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「まさかこんな日が来るとは思わなかったわ」
頬に手を添えてつぶやくのは、ジルベルタの母だ。
「思わないだろう。当然。ジルベルタは結婚しているんだぞ」
母の対面に座っていた父が腕を組んで言う。
「でもアナタだってこうなったらいいなぁって思ってたでしょう? 私は何度も言おうか悩んだわ。アルノルド君はどう? って」
「それは俺だってアルノルド君がいいなとは思っていた。アルノルド君は気づいてもらえずに可哀想だったし」
「でも若人の恋に口出しするなんて、ねぇ」
「そうなんだ。それにジルベルタにその素振りがなかっただろう」
「そうなのよね。いつからかしら」
「まさか結婚してからか?」
「戦争に行ってしまってから急に寂しくなったのかもしれないわ」
「うむ。それなら仕方ないな」
「それで、いつからなの? ジルベルタ」
「いつからなんだ?」
両親から見つめられて、ジルベルタは苦笑いを浮かべた。
昨夜アルノルドと会ったジルベルタは早朝から両親に今後のことを相談しにきていた。
その中で、アルノルドの話を出したところ、ジルベルタがアルノルドとの再婚を考えていると伝える前に「とうとう二人が結ばれるのね!」と母が声をあげた。驚くジルベルタの前で両親は二人きりで盛り上がり始める。そして聞かれたのが、いつからそういう関係だったのか? と言うことである。
――いつからって、昨日なのだけど、そうではなくて。
「アルノルドの気持ち、知っていたの?」
「それはもちろん知っていたわよ。知らなかったのはジルベルタだけよ」
と母が笑う。
やはりジルベルタの目は節穴だったらしいと、ジルベルタは思った。
――私だけ気づいてなくて、本当はずっと? もしかしてアプローチされてた? 気づかなかったわ……。
微妙に情けない話である。
――それにしても……なんだか拍子抜けだわ。
もう少し反対されるのではないかと思っていたのだ。
まだジルベルタは離婚したわけではなく、侯爵夫人の立場だ。普通に考えれば離婚後の相手を決めてから離婚するという嫌な女と言われても仕方ない状況。リベルトに知られたら、罵られるかもしれないとジルベルタは思っている。両親からもそういった話はまだ早いと怒られる覚悟もあったのだが、むしろ両親の方が喜んでいる。
――結局、リベルトと同じく浮気したみたいなものっていうのが複雑だわ。正式に離婚してから言って貰えばよかった。というのは無理な話よね。
「それで、ジルベルタ。侯爵には手紙を出すのかしら?」
「はい。書類だけ送ろうかと思っています。でももしかしたら、乗り込んでくるかも」
「それは……」
困ったように眉を寄せる母の向かいで、父が真っ青になっている。
小心者なのにずいぶん平気そうだと思ったら、もしや侯爵のことを忘れていたのだろうか。
「ま、まてまて、侯爵とは話し会った方がいいんじゃないか」
「浮気されて離婚しますって言ってきましたし。書類を送るのは普通の流れではありませんか? それで文句があると言うのでしたら、裁判でもなんでもするしかないです」
「そんな資金どこにあるんだ……」
父が嘆く。それは確かにそうなのだ。そうなると困ってしまう。
考え込んでしまった父と娘。そこに母が気楽そうに言った。
「大丈夫よ。多分なんとかなるわ」
「いえ、ならない気が……」
「なるわよ。ちょっと私に任せてくれる?」
悪戯気に母が笑う。それから突然立ち上がると「ちょっと野暮用」と言って出かけて行った。
「お母様の言うとおりにして、駄目だったことってないけど、大丈夫かしら」
ジルベルタの不安げな呟きに、父が頷く。
「今回ばかりは俺も心配だ。うん。ちょっと俺も動いてみよう」
「お父様」
「どうせ離婚するのは確定なんだ。書類は送ってしまいなさい」
「いいの?」
「そうしなさい」
顔を青くしながら、父が頷いた。
そっと父に近づいて、椅子の後ろから抱きしめた。
「ありがとう。お父様」
何も解決していないのだが、この両親でよかったと心から思った。
夕方。ジルベルタはリベルトに離婚の書類を送った
