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幸せのカタチ《SS》
しおりを挟む『本日、あなたにとって一生に一度のラッキーデーです。思わぬチャンスが舞い込んでくるでしょう』
スマホにこんなメールが届いた。
送信者のアドレスは、全く見覚えのないものだった。
別に占いのサービスを申し込んだわけでもない。
件名というか、最初の一文は『山本真子様へ』となっていて、フルネームを知られてるあたり、気味が悪かった。
「イタズラじゃないのー?」
奈津美が画面をのぞき込んで言う。
「それにしては、妙にくわしいのよ。ほら、この文の下、私の星座とか血液型まで載ってるの。なんか怖くない?」
「怖いね。このメール届いた時点でラッキーじゃなさそうなカンジ。やばいんじゃない、真子」
「新手の不幸の手紙ならぬ不幸のメールみたいな?」
そうやって冗談半分にキャーキャー言っているうちはよかった。
けれど、授業が始まって奈津美が自分の席に戻ってしまうと、急にまたそのメールが気になり出した。
数学の先生は黒板に確率を求めよという問題を書いている。
当てられたのは戸田ケイゴ。いつも通り名簿順なら、山本までは回ってこないだろう。
私はまたスマホを取り出して、さっきのメールを見た。
ただのイタズラかもしれないけど、とりあえず嫌なことは書かれていない。
一生に一度のラッキーデーなんて、これが本当ならチャンスを逃さないように気をつけなければ、一生後悔するかもしれない。
「あーあ、このメールの信ぴょう性ってばどのくらいなわけ? 確率で求められればいいのに」
恨めしげに黒板の数式を見る。いつものことながら、さっぱりわからない。ラッキーデーでもいきなり数学が出来るようになったりはしないようだ。
そういうラッキーなら、二ヵ月後の受験日に来て欲しいものだけど。
そうこうしているうちに授業は終わり、みんな帰り支度を始めた。塾へ行く子が多いためか、遅くまで残っている生徒はいない。
「なに、真子。まだあのメール気にしてるの?」
いすに座ってケータイの画面をにらんでいる私に、奈津美はあきれ顔で言った。
「確率でいくとさ、今うわさになってる蒼猫並だと思うんだよね。奈津美知らない? 空色の猫を捕まえたら幸運が身につくって」
「グッズになってるのは知ってるけどさ、実際にいるわけないじゃない。そんな確率の低いものなら、放っておけば?」
「むー……」
確かに、メールを眺めていればラッキーなことが起こるとは書かれていない。
「帰ろっか」と、私はしぶしぶ重い腰を上げた。
――帰り道。
奈津美と別れて、私は自宅のある商店街に向かって歩いていた。
店と店の間に細い路地があって、そこを抜けると神社に出る。その裏手に、私の家はあった。
路地を抜けたとき、ふと目の前に青い生き物が見えた。
空色のふわふわもこもこした物体で、それが動物だと気づくのに時間がかかった。「ふみゃあ」とそいつが鳴かなければ、猫だとは思わなかっただろう。
その鳴き声を聞いた瞬間、私はそれに飛びついていた。
「ふぎゃああ!!!」
奴は驚いたらしく、ものすごい声を上げると、神社の方へ向かって走り出した。
この蒼猫を捕まえれば、私は間違いなく幸せになれるだろう。
しかもそれは、メールと違って一生効果が続くものだ。案外、例のメールはこのことを教えてくれたんじゃないだろうか。
神社に人影が見えたとき、私は思わず叫んでいた。
「ちょっと、その猫捕まえて!」
二人で捕まえたからって、幸運が薄れるわけじゃない。
大事なのは確実に猫に触れることだ。一人で追いかけるよりはずっと、確率が高いだろう。
「はあ? 猫?」
けげんな顔で振り向いたのは、クラスメイトの戸田ケイゴだった。
私服ってことは、いったん家に帰ったのだろう。戸田もまた神社裏の住宅街の住人だから、こうやって出くわすことはよくある。
一瞬、しまったな~と思う。奴のことだ、うまく猫を捕まえたら独り占めするかもしれない。
「やっぱいい、それより、どいて!」
「待てよ、何言って……何じゃありゃ!?」
戸田はようやく私の追いかけている蒼猫に気づいた。
けれど、それが幸運の猫とまでは気づいてないようだ。いや、そもそも噂自体を知らないのではないだろうか。
「捕まえりゃいいんだろ? 任せとけって!」
などと言って、一緒に追いかけ始めた。体育が5の戸田にかかれば、猫にしてはころころ太った狸のような蒼猫はたやすく捕まえられそうだ。
けれど、私は戸田が独り占めするんじゃないかと気が気じゃなくて、必死に一人と一匹の後を追いかけた。
