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第六話 淫魔との交わり①

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 アリシアはその扉を開けたくなかった。
 できれば翻して逃げ出してしまいたかったが、背後にはエイラがいる。
 祝福を失った今、エイラに勝つ術はない。
 となれば、エイラに促されるままにこの扉を開けるしかない。
 けれど、その部屋の主を聞くと尻込みをしてしまう。

「アリシアお姉ちゃんは、ご主人様が嫌いなの?」
「魔族が好きなわけありません。敵です。しかも先ほど……」

 アリシアの脳裏にリリィに受けた屈辱が、屈辱のはずなのに天国にいたかのような記憶が思い出される。

「あの人は破廉恥です」
「アリシアお姉ちゃんはエッチなのは嫌なんだ」
「そうです。エイラ、あなたも、同じです」
「その割にはイッた時はあんなにかわいい顔していたのに」
「そ、それは、あれはあなたがいけないんです。あなたもリリィも破廉恥です」

 そんなやりとりをしていると、目の前の扉が開いた。
 部屋の主であるリリィが姿を見せる。
 部屋の主は顔をのぞかせると、エイラが姿をかしこまって頭を下げる。

「ご主人様、アリシアお姉ちゃんをお連れしました」
「ありがとう、エイラ」
 感謝を告げるリリィが、言葉の最後に表情を変えた。
「あなた、わたしのものに手を出したでしょう?」
「なっ、なんのことでしょう。ご主人様」
 エイラはわかりやすく動揺していた。
「バレないとでも思ったのかしら、エイラ」
 リリィの声には軽い怒気がこもっていて、
「知りません。分かりません。存じません!」
 エイラは背を向けて、一目散に駆け出していった。
 リリィはそんなエイラをおかしそうに見ながら、一呼吸間を置いてアリシアに目を向けた。
けれど先に言葉を発したのはアリシアだった。

「リリィ、わたしはあなたのものじゃありません」
「あなたのわたしのものよ、アリシア」
 抗議をしてみたが、淫魔族に軽く受け流されてしまう。
 それだけでなく。
「その服、似合っているわね」
「じろじろと見ないでください」
「ふふっ。恥ずかしいんだ?」
「こんな服誰だって恥ずかしいです。胸も脚も全然隠せていないし、いかがわしいです」

 アリシアは胸元をすぐさま両手で覆う。
 エイラに身体を洗われた後に用意されていたのは、これまできたことのないような衣装だ。
ナイトドレスの一種ではあるが、胸元が強調されるようにぱっくりと開き、腰の辺りまでスリットが入り、見る方向から見ればアリシアの下着が覗けてしまう。
 用意されていたドレス用のブラを身につけているが、それは胸の先端は隠してくれるがアリシアの胸全体を覆うようなものではなく、アリシアの胸は半分ぐらい隠れきれずに露出していた。
 裸の方がマシだと思えるぐらい扇情的な服装に、アリシアはこの淫魔の趣味を感じた。

「いいじゃない、隠さなくて。そんなにきれいなんだから」
「そ、そんな風にたぶらかそうとしても無駄です」
「たぶらかそうとなんてしていないわよ。でも、こんなところでなんだから中に入って、わたしのアリシアちゃん」
「だから、あなたのものじゃありません」

 再び抗議の声を受け流されて、アリシアは部屋の中へと通される。
 部屋の中は思っていたより広くなく、物が散乱していた。
 読みかけの本、脱ぎかけの服、何に使うのかわからない実験道具のようなものが転がっている。
 家具としてあるのはソファーとソファーテーブル、ベッドぐらいだが、ソファーとソファーテーブルは幾層にも積まれたキャンバスで埋まっていた。

 キャンバスに描かれているのは人族の女性でみな裸だった。
完成すると壁面に飾られるのか、四方の壁面には裸婦画が飾られている。
 アリシアは芸術方面の知識も素養もなかったが、それらの絵には惹かれるものを感じた。

「この絵はあなたが?」
「そう。絵を描くのが趣味なの」
「裸ばかりです」
「きれいなものを描きたいからね。それに描いていて楽しいもの」
 アリシアは毒気が抜かれたような気がする。
「それにしても、もう少し片付けなどをしてはいかがですか?」
「それはエイラの仕事。いや、これからはあなたの仕事かしらね。まあ、今はいいわ。ほらこっちに座って」

 促されたのはソファーではなくベッドだった。
 確かにソファーは描きかけのキャンバスだらけで、とてもじゃないが座れる状態ではない。
 逆らってもしかたあるまいと、アリシアはリリィの横に少し距離を開けて座る。
 するとすぐにその距離を詰めるようにリリィが密着してくる。
アリシアの左手にリリィの太腿が載るぐらいの距離だ。
 アリシアは距離を空けるために横にずれると、リリィはその分だけ近づいてくる。
 それを何度か繰り返すとアリシアはベッドの端まで追い詰められてしまい、その距離の近さを諦めた。
 密着すると漂ってくるのは甘い匂いだ。
鼻腔を心地よく刺激するその甘い香りから逃れるようにアリシアはそっぽを向く。

「アリシアはお酒は飲める?」
「嗜む程度でしたら」
 
普段、飲酒の習慣はないが冒険者をしていれば、そうせざるを得ない機会もある。
 機会は多くないがパーティで依頼を受ける場合、依頼が完了したらそういう場を設けるのが普通だ。そういう場は得意ではなかったが、相手に合わせて相づちを打つことぐらいはできる。
 
それよりも大きな依頼の後には、アリシアは一人、酒を飲んだ。
楽しい気持ちになるわけでもなかったが、依頼後、高まった熱を発散する方法をアリシアはそれ以外に知らなかった。

