その男、幽霊なり

オトバタケ

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お花見デート

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 白雪姫だとか眠れる森の美女だとか、眠りこける美しい姫君を見つけた王子はこんな気持ちだったのだろうか。どうしようもなく触れたいのに触れてはいけないような、神聖さを感じさせる美しい姿をただただ見つめていると、ゆっくりと瞼が開いた。海と空、そして地球と同じ澄んだ青色の瞳が俺を見上げる。
 宝石のように輝く瞳から目が逸らせず暫く見つめあっていると、ゆっくりと手が持ち上げられていった。また吹きつけた突風でハラリハラリと降り始めた桜の雨に向けられるのかと思っていた掌は、俺の頬に辿り着き、そっと包み込んできた。

「なんて美しいんでしょうね」
「本当だな」

 うっとりと呟く雅臣は、本当に美しい。

「この世のものとは思えない美しさです」
「そうだな」

 そんなものが、目の前に存在しているんだ。

「こんなに美しいものが僕のものだなんて、とてつもない優越感ですね」
「俺もそう思う」

 世界中の奴等に、この美しい奴は俺のものなんだって叫びたい。

「誰にも見せたくない、僕だけの宝石」
「確かに、見せるのは勿体ないな」

 自慢したいけど、独り占めしたい。

「桜よりも、空よりも、太陽よりも美しい、僕の拓也」
「美しいのはアンタの方だ」
「いえ、一番は拓也です!」
「違うな。一番はアンタだ!」

 うっとりと夢現だった顔を険しくして言い合いをする内容の馬鹿らしさにはっとなり、盛大に吹き出してしまう。俺の様子に冷静さが戻ってきたのか、雅臣もおかしそうに笑いだす。

「なんて言い合いしてんだよ」
「そうですね。でも桜の精かと見紛うほど、薄紅色のベールを纏った拓也は美しかったんです」
「アンタだって、生身の人間とは思えないくらい崇高な感じだった」

 笑いながら告げる俺を見上げる雅臣の顔が、曇っていく。

「また幽霊に戻ってしまったのかと不安になってしまいましたか?」
「それは思ってないけど……」

 太腿に載せていた頭を上げて起き上がり、足を跨いで頭の感触がまだ残っている太腿に尻を載せた雅臣が、桜の幹に凭れている俺の腹に体を押し付けてくる。

「ほら、ちゃんと触れ合える。温もりも感じるでしょ」
「あぁ」

 グッグッと押し付けられる圧迫感に、息苦しいだけではない、腰回りが疼くような甘い痺れが混ざり始める。

「拓也を確かめたい」

 耳許に唇を寄せてきて蜂蜜のような甘ったるい声で囁いた雅臣が、首筋に顔を埋めてきた。チュッと押しあてられた唇が、つうっと鎖骨に向かって下がっていく。
 官能を直に刺激するゾクゾクする感覚に耐えながら、目の真下にきた柔らかい茶髪を睨むように見つめていると、鎖骨の下辺りに針に刺されたような痛みが走った。チクリチクリと痛みが増えていく度に甘い痺れが背筋を駆け抜け、じわじわと下腹部が疼いてくる。

「拓也を確かめさせて」

 淫靡な世界に誘う麻酔のような唇を離して顔を上げた雅臣が、欲情で濡れた瞳で射抜くように見つめてくる。

「でも……」
「ちゃんとコンドームもローションも用意してきましたから」

 こんな美しい景色の中で、しかも雅臣の顔見知りの人の思い出の地を汚してしまうようなことをするなんて。戸惑う俺に、そそくさとジャケットのポケットから出したモノを、捕まえた大物のカブトムシでも自慢するかのように、満面の笑みを浮かべて見せてくる雅臣。

