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満月①
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体は重たくて常に息苦しかったが、思い描いていたような幸せな妊娠ライフを送り、夏、秋と過ごした。
そして、冬が深まってきたその日、ついにその時がきた。
子宮はあるが産道のない王家の者は、みな帝王切開で子を生む。もちろん俺もそうなるわけで、カヤ医師は腹の子の状態を見ながら手術の日を思案していた。ついに今日の診断で、明日に手術をすることが決まったのだ。
手術の設備は少し前から整えられていたようだし、カヤ医師の腕も信頼できる。カヤ医師は戦争中、軍医として多くの怪我人を治してきたからだ。
戦後、命を救う側から、命を育む側になりたいと思い、産婦人科の医師に転向したのだという。産婦人科医になってからも、何人もの子供を取り上げているし、帝王切開の経験もある。とても優秀な医者なのだ。
「怖くはないですか?」
悪阻が治まって少ししてから再開した夕飯作り。
今夜も俺の作った夕飯をふたりで食べ、食後にお茶をまったり啜っていると、諒が聞いてきた。
「大丈夫。むしろ、楽しみで仕方がない」
「俺は不安の方が勝っています。情けないですね……」
髪を掻きあげ、はぁ、と溜め息を落とす諒。
諒は、本当に俺を気遣ってくれ、絶対に無理をさせようとしない。食後の食器洗いも諒が担当してくれているし、簡単なものくらい作れるようになりたいと言って、料理も教わってきた。
よき夫なのは前からだが、生まれる前から、よき父でもある。腹を撫でながら読み聞かせをしたり、俺の真似をして編み物をはじめ、可愛い靴下を作ってくれたりもした。
「ほら、この子も早く父さんに会いたいって言ってるぞ」
俺達の会話を聞いていたかのように、ポンポンと腹を蹴りだした我が子。
諒の手を握って、そこに触れさせる。
「ふふっ、元気ですね。お母様に負担をかけないように、いい子で生まれるんですよ」
優しく目尻を下げて、我が子に言い聞かせる諒。我が子も大切だが、それ以上に俺を思ってもらえ、嬉し涙が零れそうになる。
妊娠してから、本当に涙もろくなってしまった。諒に無駄な心配をさせないよう、涙で潤んだ顔を窓の外に向ける。
「あっ、満月だ」
空には、まんまるなお月様が浮かんでいる。
澄んだ冬空に浮かぶ、蜜色の綺麗な月を眺めていると、立ち上がった諒が背中を抱き締めてきた。
「この子の名前なんですが、満月と書いて、ミツキと読む名はどうですか?」
腰に腕を回し、優しく腹を撫でながら聞いてくる諒。
子供の名は王が自由につけていいとルーンから聞いたので、諒に決めて欲しいと頼んでおいたのだ。なかなか決まらないのか、たくさんの候補を書いた紙を前に、考え込んでいる姿を何度も見た。
「満月か。いい名じゃないか」
ドラゴーナ人には、苗字はない。そのため、ドラゴーナに来てから、望月朔夜とは名乗らなくなった。
望月は、満月を意味している。新月を意味する朔だった俺が、諒と出会って望月――満月になれた。
満たされた俺の象徴だった望月姓を我が子に残すなんて、なんて素敵なんだろう。
「満月」
腹の子を呼ぶと、返事をするように腹を蹴ってきた。
「気に入ってくれたようですね」
「そうだな」
腹に触れている諒にも、我が子――満月の返答が分かったようで、顔を見合わせて笑う。
「朔夜さん、俺の子を身籠ってくれて、本当に本当にありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。諒の子を身籠らせてくれて、ありがとうな」
満月に見守られ、そっと唇を合わせる。
「あのさ……無事に生んで落ち着いたら、また抱いてくれるか?」
そっと顔を離した諒に、意を決して聞いてみる。
妊娠が分かってから、諒が意味深な手付きで触れてくることがなくなったからだ。
「えぇ。朔夜さんが我慢しているのを知っているから、俺も自分で慰めるのを控えているんです。父と母はこんなにも愛し合っているのだと、満月に教えてあげましょうね」
久しぶりに聞く諒の甘い囁きに、肌が熱を帯びてくる。だが、大切な我が子のために、ぐっと耐える。
カヤ医師からは、女性とは違う体なので、夜の営みは禁止だと言われている。なんとなく分かっていたことだが、諒と触れ合えなくなるのは寂しいなと思っていると、出産後は腹の傷が治ったら諒と繋がってもいいと言われた。我が子に会えるのが楽しみなのはもちろん、そのあとの諒とのお楽しみも待ち遠しいのだ。
「満月、母さんは本当に明日が楽しみだ」
腹に向かって話しかけると、自分もだよ、というかのように腹を蹴ってきた満月。