「ならこれを飲みましょう」
 リリィが床に乱雑に置かれた箱の形をした実験道具のようなものの扉を開ける。
中にはお酒が注がれたグラスが入っている。

「それは魔道具なのですか?」
「そうよ。物を冷やす魔道具。ラティールでは良く使われているわ。これはラティールで有名な牛乳のお酒」
「ありがとうございます」

 グラスを受け取るとそれに口をつけてみる。
 牛乳の味わいの深さにうまくアルコールが溶け込んでいる。
上質な甘みが喉を通り抜けていく。

「あなたはラティールにいたのですか?」
 ラティールは大陸の北の方にある人族が暮らす街だ。
 そこに魔族がいたというのは驚きだ。
「そうよ。ある時期ラティールに暮らしていたの。他にも。カスティーア、ボルトス、セズベリア、ポゼックなんかでも暮らしたことがあるわね」
「信じられません。だって、どれも人族の大都市ですよ。あなたみたいな存在がゆるされるわけがないでしょう」
「街を少し外れたところで細々とやる分には問題ないわよ」
「そんなわけが……」
 ありませんと言おうとして、キャンバスへと目をやる。
 そのキャンバスのモデル達はみな、人族の女の子たちだ。

「この絵に描かれているのはもしかして、実在の?」
「どう思う?」
「女の子達を攫っていたのですか?」
「そんな乱暴なことはしてません。仲良くなっただけ」
「信じられません。魔族と人がそんな関係になるなんて」
「珍しいのかもしれないわね。でも、私は人が好きなの。魔族との関わりの方が苦手でね」
「なのに今、あなたはダンジョンマスターとして人に害をなそうとしています」
「不本意ながら、そんなものに選ばれてしまってね。家の都合のこともあって引き受けざるを得なかったのよ。でも、私は人に害をなそうとは考えていないわよ。このダンジョンに魔物はいないのはそういう理由」
 
確かにこのダンジョンには魔物がいなかった。
 ダンジョンの目的は、ダンジョンコアによって魔物を生成し続け、人族を襲撃することのはずなのに。

「そう。魔物なんかつくるより、ここでの生活を良くしたくって、これまで人族の街々で見てきたものを詰め込んだ館を作ったの。おかげで、この館を生成するのに魔力のほとんどを使っちゃってね」

 リリィがアリシアの方を見る。
 その目線に釣られるように、アリシアもリリィを見つめる。
 深紅の大きな瞳の持ち主はやはり女神のように美しい。

「ちょうどあなたが来て良かったわ、アリシア。あなたで魔力を吸収させてもらえるから」
「わたしは魔族に力を貸すようなことはしません。それにあなたの魔力の吸収方法は先ほどのようなものでしょう。あんなことは、もう二度と……」
「どうして? 気持ちよくなかったかしら?」
「そういう問題じゃありません。あのような破廉恥なことは、いけないことです」
「破廉恥でも、気持ち良ければ良くない? 楽しければ良くない?」
「よくありません。享楽的なことは慎まなければならないのです。そのようなことをしている時間があれば修行したり、依頼を受けたりしないとなりません」
「ふーん。アリシアはお堅いのね」
「ダンジョンを攻略し、魔族を討ち取ることがわたしの使命ですから。その使命がなくなったらわたしに、価値はありません」

 それがアリシアの生き方だった。
 養護院で祝福を見いだされ、ギルドと師に修行をつけてもらいその才を伸ばした。
 祝福は天からのギフトだ。
そのギフトをどう活かすかは自分次第だ。
 多くの人がアリシアに時間をかけた。期待をした。
 アリシアはそれに応えられるように励んだ。
もらった分を返せるように、尽くしてきた。
その結果が五つのダンジョンの攻略だった。
 いまだって、同じようにアリシアがこのダンジョンを攻略するのを待っている人がいる。
それがアリシアの支えでもあった。

「自分のために生きた方がいいわよ、アリシア」
「そんな助言は不要です」

 自身の生き方が不器用であることには気づいていた。
 けれどそれ以外の生き方を知らなかったし、分からなかった。
 リリィに返した言葉は弱々しく、それを隠すようにアリシアはグラスに残っていたお酒を飲みきった。
それほどアルコールの度数が強くはないはずだが、飲み終えると体に熱を感じた。
たぶん頬も赤くなっているだろう。
 
それが悟られていないかとリリィに目をやる。
 リリィは微笑むだけで、アリシアの様子には気づいてはいないようだ。
 けれどリリィの方に目をやると、アリシアは別のことに気づいてしまう。
 そこに目をやらないようにしていたけれど、リリィの服はアリシアに負けず劣らず、露出が多い。
横からだと、直視してはいけない部位が見えてしまう。
 二つの大きな膨らみと布からはみ出した白い肌の刺激は大きい。
 その刺激に反応して自身の下半身の肉棒が大きく硬くなっていくのがわかる。

「ふふっ。アリシア、いま勃起しちゃったでしょ?」
「な、何を言ってるんですか」
「ほんとにわかりやすい子ね、かわいい」
 リリィがアリシアの頬を小突く。
「さっきのお酒ね、催淫効果があるの。だから、えっちな気持ちになっちゃってもしかたないのよ。私は淫魔族だからそういうのは効かないけれど」
「あなたはどこまで、破廉恥なんですか」
「淫魔族にとってはそれが食事だからね。ねえ、やっぱりアリシアは嫌なのかしら?」

 リリィはベッドに仰向けになって、悪戯っ子のような微笑みを浮かべながらアリシアに訊ねた。
 心を拐かすようなその微笑みに、アリシアはごくりと生唾を飲んだ。
 
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