上 下
4 / 28

4 子爵邸

しおりを挟む

「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「お嬢様、食事のお時間です」
「お嬢様、新しいドレスはどれになさいますか」
「お嬢様」
「お嬢様」

「ちょっとまって」

 ジルベルタは思わず静止の声をあげた。
 数人のメイドが一斉に首をかしげる。

 ジルベルタは子爵邸にいた。
 侯爵邸に比べればちっぽけで、派手さも豪華さもない家。この素朴といってもいい家をかつてのジルベルタはあまり好んではいなかったが、今はとても落ち着く空間だ。
 侯爵邸から逃げるように帰ってきたジルベルタをこの家は歓迎してくれた。
 
 母は憐れみながらも喜び、父は浮気のことを聞いて怒りながら喜ぶという器用なことをして見せた。その一方で小心者の父は、リベルトに怒られやしないかと悩んでもいた。我が父ながら情けないやら、しょうもないやら。
 そんな両親を眺めながら、ジルベルタは3年間借金返済に走り回ってよかったと心から思った。もし借金がまだ残っていたら、離婚などできそうになかっただろう。
 メイドたちもジルベルタの帰還に喜んでくれて、今日の夕食は盛大にしなければと厨房メイドが腕まくりをしていた。
 傲慢だったジルベルタだが、決して使用人に辛く当たるような人間ではなかった。彼らのことは気に入っていて、例えばもらった贈り物を、侍女の方が似合うという理由でそのままあげてしまったり、病床の親がいると言われれば惜しげも無く薬代としてドレスを換金したりした。
 ジルベルタにとってはある種の自己満足でもあったのだが、そういう行動を使用人たちは都合よく解釈してくれていたようだった。
 
 だからだろう。レディメイドたちは嬉しそうにジルベルタの世話をしている。
 ただ、そこまで徹底してもらうことはないと、ジルベルタは思っていた。

「あのね、気にしてくれるのはありがたいのだけど、必要以上に丁寧に接する必要はないのよ」

 などと言えば、メイドの数人がぎょっとした顔をした。

「それに、あまりお金を使うつもりはないの。ドレスは昔の物がまだ着られるから、新しいのはいらないわ」

 ドレスというのは予想以上に高価な物である。かつては毎日のように新しいドレスを買っていたが、それは男性たちからの貢品を売ったりして得た金でしていた事で、今はそんな収入源はない。当時そういう使い方をしていなければ、その金で国への援助金が多少でも補たはずである。
 そうすれば、リベルトとの結婚もなかったかもしれない。

 ――自業自得だったのよね。ある意味。

 戦争中ということが大きな理由ではなるのだが、侯爵家にいた頃でさえ贅沢はできなかった。子爵家に戻ってかつてのような贅沢をしたらこの家は破産する。確信をもってジルベルタはそう言えた。ところが両親は出戻りしてきた娘を必要以上に甘やかそうとする。それは困る。すくなくともジルベルタのために子爵家が資金繰りに困るようなことにはなって欲しくなかった。

「とにかく贅沢するつもりはないの」
 
 ジルベルタは驚くメイドたちを前に、苦笑しながら言った。
 この家のメイドたちは贅沢をしまくるジルベルタしか記憶にないため、ジルベルタの発言に病気にでもなったのではとまで騒ぎ出す。ジルベルタはこの状態から子爵邸での生活を始めることにため息をつくことしかできなかった。

 
「お嬢様はお代わりになられましたね」

 というのは、昔からいる侍女の言葉だ。

「そうね。まぁ家を任されていた身として、いろんなことができるようになったのよ。戦争もあったし」

 侯爵家でのことを思い出せば、自然とリベルトのことも頭に浮かんでくる。
 
 ――これは未練とかじゃないわ。

 ただ、浮気されたことはやはりショックだったのだと今更思った。
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。

新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。 自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。 そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。 さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。 ◆エールありがとうございます! ◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐 ◆なろうにも載せ始めました ◇いいね押してくれた方ありがとうございます!

『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!

三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!

処理中です...