まんまるな月の優しい光に包まれて、親子三人でゆったりとした時を過ごした。
そして、冬が深まってきたその日、ついにその時がきた。
子宮はあるが産道のない王家の者は、みな帝王切開で子を生む。もちろん俺もそうなるわけで、カヤ医師は腹の子の状態を見ながら手術の日を思案していた。ついに今日の診断で、明日に手術をすることが決まったのだ。
手術の設備は少し前から整えられていたようだし、カヤ医師の腕も信頼できる。カヤ医師は戦争中、軍医として多くの怪我人を治してきたからだ。
戦後、命を救う側から、命を育む側になりたいと思い、産婦人科の医師に転向したのだという。産婦人科医になってからも、何人もの子供を取り上げているし、帝王切開の経験もある。とても優秀な医者なのだ。
「怖くはないですか?」
悪阻が治まって少ししてから再開した夕飯作り。
今夜も俺の作った夕飯をふたりで食べ、食後にお茶をまったり啜っていると、諒が聞いてきた。
「大丈夫。むしろ、楽しみで仕方がない」
「俺は不安の方が勝っています。情けないですね……」
髪を掻きあげ、はぁ、と溜め息を落とす諒。
諒は、本当に俺を気遣ってくれ、絶対に無理をさせようとしない。食後の食器洗いも諒が担当してくれているし、簡単なものくらい作れるようになりたいと言って、料理も教わってきた。
よき夫なのは前からだが、生まれる前から、よき父でもある。腹を撫でながら読み聞かせをしたり、俺の真似をして編み物をはじめ、可愛い靴下を作ってくれたりもした。
「ほら、この子も早く父さんに会いたいって言ってるぞ」
俺達の会話を聞いていたかのように、ポンポンと腹を蹴りだした我が子。
諒の手を握って、そこに触れさせる。
「ふふっ、元気ですね。お母様に負担をかけないように、いい子で生まれるんですよ」
優しく目尻を下げて、我が子に言い聞かせる諒。我が子も大切だが、それ以上に俺を思ってもらえ、嬉し涙が零れそうになる。
妊娠してから、本当に涙もろくなってしまった。諒に無駄な心配をさせないよう、涙で潤んだ顔を窓の外に向ける。
「あっ、満月だ」
空には、まんまるなお月様が浮かんでいる。
澄んだ冬空に浮かぶ、蜜色の綺麗な月を眺めていると、立ち上がった諒が背中を抱き締めてきた。
「この子の名前なんですが、満月と書いて、ミツキと読む名はどうですか?」
腰に腕を回し、優しく腹を撫でながら聞いてくる諒。
子供の名は王が自由につけていいとルーンから聞いたので、諒に決めて欲しいと頼んでおいたのだ。なかなか決まらないのか、たくさんの候補を書いた紙を前に、考え込んでいる姿を何度も見た。
「満月か。いい名じゃないか」
ドラゴーナ人には、苗字はない。そのため、ドラゴーナに来てから、望月朔夜とは名乗らなくなった。
望月は、満月を意味している。新月を意味する朔だった俺が、諒と出会って望月――満月になれた。
満たされた俺の象徴だった望月姓を我が子に残すなんて、なんて素敵なんだろう。
「満月」
腹の子を呼ぶと、返事をするように腹を蹴ってきた。
「気に入ってくれたようですね」
「そうだな」
腹に触れている諒にも、我が子――満月の返答が分かったようで、顔を見合わせて笑う。
「朔夜さん、俺の子を身籠ってくれて、本当に本当にありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。諒の子を身籠らせてくれて、ありがとうな」
満月に見守られ、そっと唇を合わせる。
「あのさ……無事に生んで落ち着いたら、また抱いてくれるか?」
そっと顔を離した諒に、意を決して聞いてみる。
妊娠が分かってから、諒が意味深な手付きで触れてくることがなくなったからだ。
「えぇ。朔夜さんが我慢しているのを知っているから、俺も自分で慰めるのを控えているんです。父と母はこんなにも愛し合っているのだと、満月に教えてあげましょうね」
久しぶりに聞く諒の甘い囁きに、肌が熱を帯びてくる。だが、大切な我が子のために、ぐっと耐える。
カヤ医師からは、女性とは違う体なので、夜の営みは禁止だと言われている。なんとなく分かっていたことだが、諒と触れ合えなくなるのは寂しいなと思っていると、出産後は腹の傷が治ったら諒と繋がってもいいと言われた。我が子に会えるのが楽しみなのはもちろん、そのあとの諒とのお楽しみも待ち遠しいのだ。
「満月、母さんは本当に明日が楽しみだ」
腹に向かって話しかけると、自分もだよ、というかのように腹を蹴ってきた満月。
まんまるな月の優しい光に包まれて、親子三人でゆったりとした時を過ごした。
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