
いや、僕が彼から距離を取った。だって、彼は英雄だった。
最後の作戦。彼の指揮する部隊が敵の本陣を崩したそうだ。その前から彼の部隊の戦果はすさまじくて、彼は「黒騎士」と呼ばれ、国王陛下の覚えもめでたい、すごい人になった。
雲の上の人だ。
後方支援していた僕とはちがうのだ。
そう思っていたのに。
「おい!」
街で声をかけられて、僕は飛び跳ねるほど驚いた。
「そんなに驚くなよ」
そう言って笑った人を相手に、僕は目を丸くする。
「アルノルドくん」
「ああ、久しぶりだな」
彼は昔と変わらない表情で笑った。
僕はその時卑屈になっていたんだ。だから正直、会いたくなかった。
僕は彼をしたから睨むように見ていた。
彼はそんな僕に気づかないようで、最近好きな人と婚約したって話を聞かせてくれた。
いいよね、君はかっこいいから、
僕はさらに卑屈になった。
「君は、いいよね」
「?」
「かっこいいし、強いし、今は権力もあるし、女性なんて選び放題じゃないか。羨ましいなぁ。その人も君のそういうかっこいいところが良かったのかな。僕みたいに後方支援なら、結婚してくれたかわからないよね」
「なに、言ってるんだ?」
「君にはわからないかも。しかたないよ。君は黒騎士で、僕とは違うから」
そのとき、僕は彼がひどく泣きそうな顔をしてることに気づいた。
気づいてしまった。
「お前、俺に会いたくなかったのか」
「え?」
「だから、ずっと遠ざけてたのか。会う機会あるはずなのに、全然会えなかったのはそういうことか」
僕は口ごもる。たしかに、距離を置こうとしてたから。
「俺のこと、本当は嫌いだったのか」
「ちがっ」
「俺は、お前が生きててくれて嬉しかった。嬉しいんた。それだけだ。それだけだよ」
アルノルドはそう言うとうつむいてしまった。
「アルノルドくん……ごめ……」
「いや、ごめん。俺が悪かった。ごめん」
謝らせてくれなかった。
引き留めようとした。でも、彼は待ってくれなかった。待ってくれなかったんだ。
僕は。
僕は追いかけた。
全力で走って、追いかけた。
「アルノルドくん!」
彼が振り返る。
「ちがうんだ! ごめん! ごめんね! 僕、僕何やってもうまく行かなくて、両親も亡くなってしまっていて……。帰ってきてから僕を迎えてくれる人もいなくて、僕一人で、寂しかった。惨めで。君と比べてしまったんだ」
彼は立ち止まって僕を見ていた。
僕は周りの人の目も気にせず彼に本心をつけたんだ。
「でも、僕だってそうだよ。僕だって、君が無事でうれしい。君が生きててくれて、嬉しい! 遠いところに行ってしまったみたいに思ってた。でも、でも僕は君が生きてて、僕は――」
「なぁ」
気づけば、彼は僕を見下ろしてた。
やっぱり、背が高いなぁ。
僕はうつむいてしまう。そんな僕に頭上から彼は言った。
「俺のこと、嫌いじゃないか?」
「うん」
「うざいとか、思ってる?」
「それは、僕のセリフだよ」
「思ってないよ」
「僕だってそうさ」
「……親友だと思ってて、いいか」
その声に、僕は慌てて彼の顔を見た。
嬉しそうな、悲しそうな、怒ったような、複雑な顔をしていた。
「僕でいいの?」
「俺は、親友だと思ってたけど」
「僕、強くないよ」
「そういうのを理由に友達選んでない」
「そっか」
たしかに。ぼくも、彼が強いから一緒にいたのかというと、そうではないかもしれない。
一緒がよかったから、一緒にいたんだよな。
「うん。僕達、親友?」
「ああ」
「そうか」
「だからさ、君付けやめろよ」
「え、そんなの気にしてたの?」
「……多少」
よそを向いてつぶやく彼は、なんだか少し可愛かった。
とまぁそんな感じで親友になったんだ。
え? オチがない?
そりゃないよ。別に何も。普通にしてて普通に友達になったんだから。
でも、これでわかったでしょう?
彼って優しいんだ。
知ってた? そっかぁ。僕のほうがよく知ってるよ。
張り合わないでって、だって親友だからね。
ところで、君名前は?
ジルベルタ?
どっかで聞いたな。
どこだっけ……。
あ、そうだ、アルノルドの婚約者……。
え、ええ?
ええええ!?
おちゃめな彼女は、
僕のあこがれの親友の奥さん。
僕は彼女の夫の親友です。
9
お気に入りに追加
1,698
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?

婚約破棄を受け入れたのは、この日の為に準備していたからです
天宮有
恋愛
子爵令嬢の私シーラは、伯爵令息レヴォクに婚約破棄を言い渡されてしまう。
レヴォクは私の妹ソフィーを好きになったみたいだけど、それは前から知っていた。
知っていて、許せなかったからこそ――私はこの日の為に準備していた。
私は婚約破棄を言い渡されてしまうけど、すぐに受け入れる。
そして――レヴォクの後悔が、始まろうとしていた。

モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる