21 / 28
番外編
番外編「とある護衛の話3」
しおりを挟むヨルダンはストンとしゃがみこむと、ジルベルタとアルノルドを交互にみた。
「その前に、お二人とも大事なことを忘れてませんか?」
「だいじなこと?」
アルノルドが不思議そうに首をかしげる。一方のジルベルタは、はっとしてアルノルドの手を引っ張った。
「ごめんね、たたいてごめんね、あるのるど」
アルノルドは何を謝られているのかわからない。というようにもう一度首をかしげたが、追及するのも面倒になったのか、それとも気にしていなかったのか、「うん、いいよ」と笑って答えた。ジルベルタが嬉しそうに笑う。
ヨルダンは二人の頭をなでて「よくできました」と褒めた。
こういうことはヨルダンがうまい。おそらく年の離れた弟がいるからだろう。デニスはヨルダンがうらやましい。そういうことがデニスにはどうしてもできない。
「あるのるどは、でにすにごめんなさいして!」
デニスは「え!」と声を上げた。そんなことは別にいいのだが、と思うが、ヨルダンがそれがいいと笑うので、そうしたほうが子供たちにとってはよいのだろうなと考え直す。
アルノルドはしかめっ面になったが、小さくうなずいた。
「きらいって言って、ごめん」
謝る気があるのか、非常に怪しいことこの上ない表情だったが、デニスはアルノルドの言葉を受けて笑う。ちゃんと謝れてえらいなぁという気持ちだった。
「いいえ、気にしていませんよ」
――できれば心から謝れるといいですけどね。
内心そう思いながら、デニスは当り障りのない返事をして収めた。謝ったことに不満があるのか、アルノルドの表情は不貞腐れている。
おもむろに、ジルベルタがアルノルドの頭を撫でた。
「いいこね、あるのるど」
途端にふにゃりとアルノルドの表情が解ける。立ち上がったヨルダンが目を丸くしてデニスを見るので、デニスも同じ顔をしてヨルダンを見てから、足元に視線を落とした。子供のつむじがふたつ見えている。そのうちひとつは黒髪で、その子の耳はすこしだけ赤くなっている。
――おや、もしかしてこれは……。
そういうことだろうか。
「じゃあ、あとでね! でにす!」
「あ、はい」
はっとして返事をする。勢いよく手を振って去っていくジルベルタとアルノルドに向かって、一体何が「後で」なのかはわからないが、デニスは手を振った。
アルノルドが振り返った。
「――え」
アルノルドがギッ! とデニスを睨んでいた。
一体なぜ嫌われているのか、最初はわからなかったが、もしアルノルドがジルベルタに対して、ある種の感情を寄せているなら、その理由を予想するのは簡単だ。
幼いながらに、ジルベルタから懐かれているデニスに、対抗意識がある。ということではないだろうか。
親子ほども歳が離れているのに、何をとも思う。お似合いなのはむしろ二人で、仲がいいのも二人で、デニスにヤキモチをやく必要などないのに。大人になってもし一人を選ぶという時がきたら、きっとジルベルタはアルノルドを選ぶだろうと、思うのに、子供の嫉妬はわからない。
突然もやもやとした気持ちが沸き起こった。
――あれ、なんか気持ち悪いな。
胸元をなでてデニスは首を傾げた。
――なんだろう、このさみしいような気持ちは。
不意に、隣にいたヨルダンが噴き出した。そして肘でデニスの腰を小突く。
「大変だな、デニス」
「……何の話だ」
思わず低い声が出た。
ヨルダンは変わらず笑って、さらに強くデニスの腰をつついた。
「お嬢様が大人になったら、お嬢様離れしないといけないし、それまでが勝負だぞ」
「だから、何の話だ」
「きっと、その時はさみしいだろうなぁ」
デニスは去っていった二人を眺めながら「そうだな」とつぶやいた。
今になって思う。あれは子離れを悲しむ親の心境だ、と。
思い出の中から戻ってきたデニスは、小さく苦笑した。
主の娘に抱く感情ではない。しかし間違いなく、あの気持ちは子離れを予感してさみしくなってしまう気持ちだった。
いまいち覚えていないが、ジルベルタが侯爵夫人として嫁に行ったときも、似たような気持ちだったかもしれない。
しかし、往来で相変わらず痴話喧嘩を繰り広げる二人を眺めながら思う。
――あるべきところに納まった。という感じがするな。
実は、アルノルドが一世一代の告白をジルベルタにした時、デニスもそこにいた。
離れていたので細かい会話は聞こえなかったが、落ち込んで子爵家に帰ってきたはずのジルベルタが、彼に会って楽しそうにしていたことは記憶に新しい。アルノルドと話して真っ赤になっていた姿も。
その後たびたび二人が一緒にいる姿をみるが、やはり、あるべきところに納まったなという印象だ。
「もしかして、まだデニスを護衛にって思ってるんじゃないよな」
アルノルドが言った。
え? っとデニスは驚いて思わずジルベルタをみる。内心ではまさかと思った。他家に嫁ぐ彼女の護衛を今後続けることがあるとは思ってもいない。
しかしジルベルタはきょとんとして。
「え? 連れて行ってはいけないの?」
と言った。
アルノルドが盛大に顔をしかめる。
「え、デニスは来てくれないの?」
などとデニスに尋ねてくる。
「えっと、私は旦那様の使用人のようなものですので」
「お父様が許可したら一緒に来てくれるのね」
「ええっと」
デニスは言葉に詰まった。正直に言えば、もちろん大丈夫だ。そして願えば子爵は許可してくれるだろう。問題は――。
「ダメだ! だいたい俺がいるじゃないか! 名誉騎士だぞ俺は」
