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 ふっと覚醒して目を開ける。窓から差し込む柔らかな光で、室内が茜色に染まっている。あぁ、夕方なんだな、とぼんやりと思う。

「んー……」

 ベッドから上半身を起こして伸びをする。ポキポキと背骨が小気味いい音を立てる。
 ドロドロの感情に侵されていた頭が、真夏の青空みたいにスッキリしている。ぐっすり眠ったお陰だな。寝ている間、まるで子守唄を歌うように髪を梳かれている感触がしたんだ。恐らく夢なんだろうが、それが心地よくて深い眠りに落ちることができた。

「そんなに寝ては体が腐るだろう」

 隣から聞こえた溜め息混じりの声。そちらに顔を向けると、もう一つのベッドに腰掛けて長い足を組んでいるマモが、呆れたように俺を眺めていた。

「寝不足は体に悪いし思考も鈍る。たくさん寝るのはいいことだ」
「寝過ぎも体に悪いし思考も鈍るだろ」
「いろいろあって疲れてるんだから、これくらい寝るのは普通だ!」

 寝過ぎ寝過ぎと馬鹿にするように言ってくるマモにムカつき、声を荒げてしまう。
 考えてみると、マモが寝ている姿を見たことがない。睡眠はとっていると言っていたから、俺のあとに寝て俺より先に起きているということだ。でもそれは、護人なら当たり前のことじゃないのか? 主人の眠りを護るのは従者の役目だろ?
 俺は少し前に、いきなり黒羽になったんだ。慣れない環境で疲労は溜まる一方なんだ。疲れをとるために、たくさん寝るののどこが悪いんだ。
 ゆっくりとベッドから立ち上がったマモが、抗議の眼差しを向けている俺の元に近付いてくる。何をする気だ? 身構えながらベッドの脇まできたマモを見上げる。

「もう俺から離れるんじゃないぞ。さぁ、飯を食いにいくぞ」

 そう抑揚のない声で呟き、部屋を出ていくマモ。最後の命を燃やすような夕日を浴びて茜色に染まったマモの顔は、なんだか苦しそうに見えた。手を伸ばして抱き寄せ、そんな顔をするなよ、と宥めてやりたいなんて思いが過ってしまった頭を振り、夕飯を食べに二階に降りていく。

 二階には昼にはいたサマエルの姿がなかった。夕飯と薬を分けてもらい、病に伏せる母の待つ家に帰ったらしい。ただでもらうのを嫌がり、出世払いすると言い残していったようだ。革命家の父親の血が流れている自分に誇りを持っていて自分の力だけで生きようとする、あのガキらしいなと頬が弛む。
 有り合わせで申し訳ない、とオフィエルが頭を下げてきた、質素だが味は絶品の夕飯を食べ、案内された風呂に入る。ハーブの香りのする石鹸で全身を洗い、スッキリして三階に戻る。

「俺も湯を浴びてくる」
「おう、さっぱりしてこいよ」

 俺と入れ替わって風呂に向かうマモを見送り、夕方まで寝ていたベッドにまた横になる。ベッドとベッドの間にあるチェストの上に置かれたろうそくの、ユラユラ揺れる炎をぼんやりと眺めながら、夕食での会話を思い返す。
 オフィエルとガブリエルは異母兄弟なのだそうだ。二千年前に産まれた天使と人間の子供は、人間との間に一人の子を成した。その子がまた子を、その子がまた子を、と代々血を受け継いできたのだが、何故かみな子供を一人しか産まなかったので、天使と人間の血は拡散せずに一本の線で続いてきたのだという。オフィエルとガブリエルのように、母は違うが兄弟がいるという例は、二千年目にして初めてのことらしい。
 オフィエルは医者、ガブリエルは薬の調合師なんだそうだ。二千年前に産まれた天使と人間の子供は医者になり、その子供が建てたこの病院を血と共に代々受け継いできたらしい。
 昼寝をしすぎて眠れない。ゴロゴロと寝返りを打っていると、微かな足音を耳が捉えた。慌てて壁際を向いて寝たふりをする。
 ガチャと扉を開けて入ってきたマモが、隣のベッドに横になる気配がする。なんで悪戯が見つかるのを恐れている子供みたいに、寝たふりをしなくちゃいけないんだよ。だが、今更声を掛けるのは不自然な気がして、寝たふりを続けてしまう。

 口許に何かが流れ落ちる感触がして目を開ける。手の甲で口許に触れると水気を感じた。涎を垂らしたのか、と苦笑する。寝たふりのつもりが、いつの間にか本当に寝てしまっていたようだ。
 チェストの上のろうそくはもう消えているが、月明かりが射し込む室内は青白い光で包まれていて視界がきく。そっと隣のベッドを見ると、マモの背中が見えた。僅かに波打つそれに、マモが眠っているのだと分かる。初めてマモの寝ている姿を見られて、ゲームでレアアイテムをゲットしたような喜びが胸に満ちる。
 暫くマモの背中を眺めていたが、口が渇いてきたのでそっとベッドを抜け出し、二階に降りていく。ダイニングキッチンに繋がる扉を半分ほど開けると、中から怒鳴り声が聞こえてきた。どうやらオフィエルとガブリエルが喧嘩しているらしいその声に、取っ手を握ったまま立ち竦んでしまう。

「黙れよ、糞兄貴!」
「黙らないよ。ガブ、君は私の大切な弟。そして唯一愛している……」
「俺は、てめぇなんかっ!」
「嘘つきなお口には、お仕置きをしないと駄目だね」

 殴りあいを始めそうな険悪な空気が一変して、恋人同士が醸し出すような甘い空気に変わる。なんでこんな空気? わけの分からない展開に混乱する俺の前で、キスを始めるオフィエルとガブリエル。怒ってオフィエルを突き放すと思われたガブリエルは、オフィエルに縋りついてキスに応えている。

「んっ……ふぁん」

 あのガブリエルが甘い吐息を吐いたことに衝撃を受けていると、クチュクチュといやらしい水音が響き始めたので、慌てて三階に戻る。
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