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4 子爵邸
しおりを挟む「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「お嬢様、食事のお時間です」
「お嬢様、新しいドレスはどれになさいますか」
「お嬢様」
「お嬢様」
「ちょっとまって」
ジルベルタは思わず静止の声をあげた。
数人のメイドが一斉に首をかしげる。
ジルベルタは子爵邸にいた。
侯爵邸に比べればちっぽけで、派手さも豪華さもない家。この素朴といってもいい家をかつてのジルベルタはあまり好んではいなかったが、今はとても落ち着く空間だ。
侯爵邸から逃げるように帰ってきたジルベルタをこの家は歓迎してくれた。
母は憐れみながらも喜び、父は浮気のことを聞いて怒りながら喜ぶという器用なことをして見せた。その一方で小心者の父は、リベルトに怒られやしないかと悩んでもいた。我が父ながら情けないやら、しょうもないやら。
そんな両親を眺めながら、ジルベルタは3年間借金返済に走り回ってよかったと心から思った。もし借金がまだ残っていたら、離婚などできそうになかっただろう。
メイドたちもジルベルタの帰還に喜んでくれて、今日の夕食は盛大にしなければと厨房メイドが腕まくりをしていた。
傲慢だったジルベルタだが、決して使用人に辛く当たるような人間ではなかった。彼らのことは気に入っていて、例えばもらった贈り物を、侍女の方が似合うという理由でそのままあげてしまったり、病床の親がいると言われれば惜しげも無く薬代としてドレスを換金したりした。
ジルベルタにとってはある種の自己満足でもあったのだが、そういう行動を使用人たちは都合よく解釈してくれていたようだった。
だからだろう。レディメイドたちは嬉しそうにジルベルタの世話をしている。
ただ、そこまで徹底してもらうことはないと、ジルベルタは思っていた。
「あのね、気にしてくれるのはありがたいのだけど、必要以上に丁寧に接する必要はないのよ」
などと言えば、メイドの数人がぎょっとした顔をした。
「それに、あまりお金を使うつもりはないの。ドレスは昔の物がまだ着られるから、新しいのはいらないわ」
ドレスというのは予想以上に高価な物である。かつては毎日のように新しいドレスを買っていたが、それは男性たちからの貢品を売ったりして得た金でしていた事で、今はそんな収入源はない。当時そういう使い方をしていなければ、その金で国への援助金が多少でも補たはずである。
そうすれば、リベルトとの結婚もなかったかもしれない。
――自業自得だったのよね。ある意味。
戦争中ということが大きな理由ではなるのだが、侯爵家にいた頃でさえ贅沢はできなかった。子爵家に戻ってかつてのような贅沢をしたらこの家は破産する。確信をもってジルベルタはそう言えた。ところが両親は出戻りしてきた娘を必要以上に甘やかそうとする。それは困る。すくなくともジルベルタのために子爵家が資金繰りに困るようなことにはなって欲しくなかった。
「とにかく贅沢するつもりはないの」
ジルベルタは驚くメイドたちを前に、苦笑しながら言った。
この家のメイドたちは贅沢をしまくるジルベルタしか記憶にないため、ジルベルタの発言に病気にでもなったのではとまで騒ぎ出す。ジルベルタはこの状態から子爵邸での生活を始めることにため息をつくことしかできなかった。
「お嬢様はお代わりになられましたね」
というのは、昔からいる侍女の言葉だ。
「そうね。まぁ家を任されていた身として、いろんなことができるようになったのよ。戦争もあったし」
侯爵家でのことを思い出せば、自然とリベルトのことも頭に浮かんでくる。
――これは未練とかじゃないわ。
ただ、浮気されたことはやはりショックだったのだと今更思った。
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