「アンタ、外でやる気だったのか?」

 いつからポケットに入れていたのか知らないが、野外でやる気満々だった準備の良さに、呆れて溜め息が漏れる。

「拓也にも着ければ何も汚さないでしょ? 駄目ですか? 嫌なら無理にとは言いませんが……」
「別に、そこまで嫌じゃねーけど……」

 シュンと肩を落とし、捨て犬のような哀愁を漂わせる雅臣に、絆されそうになる。
 私有地なんかではない誰でも入ることのできる野外で、俗世の柵を忘れさせてくれて清らかな気持ちにしてくれる美しい風景のなかで、人間の本能丸出しの行為などしてはいけない。だが、雅臣に与えられた刺激で体内には熱が籠っている。
 雅臣も、自然の中にいると三大欲求しか抱かなくなると言っていた。そして、三大欲求の中で一番重要視されるのは性欲だと言った。
 美しい景色に心を奪われて、そんな中で愛する相手と繋がりたいと思うのは、自然なことなのか?

「桜に怒られないか?」
「自分の姿に感化されて二人が愛し合ったんだと知れば、大いに喜ぶはずですよ」
「そっか……」

 頭上に咲き誇る花弁と重なる、穏やかで優しい笑顔で告げてくる雅臣。心に巻き付いていた常識とか羞恥とかの鎖が解けていく。
 残った本能に従い目を閉じると、温かな熱が唇を覆ってきた。吹き抜けていく春風と同じ、柔らかくて甘い香りのする唇をデザートを味わうように食む。
 マシュマロのような雅臣の唇をはむはむしていると、中に包まれていたチョコレートがドロリと溢れだしたように、口内に舌が侵入してきた。甘いだけではない、ほろ苦さも含む刺激的な大人の味に、クラクラ目眩がする。

「んんっ……」

 ジュッと舌を吸われ、ビリビリと走った甘い痺れに顔を仰け反らす。快感の涙で少し滲んだ視界には、また突風が吹き抜けていったのか、ユラユラ揺れている枝からたくさんの花弁が舞い落ちてくるのが映った。
 重なりあう二人に降り注ぐ桜の雨。なんだか、愛し合う二人を祝福しているようだ。

「ほらね、桜も祝福してくれているでしょう?」

 俺が頭上を見つめているのに気付いたらしい雅臣が繋がった舌を解き、咲き誇る花弁を仰いで目を細める。
 同じ景色を見て同じように感じることが、お揃いの感情を持っているようで嬉しい。

「もっと深く愛し合う姿を見せてあげましょう?」
「それで桜が喜ぶなら、付き合ってやってもいい」

 濃厚なキスで前は芯を持ち、後ろも雅臣を求めて疼き始めているのに、乗り気ではないような言い方をしてしまう。
 本当は欲しくて堪らないってことなどお見通しだと言うように、優しい笑みを浮かべて髪を撫でてきて、額にチュッと可愛らしいキスを落としてきた雅臣が、空色のジャケットを脱いでシートの隅に投げた。臨戦体勢に入ったのだと分かるそれに、ゴクリと喉が鳴る。

「拓也……」

 獲物を狙う肉食獣のようなギラギラした瞳を隠そうともせず、獲物の首元に食らい付くように唇に噛みついてくる雅臣。息が出来ないほどの激しい愛撫に意識が遠退いていくが、その感覚がとても気持ちよくて、体内を快感の粒が弾け飛ぶ。
 雅臣は口内を翻弄しながら、Tシャツの裾から差し入れた手で胸の粒も弄り始めた。激しいキスに応えるのに必死で様子を見られないが、上半身に肌寒さは感じないからTシャツは捲っていないんだろう。
 布の下で艶かしく動く指を想像するのは、服を脱がされて直に触られているのを見るよりいやらしい気がする。特に野外でやっているから、隠された下で可愛がられるというのに異様に興奮してしまう。だからだろう、指の腹で粒を軽く潰されただけで、舌先で転がされたような強い痺れが背筋を駆け抜けてしまう。
 弄られている方は勿論、全く触れられていない方もプクリと勃ちあがり尖ってしまっているのだろう。痛いほどジンジンする感覚に、そう思う。
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