「何言ってるのよ。王を傍でお守りするお仕事じゃない。その間の私の護衛はどうするの?」
「そ、それは別の……」
「いやよ。信頼してる人に守ってもらいたいわ」
――うれしい言葉だ。
思わず感動するデニスである。そんなデニスをアルノルドが睨んだ。
その目線が、かつてみた少年の懐かしい表情を思い出させて、デニスは笑う。
やはりあの時からアルノルドはジルベルタが好きで、デニスに嫉妬していたのだ。正直ふたりともデニスからすれば庇護すべき対象であったから、ほほえましい気持ちばかり浮かぶのだが。
「それより早く買い物しちゃいましょ」
ジルベルタがさっとアルノルドを追い抜いて歩き始めた。あわててデニスはそのあとを追う。クンッと袖を引かれて、デニスは振り返った。
アルノルド引っ張ったらしい。その彼は非常に悔しそうな顔でデニスを睨んでいる。
「まけないからな」
とつぶやいた。
デニスはたまらずに噴き出した。
不貞腐れたように、しかしわずかに頬を恥ずかしさから染めて、アルノルドが目線をそらす。
デニスは小さな笑いの波から抜け出して言った。
「はい、私も負けません」
アルノルドが目を丸くして、それから歯をむき出しにして唸った。
「そこは俺に譲るところだろ!」
再びデニスは笑う。
街中にデニスの笑い声と、ジルベルタが二人を呼ぶ声が響いた。
1
お気に入りに追加
1,698
あなたにおすすめの小説
『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!
三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!
【完結】「お前を愛することはない」と言われましたが借金返済の為にクズな旦那様に嫁ぎました
華抹茶
恋愛
度重なる不運により領地が大打撃を受け、復興するも被害が大きすぎて家は多額の借金を作ってしまい没落寸前まで追い込まれた。そんな時その借金を肩代わりするために申し込まれた縁談を受けることに。
「私はお前を愛することはない。これは契約結婚だ」
「…かしこまりました」
初めての顔合わせの日、開口一番そう言われて私はニコラーク伯爵家へと嫁ぐことになった。
そしてわずか1週間後、結婚式なんて挙げることもなく籍だけを入れて、私―アメリア・リンジーは身一つで伯爵家へと移った。
※なろうさんでも公開しています。
契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様
日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。
春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。
夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。
真実とは。老医師の決断とは。
愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。
全十二話。完結しています。
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~
バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。
幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。
「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」
その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。
そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。
これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。
全14話
※小説家になろう様にも掲載しています。
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
私の何がいけないんですか?
鈴宮(すずみや)
恋愛
王太子ヨナスの幼馴染兼女官であるエラは、結婚を焦り、夜会通いに明け暮れる十八歳。けれど、社交界デビューをして二年、ヨナス以外の誰も、エラをダンスへと誘ってくれない。
「私の何がいけないの?」
嘆く彼女に、ヨナスが「好きだ」と想いを告白。密かに彼を想っていたエラは舞い上がり、将来への期待に胸を膨らませる。
けれどその翌日、無情にもヨナスと公爵令嬢クラウディアの婚約が発表されてしまう。
傷心のエラ。そんな時、彼女は美しき青年ハンネスと出会う。ハンネスはエラをダンスへと誘い、優しく励ましてくれる。
(一体彼は何者なんだろう?)
素性も分からない、一度踊っただけの彼を想うエラ。そんなエラに、ヨナスが迫り――――?
※短期集中連載。10話程度、2~3万字で完結予定です。
婚約者に好きな人がいると言われました
みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり――――――
🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる