Discord Destiny-呪われた王子と旅の傭兵-

秋初夏生(あきは なつき)

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 第一部

《第七章》愚かな過ちと最後の試練

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大きな地響きと共に、ギミックが振り下ろした剣先から炎が生まれる。瞬く間に地下室全体に広がり始めた。

 龍の鱗に火の粉が降りかかり、オルタードの左腕が咆哮する。ただの炎ではない、何もかも焼き尽くし飲み込もうとする、凶暴な炎だ。

オルタード自身にも、引きつるような痛みが伝わった。
「大丈夫か? オルタード」
「近づくなっ! ーーこいつ、見境をなくしてるっ」
 心配そうに近づいたファインに、オルタードは悲痛な声を上げる。火傷をして怒り狂った龍が、暴走を始めたのだ。
「とにかく部屋から出ねえと。姫さん、こっちだ!」
 煙に咳き込んでいるリゾネータを一まず、部屋の外へ連れ出す。辺りには燃えるものもないのに、炎の勢いは止まることを知らなかった。

「オルタード・・・・・・」
 ギミックが、オルタードに手を差し伸べた。
「私と同じ闇を有する者よ、お前とファイン・スレーブでは生きる世界が違う。所詮は合い容れぬ存在なのだ。やがて二人の仲は破綻し、悲劇を生むだろう」
「何だって?」
 思わず聞き返したオルタードに対し、ギミックはただ嘲笑するだけだった。火傷で赤く爛れた指先で、荒れ狂うオルタードの左腕を掴む。
   ーーそのまま、己の首筋へとあてがった。
「何をするっ、やめろっ!」

 オルタードの叫びも空しく、ギミックの首から鮮血が迸った。
    龍がギミックの喉笛を食い破ったのだ。返り血を浴びたオルタードは、放心したようにその場に立ち尽くしていた。

 ゆっくりと倒れたギミックの手から剣が離れても、火の勢いは止まらない。ギミックの血を啜った龍は、ますます勢いを得る。ザワザワと鱗を打ち鳴らすと、次なる獲物を求めて蠢いた。オルタードは今にも意識を手放しそうになるのを、必死で堪えていた。

「オルタード?」
 いつまでも部屋から出てこないオルタードに、ファインは嫌な予感がした。襲いかかる炎を避けて、オルタードの元へ走る。ジュッという音を立てて、髪がわずかに焦げた。
「オルタード、何やってるんだ」
「近づくな!」
 オルタードは掠れた声で叫ぶ。炎の熱と煙で、喉がやられていた。ひどく身体が重い。精神的にも体力的にも、もう限界だった。

「ファズ、僕は・・・・・・ここで死ぬ」
 蒼く沈んだ瞳で、オルタードは呟いた。

「何を馬鹿なことを、こっちへ来い!」
 腕を引こうとしたファインの手に、オルタードの左腕が噛み付く。今にも骨を砕かれそうな、鋭い一噛みだった。

「離せっ、ファズっ!」    
「いい加減にしろ!」
 もう一方の手で、ファインはオルタードの頬を叩いた。一瞬、びくりと身体を強ばらせたオルタードを抱き上げると、ふらつく足取りで部屋の外へと向かった。

「ったく、世話の焼ける王子だぜ」
  地下室を出て、ファインは倒れるように膝をついた。オルタードはおそるおそるファインの手を見る。皮膚が裂け、肉が抉れ、大量に血があふれ出ていた。惨たらしい傷に、オルタードは思わず目をそらす。
「ファズ・・・・・・骨が見えてる」
「言うな馬鹿っ、余計に痛む。オルタード、目ぇそらすんじゃねえぞ。これがお前の愚かな行動の結果だ」

 オルタードは唇を噛んで、小さく頷いた。自分の服の袖を裂いて、ファインの手に包帯をしてやる。
「その龍、本当なら俺の手首を噛みちぎってもおかしくなかった。でも、そうしなかったのは、本能的に俺が助けようとしていることを分かってたからかもな」
  そう言って、ファインはオルタードの左腕をなでてやる。龍は萎縮したように、微かな声で鳴いた。

「心を強く持て、オルタード。お前がその気になりゃ、いくらでも龍の暴走は止められるはずだ」
 まだ泣きそうな顔をしているオルタードの頬を、ピシャピシャと叩く。時には優しさより、厳しさが大切なこともあるから、ファインは決して甘やかしはしない。
「ーーわかった」
 オルタードは強い意志を秘めた瞳で、ファインを見た。
 
 

「兄様、ファイン、ご無事だったのですね」
 上の階へと続く階段の踊り場に、リゾネータはしゃがみ込んでいた。二人の姿を見て、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。元気そうな妹の姿に、オルタードはほっと息をついた。

「オルタード殿下!」
 一階へ上がったとたん、オルタードは衛兵たちに取り囲まれた。アルペジオに仕えていた者が混じっているのを見て、オルタードは顔を強ばらせる。
 リゾネータとオルタードを庇うように、銃を持ったファインが前に進み出た。衛兵たちの顔にさっと緊張が走る。

「お待ち下さい。我々は貴方の敵ではありません。どうぞ、ついて来て下さい。アルペジオ様の元へご案内します」
 兵隊長らしい男が、低い声で言った。オルタードとファインはちらっと顔を見合わせた。
「罠かも知れんが、ここは行くしかねえな」

 ファインが呟く。いずれ決着は着けなければならない。オルタードを王位に就けると決めたときから、覚悟は出来ていた。
「星見の塔に・・・・・・参ります」
 衛兵の一人が告げた言葉に、リゾネータは大きく目を見はった。それはリゾネータが育った場所。そして、星見の姫が未来の予見をする場所。

 星見の塔は、ラフォルテ城の裏にある森の中にそびえていた。王族と、一部の聖職者にしか入ることの許されない、神聖なる塔。ファインは塔の前で待っているしかなかった。

「一人で大丈夫か、オルタード」
 ファインは気遣わしげに言う。最後の大切な場面に立ち会えないことを、心底悔しがっていた。
「兄上との決着は、僕がつけなくちゃいけない」
 ファインの手を借りずに、たった一人で。それは王位に就くための最後の関門だった。ファインはいずれ故郷へ帰ってしまう。
 ーーそのときに、一人でも大丈夫でいられるように。

「行ってくる」
 オルタードは表情を引き締めた。炎でところどころ焦げた髪。服もボロボロで、とても次期王に相応しい格好ではなかった。それでもその表情だけは、威厳に満ちている。
 衛兵たちは、一斉にひざまづいた。
「我々の役目はここまでです。どうぞ、お入りください」

 ーーゆっくりと、塔の扉が開かれた。
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