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 黒い宝石――先代の黒羽を初めて見たのは、俺が十三になったばかりの時だった。湖の畔の街を視察して戻ってきた黒羽は、城の建つ丘の手前で馬車を降り、街の様子を見て歩きながら城を目指したのだ。たまたま城の近くの商店に母親に頼まれた糸を買いに来ていた俺は、運良く黒羽一行を拝めることができた。
 黒羽を護るように囲んでいた白い翼の天使も、日差しを浴びて煌めく新雪のように美しかった。だが黒羽は、こんなものがこの世に存在していたのか、と感動で身震いしてしまうほど美しかった。
 黒い宝石のように美しい黒羽を、もっと近くで見つめたい――。初めて見た黒羽に心を奪われた俺は、そのまま黒羽を追い掛けたい衝動に駆られていた。だが簡単に人間が城に入れないことは、子供の俺でも知っていた。
 その時、黒羽と白い翼の天使達の後ろから、彼らを護衛する人間の男達が付いてきているのを視界の端に捉えた。不審者はいないかと鋭い眼差しを集まった観衆に向ける、鍛えぬかれた体の屈強な男達を見て、天の上の存在だと思っていた黒羽に近付ける方法があるのだと知った。
 黒羽の護衛になりたい。黒羽の傍で、あの黒い宝石を護りたい――。俺の将来の夢が決まった瞬間だった。

 元々体が大きく、腕っぷしも強かった俺は、目付きが悪いせいか喧嘩を吹っ掛けられることも多かった。だが、同年代は勿論、年上にだって負けたことはなかった。黒羽の護衛になると決めて体を鍛え始めると、かつて俺に喧嘩で負けた四つ年上の巨漢が、柔術を習わないかと誘ってきた。通っている道場に自分より強い奴がいないので、練習相手になって欲しいとのことだった。貧しい俺の家には道場に通うだけの金がないと断ると、自分が俺の分も払うと言ってきた。巨漢の家は近所でも有数の裕福な家庭だったので、遠慮なくその申し出をうけた。
 道場に通うようになって、体は益々逞しくなった。年に一度の柔術の大会では、その年代の階級で常に優勝を攫っていた。十八になり、年齢制限のない階級で圧倒的な強さで優勝を果たすと、城の警護隊長から入隊しないかと誘いがきた。二つ返事でそれに頷き、俺は城に入ることを許される身となった。だが、入隊してすぐに黒羽の護衛をできるはずもなく、丘をぐるりと囲む城壁の警護を言いつけられた。黒羽がいるという城の最上部を見上げ、いつかはあそこにいくのだと固く誓い、日々の鍛練に励んだ。そして遂に二十三の時、黒羽の護衛を任せられたのだ。
 常に黒羽の周りには側近の天使達がいた。特に護人は、四六時中黒羽に寄り添っていた。人間の護衛は、黒羽は勿論、護人も側近の天使も護るのが仕事だった。そのため、黒羽に必要以上に近づくことはできない。いつも、白い壁のような側近の天使越しにしか見つめることができなかった。
 すぐそこにいるのに触れられない。硝子の容器に入った黒い宝石。手にできないのだと思うと余計に欲しくなる。蜘蛛の糸のように張り巡らされた警備の目を掻い潜り、宝石を盗み出す怪盗の気持ちを理解した。黒羽への想いが膨らみ爆発寸前だった時、それは起こった。

 常に護人や側近の天使達に囲まれていた黒羽だが、執務の合間に一人で城の中庭にある薔薇園に出掛けることがあった。俺の身長の倍はあろうかという生け垣で囲まれた薔薇園は強力な結界が張ってあるらしく、黒羽が一人で入っても身の危険の心配はないとのことだった。そのため、次の執務の時間が迫り護人が迎えにくるまで、人間の護衛が一人薔薇園の入口で警護するのが常だった。
 その日、俺は初めて薔薇園の警護についた。喉から手が出るほど焦がれている黒羽が、たった一人でこの中にいる。入口に立っていても、警備になんて集中できなかった。

「くっ……うぅっ」

 硝子の容器を叩き割って黒い宝石を手にする自分を想像して体を熱くさせていると、薔薇園の中から呻き声が聞こえてきた。苦しそうな声に一気に熱は霧散し、冷や汗が背筋を流れる。黒羽に、俺の大切な黒い宝石に何かがあったんだ――。
 恐怖と不安で震える手で、薔薇園へと続く門を押す。すると、重厚な木で作られた門はいとも簡単に開いた。黒羽でなければ開かないような魔力が掛けられていると聞いていたのに、その時は容易に開いたことに疑問を抱く余裕もなかった。

「黒羽……様?」

 一面に純白の薔薇の咲く薔薇園の隅で、黒羽は苦しそうに胸を押さえて蹲っていた。もわっと鼻腔に絡み付いてくる薔薇の甘美な香りに酔いそうになりながら、黒羽の元に駆け寄る。

「黒羽様、どうなされました?」
「っ……んはぁっ」

 黒羽の丸まった背中を摩りながら顔を覗くと、濡れた漆黒の双眸が縋るように俺を見つめてきた。薔薇よりも濃厚な甘美な香りを放ち頬を染める顔は、どう見ても欲情している。ドクンと心臓が跳ね、沸騰した血液が下腹部に向かう。
 地面に黒羽を寝かせ、その上に覆い被さる。そして、そっと唇を重ねる。柔らかな唇は火傷しそうなほどに熱く、俺の中の劣情の炎を燃え上がらせる。
 角度を変えながら口付けを続けても、黒羽は全く抵抗しない。天使の中でも最強の力を有するのに魔力で俺を突き放さないということは、俺を求めている証拠だ。

「黒羽……」
「んっ……」

 熟れた唇の間から舌を挿し込んでも拒否されない。くたりと下顎にくっついている舌に己の舌を絡めると、おずおずと絡ませ返してくれた。黒羽も俺を求めている。そうか、黒羽も俺を想ってくれていたのだ。
 側近の天使達の白い壁越しであったが、何度も黒羽と目があったことを思い返す。熱視線を送る俺に、慈愛に満ちた微笑みを返してくれていた黒羽。あれは、俺の気持ちを受け入れたという合図だったんだな。

「んっ……あ、んぁぁっ」

 この世で最も美しい黒い宝石を愛していく。肌を赤く染め、漆黒の瞳を潤ませて、俺の与える刺激にうち震える黒羽。俺を求めて蠢く孔に昂りを突き刺すと、美味い美味いと痛いくらいに締め付けてきた。黒羽の全身から立ち上る甘美な香りに眩暈がする。

「やっ……んぁっ、あ、あぁぁぁっ!」
「こく、うっ……」

 体を仰け反らせて絶頂を迎えた黒羽の中に、子種をぶちまける。

「な、何をやっている!」

 強すぎる刺激のせいでか小刻みに震えている黒羽を抱き締め、痙攣を続ける中の感触を味わっていると、怒り狂った声が浴びせられた。それは、黒羽を迎えにきた護人の声だった。
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