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17 武勲
しおりを挟む「その名前、恥ずかしいので出来ればやめていただきたいです」
アルノルドがそう言うと同時に、リベルトはよろよろと大きく後退した。表情は驚愕にそまっていて、もはやジルベルタのことすら見えていない様子だった。
「く、黒騎士ってなに?」
「だから、それやめて欲しいんだけど……。なんだかそう呼ばれているようだ。他の騎士とかから。陛下も、そう呼んでおられた」
「陛下!?」
子爵位の、それも最近まではその息子で騎士だったアルノルドが陛下と面識があるとは思えない。驚くジルベルタに対して、アルノルドは照れたように頬をかいた。
「武勲をたてたって言っただろ?」
「え、あれ冗談じゃなくて?」
「近々、伯爵位と領地をいただく予定」
「はぁ!?」
ジルベルタは驚きすぎて大きな声を上げた。そして改めてアルノルドを見上げる。
威厳すら感じられる大きな体。力強い瞳。己の力を確信して微笑むその表情。嘘をついているようには到底思えず、しかしあまりにも驚きすぎて、ジルベルタは思わずリベルトを見た。まるで真偽を確かめるような行動だった。
それを受けてリベルトが頷く。
「き、帰還式で、勲章を受け取っていた……騎士……。まさか、そんな」
アルノルドが薄く笑う。
リベルトは半腰を抜かしそうになっていた。侯爵といえど、その地位は父親から受け取ったもので、リベルトが王と密接につながっているわけではない。
しかしアルノルドは、王の覚えめでたい騎士だ。逆らって王に話がいけば、国王がどちらの味方をするかわからない。いや、むしろ王のお気に入りという話もあるほどだ。
王はアルノルドを優先するだろうう。ただでさて、浮気をしたという醜聞があるのだ。
そこでようやくリベルトは冷静になることができた。
ジルベルタには貰い手がいない。と言ったが、実際に国王と親しい貴族は他にもいる。そこから求婚されれば、それをリベルトが邪魔をすることはできない。できたとして、王の顰蹙を買うのは確実だった。
「俺が妻を迎えると伝えれば、陛下もよろこんでくださるだろう。陛下には、恋慕している人がいるのだとお伝えしてしまったし」
照れたようにアルノルドが言った。
ジルベルタがアルノルドを見上げて顔を赤くする。
リベルトでは作ることのできなかった、少女のような顔だった。
リベルトは項垂れた。ジルベルタを繋ぎ止める手段を失ったことは明白だった。
「ジルベルタ」
「! な、なに? リベルト」
力なくリベルトはジルベルタを呼ぶ。
「きみは」
リベルトは3年間一緒だった女性を見つめる。
はじめて出会った時から変わらない。むしろさらに美しくなったジルベルタが、困惑した様子を隠さないまま、リベルトを見ていた。
その目に愛情はない。
わかっていたことだった。リベルトは、ジルベルタに愛されていないことを知っていた。それでもいいと思っていた。だって、ジルベルタは美しい女神のようなひと。決して触れてはいけない、不可侵の女性だった。その彼女が自分のものであることは気分がよかった。
――ああ、俺は彼女を付属品のように見ていたのかもしれない。
ようやくそんなことに気づいても遅いのだ。
リベルトは暗い顔を隠せないままジルベルタを見つめる。
「きみは、幸せになれるのか……」
ジルベルタが目を見開いた。
そして、かたわらに立つアルノルドを見上げて、照れたように笑う。
それだけでリベルトには十分伝わってしまった。
「わかった。離婚しよう」
リベルトは力なくそう言うしかなった。
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