頬に手を添えてつぶやくのは、ジルベルタの母だ。
「思わないだろう。当然。ジルベルタは結婚しているんだぞ」
母の対面に座っていた父が腕を組んで言う。
「でもアナタだってこうなったらいいなぁって思ってたでしょう? 私は何度も言おうか悩んだわ。アルノルド君はどう? って」
「それは俺だってアルノルド君がいいなとは思っていた。アルノルド君は気づいてもらえずに可哀想だったし」
「でも若人の恋に口出しするなんて、ねぇ」
「そうなんだ。それにジルベルタにその素振りがなかっただろう」
「そうなのよね。いつからかしら」
「まさか結婚してからか?」
「戦争に行ってしまってから急に寂しくなったのかもしれないわ」
「うむ。それなら仕方ないな」
「それで、いつからなの? ジルベルタ」
「いつからなんだ?」
両親から見つめられて、ジルベルタは苦笑いを浮かべた。
昨夜アルノルドと会ったジルベルタは早朝から両親に今後のことを相談しにきていた。
その中で、アルノルドの話を出したところ、ジルベルタがアルノルドとの再婚を考えていると伝える前に「とうとう二人が結ばれるのね!」と母が声をあげた。驚くジルベルタの前で両親は二人きりで盛り上がり始める。そして聞かれたのが、いつからそういう関係だったのか? と言うことである。
――いつからって、昨日なのだけど、そうではなくて。
「アルノルドの気持ち、知っていたの?」
「それはもちろん知っていたわよ。知らなかったのはジルベルタだけよ」
と母が笑う。
やはりジルベルタの目は節穴だったらしいと、ジルベルタは思った。
――私だけ気づいてなくて、本当はずっと? もしかしてアプローチされてた? 気づかなかったわ……。
微妙に情けない話である。
――それにしても……なんだか拍子抜けだわ。
もう少し反対されるのではないかと思っていたのだ。
まだジルベルタは離婚したわけではなく、侯爵夫人の立場だ。普通に考えれば離婚後の相手を決めてから離婚するという嫌な女と言われても仕方ない状況。リベルトに知られたら、罵られるかもしれないとジルベルタは思っている。両親からもそういった話はまだ早いと怒られる覚悟もあったのだが、むしろ両親の方が喜んでいる。
――結局、リベルトと同じく浮気したみたいなものっていうのが複雑だわ。正式に離婚してから言って貰えばよかった。というのは無理な話よね。
「それで、ジルベルタ。侯爵には手紙を出すのかしら?」
「はい。書類だけ送ろうかと思っています。でももしかしたら、乗り込んでくるかも」
「それは……」
困ったように眉を寄せる母の向かいで、父が真っ青になっている。
小心者なのにずいぶん平気そうだと思ったら、もしや侯爵のことを忘れていたのだろうか。
「ま、まてまて、侯爵とは話し会った方がいいんじゃないか」
「浮気されて離婚しますって言ってきましたし。書類を送るのは普通の流れではありませんか? それで文句があると言うのでしたら、裁判でもなんでもするしかないです」
「そんな資金どこにあるんだ……」
父が嘆く。それは確かにそうなのだ。そうなると困ってしまう。
考え込んでしまった父と娘。そこに母が気楽そうに言った。
「大丈夫よ。多分なんとかなるわ」
「いえ、ならない気が……」
「なるわよ。ちょっと私に任せてくれる?」
悪戯気に母が笑う。それから突然立ち上がると「ちょっと野暮用」と言って出かけて行った。
「お母様の言うとおりにして、駄目だったことってないけど、大丈夫かしら」
ジルベルタの不安げな呟きに、父が頷く。
「今回ばかりは俺も心配だ。うん。ちょっと俺も動いてみよう」
「お父様」
「どうせ離婚するのは確定なんだ。書類は送ってしまいなさい」
「いいの?」
「そうしなさい」
顔を青くしながら、父が頷いた。
そっと父に近づいて、椅子の後ろから抱きしめた。
「ありがとう。お父様」
何も解決していないのだが、この両親でよかったと心から思った。
夕方。ジルベルタはリベルトに離婚の書類を送った
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