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第二章◆◆◆暖人
第十八話
しおりを挟む出社する榮太郎と一緒に帯刀家を後にして、私は自宅へと戻った。
「ただいま戻りました」
「ああ、お帰りなさい茉莉子。お父様がお待ちになっていらっしゃるわよ」
未だに男尊女卑が根強い小椋家では、皆んな父に対して敬語を使う。朝から会いたくなかったな…と思いつつも、項垂れながら父のいる書斎へと向かう。
「お父様、茉莉子です」
「ああ、入れ」
襖を開け、静かに中へと進む。父を直視することは許されていない為、常に斜め下を見つめながら歩くのだ。胡坐をかく父の前で一礼してから正座すると、満足そうな声でこう言われた。
「やっと小椋家の役に立ってくれたな」
「……」
「娘なんて育てても、損することばかりで得をすることは無いと思っていた。だが、帯刀家に嫁げば我が社の経営は盤石になるし、社会的地位も上がる。全く良いこと尽くしだ」
「……」
小椋家は昔から不動産業を営んでおり、父の代で手を広げ過ぎたせいで経営が悪化。それを押し付ける形で引退し、長兄の寛貴に社長の椅子を譲ったのだが。案の定、年若い兄では建て直すどころか更に悪化してしまい。
ダメ押しで父が兄を操り出し、より一層悲惨な状態になっているらしい。
そんな時に帯刀グループの御曹司との縁談話が舞い込めば、2つ返事で承諾するに決まっている。娘の私から見ても、父は人格破綻者で、経営などには不向きだ。
残念ながらそれに気づいていないのは、父1人だけのようだが。
>きちんと話せば、人と人は理解し合えるのよ。
小学校の時の担任の言葉が、今でも心に残っている。それを聞き、当時8歳の私はこう思ったのだ。
どんなに話し合っても、
理解出来ない人間は確実に存在する。
だって実際に父と私は一生、
分かり合えないだろうから。
子供相手に絵空事を言うな、真実を伝えろ
…と。
父には優秀な姉がおり、その姉と比較され続けて辛い人生だったそうだ。そして父自身は光貴タイプで、勉強はあまり得意な方では無かったと。たぶん、私にその姉を投影しているのだろう、とにかく事あるごとにキツイ態度を取られた。
3人の子供の中で一番優秀なのは、この私。それは誰もが認める事実なのに、父だけが認めようとしない。
『女だから勉強が出来ても何の役にも立たない』
…そう面と向かって言われたことも有る。
『いつか小椋家と釣り合う家へ嫁がせるから、働くことは許さない』などと意味不明な理由で仕事に就くことを禁じられ、それに逆らわなかったのは母が泣いて頼んで来たからである。
というか父は殊の外、光貴を気に入っており、あのバカ次兄の言うことを簡単に信じるのだ。多分、今回も何か入れ知恵されたのだろう。
「分かっているんだろうな、茉莉子。この結婚はそんな単純な話では無く、言わば企業同士の結婚のようなものだ。嫁ぐと決めたからには離婚は絶対に許さんぞ!」
なんだか予想外の展開になりそうだ。どうやら光貴は榮太郎の容姿について事細かに報告したらしく、沈黙を守る私に父は居丈高に言うのだ。
「光貴から聞いたぞ。帯刀の息子がいかにも女たらしで、信頼のおけない相手だということを。仕事上の立場はこちらが下なのに、子供同士の結婚でも下では困るんだ。
不器量でこれと言って取り柄の無いお前を、どうにか貰ってくれたまでは良いが、1年やそこらで返されてもハイそうですかと受け入れるワケにはいかない。
いいか?根性でしがみつけよ!!
死に物狂いで帯刀家の嫁の座に居座れ!!
お前がもし返品された場合、業務提携の話がいつ翻されるか分からんからな。そうなった場合はウチの社員を何十…いや何百と首切りしなければならなくなる。そんな恥ずかしいことをさせるんじゃないぞ?
分かったか!!茉莉子ッ」
元はと言えば、自分に商才が無いせいなのに、何もかも責任を私に押し付けるんだな。こんな理不尽な思いを何度させられただろうか。
反論すると座敷牢に閉じ込められ、誰も味方になってくれる人はいなかった。だからこうして強くなれたのだし、反面教師が身近にいたことで、この人よりはまともになれたと思う。
「はい、お父様。尽力致します」
とにかく一分一秒でも早くこの場を去りたくて、納得したフリをする。自室に入った途端、そのままベッドへ倒れ込む。本当に昨日から色々なことが有った。有り過ぎてなんだかもう考えることすら億劫だ。
「ふううっ」
うつ伏せのまま大きな溜め息を吐くと、ピコンとスマホが鳴った。
榮)>茉莉子、何してる?
…榮太郎からのメッセージだ。
茉)>何もしてませんよ。
>そちらは仕事中じゃないんですか?
榮)>車で移動中なんだ。あ、クモ…。
続けて画像が送られてくる。
てっきり雲かと思えば、蜘蛛だし!
そんなの送られたら普通の女子は引くし!
茉)>えっと、なんかグロイ。
榮)>朝蜘蛛は縁起いいんだよー。
>幸運のお裾分け!!
幸運って、お前は女子かッ。
思わず笑ってしまい、一瞬だけ悩みを忘れた。
…榮太郎にはちゃんと本命の女性がいて。1年で私との結婚は解消する予定なのに、あの分からず屋の父が離婚を許さないと。ではいっそ、この結婚自体無かったことにしてしまえばとも思ったが、それはそれで業務提携の話が流れ、大勢の社員が路頭に迷ってしまうらしい。
じゃあいったい、どうすればいいんだ?
真剣に悩む私とは裏腹に、実に楽しそうな榮太郎からのメッセージはその後も途切れることが無く1日数十件のペースで届き続け。混乱したまま、どんどん時間だけが過ぎて、気付けば私は帯刀家へと引っ越していた。
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