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ドラゴーナ国②

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 使者に導かれ、城に入っていく。
 使者の後を追いながら、城の内部をキョロキョロと見渡す。訪れたことはないが、本やテレビで見たことのある、ヨーロッパの古城と似た作りだ。

 長い廊下の先にある、豪奢な飾りのついた大きな観音扉を開けた使者が、その中に入っていく。後に続いて入った先にあった光景に、呆然としてしまう。
 舞踏会が開かれそうな大きな広間に、使者と同じ中世ヨーロッパの貴族のような格好をした人々が並んでいて、皆がみな頭を垂れているのだ。
 その後ろでは、軍人だと思われる屈強な男達が敬礼をしている。
 昔見たファンタジー映画の、王様との謁見のシーンが頭を過る。

「お前が王子……いや、新王か」

 綺麗に並んでいる人々の間を無理矢理すり抜けてきた男が俺の前に来て、不遜な態度でそう吐き捨てた。
 俺と同世代だと思われる男は、値踏みするように俺を見ると、鼻で笑った。

「アロイス様、新王に失礼ですよ」

 使者が男――どうやらアロイスという名らしいそいつを咎める。

「うるせぇ、ルーン。生まれて早々に対の世界に逃げたコイツが、ドラゴーナのために骨を折ると思うか? 所詮はお飾りの王だ。実質的な王は変わらず、このアロイスが務める。みんなもそれでいいよな?」

 ルーンという名だったらしい使者を睨み付けながら言ったアロイスが、広間にいる人々に賛同を求めるように聞く。
 室内が、シーンと静まり返る。沈黙は、肯定だということだ。
 アロイスが何者かは分からないが、王家の者がいなくなったドラゴーナで、王の代わりの存在だったことは、広間に集まっている人々の反応で分かる。

 王なんて務まるのか心配していたが、ただの人形でもよかったようだ。
 ほっとしたのと共に、少しだけ胸がチクリと痛んだ。憧れていた諒と同じ土俵に立てるのかもしれない、と浮かれていた心が萎んだ痛みなのだろう。

「アロイスとやらの言う通りだ。俺は、ついさっき自分がドラゴーナの王なんだと知ったんだ。だから、この国のことは何も知らない。だけど、これから暮らしていく国だから、平和で誰もが幸せに暮らせる国であって欲しいと思う。俺はお飾りで構わない。だから今まで通りの体制で、ドラゴーナをよくしてくれ」

 思いを告げると、一瞬の沈黙のあと室内がどよめいた。更に、立って頭を下げていた人々が、ひれ伏してしまった。
 驚いて隣に立つ諒を見ると、なんだか楽しげに微笑んでいた。

 別室へ、と促してきたルーンに続き、広間から出ていく。
 出ていく時も、広間は異様な雰囲気のままだった。なんだか恐ろしくて諒に手を伸ばしたら、安心させてくれるように握り締めてくれた。
 何故か一緒についてきたアロイスが、繋がれた手を見て鼻で笑ってくる。

「言いたいことがあるなら口で言えよ」
「早く下の口から、次の王を生んでくれ」
「なっ……」
「なんだよ、そのために戻されたお飾りの王だろ」

 余りの言われように唖然としている俺に、更なる暴言を吐いてきたアロイス。だが、言われた言葉のお陰で、俺の価値が分かった。
 ドラゴーナの民が求めているのは、この身に流れている血だ。俺自身など、微塵も求められていないのだ。
 俺自身を求めてくれているのは、諒しかいない。

「諒……」

 最愛の伴侶を縋るように見つめると、俺だけをずっと求め続けると瞳で熱く語ってきて、誓うように頷いてくれた。

 ルーンは、長い階段を昇った先の部屋に入っていった。そこは、窓際に書類の山がのった机があり、中央にソファーセットの置かれた部屋だった。

「新王、婿殿、お掛けください」

 ルーンが、ソファーに座るように促してくる。
 二人掛けのソファーに諒と並んで座ると、ケッと鼻で笑ったアロイスが俺の正面の一人掛けのソファーに座った。残った、アロイスの隣の一人掛けのソファーに座ったルーンが、話しはじめる。

「ここは王の執務室です。今はアロイス様が使っておられ、今後も使われます」
「じゃあ、アロイスが言っていたように、俺はお飾りの王なんだな?」
「いえ、まずはドラゴーナがどのような国なのか知っていただいてから、実権を握っていただく所存です。その際に、新たな執務室をご用意致します」
「そうなるまで、どのくらい掛かるのか見物だな」

 見下したように言ってくるアロイスは、本当に鼻につく。
 俺はルーンと話しているんだから邪魔をするな、と釘を刺すように睨む。すると、怖い怖いというようなジェスチャーを、おちゃらけながらやってきた。

「アロイスだったか? 君は何者なんだ?」

 青筋がブチリと切れた俺よりも先に、不快そうに口を開いたのは諒だった。

「俺は、前王の右腕の息子だ。王子と同時期に生まれた俺は、遠縁に匿われて市井で育った。十五の時に、戦死した親父に代わって王家軍の将軍に就いた。そして王家軍を勝利に導いたんだ」

 自信満々で語られた肩書きに、唖然とする。
 むかつく野郎だか、王以上に王らしい器だ。市井で育ったのなら、民の暮らしも、民がなにを望んでいるかもよく知っているのだろう。

「アロイス、お前が実質的な王で構わない。王の存在が必要な時は言ってくれ。協力するから」

 百八十度態度が変わった俺に驚いたのか、口を半開きにしたまま俺を凝視してくるアロイス。

「実質的な王は朔夜さんですね」
「そうですね。王はドラゴーナの象徴。民の心の支えですから」

 諒とルーンが、顔を合わせてにこやかに笑う。
 俺はアロイスには敵わないと正直に認めただけなのに、何故そんな結論に達したのか今一分からない。

 そのあと、アロイスが一言も喋らなくなったので話はスムーズに進んだ。
 ルーンは王家軍の参謀をしていて、今は王の代理的な存在のアロイスの右腕なのだそうだ。
 対の世界を繋ぐ通路を通ってきた影響なのか言葉は不自由なく通じるが、文字は読めないことも分かった。ここでは、ドラゴーナ文字というのを使っているようで、見せてもらったがさっぱりだった。だが、諒は興味を持ったようで、ルーンから本を借りる約束をしていた。
 疑問に思ったことはその都度教える、ということになり、執務室を出た。

「ここって城の上の方だろ? 街を一望できたりしないのか?」

 まだドラゴーナ全体を見ていないことに気付き、ルーンに聞いてみる。

「分かりました。こちらへどうぞ」

 方向転換したルーンについていくと、バルコニーにでた。
 そこから見える風景に、息を呑む。高台の下には、ヨーロッパの世界遺産の街並みに似た世界が広がっていたのだ。
 威厳があるのに、どことなく可愛らしさを感じる街を、食い入るように見つめる。
 ここに暮らす人々を護りたいなんて大それたことは言えないが、この街がいつまでも変わらぬ姿であって欲しいと強く思った。
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