上 下
14 / 28

14 正気じゃない

しおりを挟む


 それは翌日のことだった。
 手紙を受け取ったのであろうリベルトが、子爵邸にやってきたのだ。
 ジルベルタが浮気をされて離婚するということは、まだ屋敷全体には周知されていなかったため、なんの障害もなくリベルトは屋敷に入ってきていた。応接間ですでに待っていると告げられたジルベルタの心境は複雑だ。
 ジルベルタの父は不在で、それが良かったのか悪かったのかはわからない。母は何を思ったのかリベルト訪問の報を受けた直後に再び「野暮用」と言って去っていった。
 思わず薄情者。と思ったがすでに言う相手はいないのだから仕方ない。
 ジルベルタは深呼吸をして応接間の扉を叩く。

 ――何を言われるかしら……。素直にサインしてくれれば困らないのに。

 ため息を飲み込んで扉を開ける。
 そこには暗く沈んだ顔でジルベルタを睨むリベルトの姿があった。奇妙なほど静かに椅子に座り、ジルベルタをじっと見つめるその姿には不気味さがある。

「……いらっしゃい。リベルト」

 当たり障りのない言葉を投げかけてみた。するとリベルトは先程までの表情を一変させて、柔和に微笑む。しかし不気味さは払拭できていない。

「やぁ、ジルベルタ。まさか本当に帰ってしまうとは思わなかったよ」

 ジルベルタはニコリと笑ってみせた。

「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。離縁の書類を書くためにいらっしゃったのでしょう?」
「……どうしてそんなことが必要なんだい?」

 真顔になってリベルトが言った。
 ジルベルタにはリベルトの今の精神状態を理解することができない。だが決して快調ではないことは確かだ。怒っている。というのが一番しっくりくるが、それにしては笑顔が不気味すぎる。
 ジルベルタはなるべくリベルトに近づかないように意識して、リベルトから一番遠い椅子に腰を掛けた。

「どうして、と言われましても、離婚のためにいらっしゃったのでしょうから、当然サインしてくださいな」

 リベルトが尋ねたのが本当は違う意味なのだとわかっていて、ジルベルタはとぼけたように返した。
 リベルトのこめかみがピクリと動く。

「なぜそんな話になった? 君は正気を失っているのか」
「いいえ。正常です」
  
 決してリベルトの言葉に左右されてはいけない。毅然として言うべきことだけを伝え、彼の言葉は取り合わないことが必要だ。

「むしろ、あなたのほうが正常ではないです」
「俺の? どこが?」

 リベルトが怪訝そうに眉をひそめる。
 
「あなたは離婚しないおつもりなのでしょう?」
「もちろん」
「ではなぜ浮気などしたのですか?」

 理解ができないのだろう。リベルトが首を傾げる。ジルベルタはため息をついた。

「浮気が知られたら離婚することになる。そうは考えなかったのですか? もしやバレないとお思いでしたか? いいえ、だとしたらあまりにもお粗末。調べたらすぐわかりましたもの。問い詰めたときの反応を見ても、隠す気がなかったのだとわかります。ならば、バレても私なら何もしないとお思いに? 侮ってもらっては困ります」

 ジルベルタは一気に吐き出した。
 毅然と睨み付ければリベルトが狼狽して立ち上がりかけていた。

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

【完結】え?王太子妃になりたい?どうぞどうぞ。

櫻野くるみ
恋愛
10名の令嬢で3年もの間、争われてーーいや、押し付け合ってきた王太子妃の座。 ここバラン王国では、とある理由によって王太子妃のなり手がいなかった。 いよいよ決定しなければならないタイムリミットが訪れ、公爵令嬢のアイリーンは父親の爵位が一番高い自分が犠牲になるべきだと覚悟を決めた。 しかし、仲間意識が芽生え、アイリーンに押し付けるのが心苦しくなった令嬢たちが「だったら自分が王太子妃に」と主張し始め、今度は取り合う事態に。 そんな中、急に現れたピンク髪の男爵令嬢ユリア。 ユリアが「じゃあ私がなります」と言い出して……? 全6話で終わる短編です。 最後が長くなりました……。 ストレスフリーに、さらっと読んでいただければ嬉しいです。 ダ◯ョウ倶楽部さんの伝統芸から思い付いた話です。

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

婚約者の隣にいるのは初恋の人でした

四つ葉菫
恋愛
ジャスミン・ティルッコネンは第二王子である婚約者から婚約破棄を言い渡された。なんでも第二王子の想い人であるレヒーナ・エンゲルスをジャスミンが虐めたためらしい。そんな覚えは一切ないものの、元から持てぬ愛情と、婚約者の見限った冷たい眼差しに諦念して、婚約破棄の同意書にサインする。 その途端、王子の隣にいたはずのレヒーナ・エンゲルスが同意書を手にして高笑いを始めた。 楚々とした彼女の姿しか見てこなかったジャスミンと第二王子はぎょっとするが……。 前半のヒロイン視点はちょっと暗めですが、後半のヒーロー視点は明るめにしてあります。 ヒロインは十六歳。 ヒーローは十五歳設定。 ゆるーい設定です。細かいところはあまり突っ込まないでください。 

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

「君を愛す気はない」と宣言した伯爵が妻への片思いを拗らせるまで ~妻は黄金のお菓子が大好きな商人で、夫は清貧貴族です

朱音ゆうひ
恋愛
アルキメデス商会の会長の娘レジィナは、恩ある青年貴族ウィスベルが婚約破棄される現場に居合わせた。 ウィスベルは、親が借金をつくり自殺して、後を継いだばかり。薄幸の貴公子だ。 「私がお助けしましょう!」 レジィナは颯爽と助けに入り、結果、彼と契約結婚することになった。 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0596ip/)

処理中です...