「うおっしゃー、捕まえた!!!」
神社の隅にそびえている杉の木の下で、戸田の声がした。
慌てて駆け寄ると、蒼猫を抱きしめた戸田がこっちを見てにやっと笑った。
「こいつ、猫のくせに木に登れないんだぜ。でも、すっげーふわふわで、あったっけー」
戸田はうれしそうに猫に頬ずりした。
何だかとても幸せそう。
「ほら、ちゃんと捕まえたぜ」
そう言って、戸田は蒼猫を差し出した。
幸運の猫って知ってても、こうやって素直に差し出してくれただろうか。私はおずおずと手を伸ばした。
「本当だ、あたたかい」
抱きしめていると、心がぽかぽか温かくなるみたいだった。
「それにしても、お前すっげー格好だな」
戸田に言われて、私ははっと我に返る。無我夢中で猫を追いかけたせいで、髪はクシャクシャだし、神社の雑木林を走り回ったせいで、服もあちこち汚れていた。頬だってきっと真っ赤になっている。
今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。でもよく考えりゃ、戸田だって結構すごい格好になっている。
動きが派手な分、戸田の方が泥だらけだった。これなら、気にすることないか。
「ところでさー、俺、のど乾いた。誰かさんのせいで散々走り回るはめになったからな」
「何よ! やっぱり追いかけなくていいって言ったのに、勝手にあんたが追いかけたんじゃない!」
「あ、ひっでー。誰のおかげでその猫捕まえられたと思ってんだよ」
「ううっ……それもそうなんだけどね」
確かに一人じゃ捕まえられなかったかも。まあ、飲み物おごるぐらいならいっかな。
「じゃ、この路地出たとこの牛乳屋さんで、コーヒー牛乳でも買いなよ」
私は財布から100円玉を出すと、戸田に押し付けた。
「お前はのど渇いてねーの? 俺別におごれとか言ってねーって。一緒に買いに行こうぜ」
「やだね、私コーヒー牛乳なんて甘すぎるお子様飲料なんか飲まないもん」
「いーじゃねーか、別に。人の好みにケチつけんなよ」
「牛乳飲まないでコーヒー牛乳ばっかり飲んでるから背が伸びないんじゃないの?」
とにかくこれは受け取りなさいよ、と私は無理やり戸田に小銭を押し付けた。
あーあ、幸運の猫を捕まえたといっても、本当に幸せなんて身につくのかな。自分から言い出したこととはいえ、コーヒー牛乳代は損するし。
せめてこの分の元が取れればいいけど、と私はこっそりため息をつく。
腕の中で、蒼猫がふみゃーっと鳴いた。相変わらず間抜けな声。私はびっくりして思わず猫を取り落とした。
普通の猫ならうまく身体をひねって着地するとこを、蒼猫はドスっと重たそうな音を立ててそのまま落下した。
痛がってみゃーみゃー鳴いているけど、何だかムカついたので放っておく。
「おーい、真子!! 商店街の福引で一等当たったぜー!」
コーヒー牛乳を片手に、戸田が路地のところで叫んでいる。
「まじで!? ……ってことは、やっぱ、これって幸運な猫なわけ?」
私は思わず蒼猫に目をやる。何のことだと聞きかえす戸田に、幸運の蒼猫について簡単に説明したやった。
「しんじらんねー。ま、でもこいつ抱いたときは暖かくて幸せな気持ちになったけどな。……でもやっぱ俺はそーゆーのは信じない。幸せなんて自分でつかむもんだろ?」
「そう? でもあんたは猫を自分で捕まえたから幸運が入ってきた。福引なんて自分でつかむというより運なわけだし。じゃあやっぱり、この猫は幸運の猫なんじゃない?」
蒼猫は私たちを尻目にふわーっとアクビをした。本当にこんなのが幸運の猫なんて、私にも信じがたいけどね。
「あ、でもさー。戸田もたまにはいいこと言うじゃん。幸せは自分でつかまなきゃかー。それって物事に積極的にってことでしょ?」
「んあ?」
戸田は、ストローをくわえたまま振り返る。私と目が合うと、戸田はひきつった顔になる。
「戸田ー、そのコーヒー牛乳誰が買ってあげたんだっけ? お金出したの私なんだから1等もらう権利あるよねー。よこせー!!」
「うわっ、ちょっと待て! そーゆー意味じゃねえだろ!? っていうか、そもそもお前、自分でやるって言っておいて、今更そーゆーこと言うなって!」
にぎやかな声が境内にこだまする。
よくある風景。けれど、ちょっぴり不思議。
蒼猫のふわふわとした毛が、蒼色から夕暮れ色に変わる。蒼猫というより空猫と呼ぶほうがいいだろうか。
幸運の空猫は、気持ちよさそうに伸びをすると、狭い路地の奥へと消えていった。
《END》
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