その男、幽霊なり

オトバタケ

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お花見デート

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「一緒に料理をしている途中で我慢できなくなって繋がってしまうなんて、新婚みたいで素敵ですね」

 熟し過ぎた苺のようになってしまっているのだろう俺の頬をツンツンと突いてきた雅臣が、夢見るようにうっとりと呟く。
 シンクに押し付けられて雅臣を受け入れている自分の姿が浮かんできて、顔が燃えるように熱くなっていく。

「そんな安物のエロ動画みたいなシチュエーションはごめんだ」

 脳内の映像に興奮してしまって、そんな風に抱かれるのも悪くないかもなんて思ってしまったのを誤魔化すため、突っ慳貪に吐き捨てる。すると、気色悪いくらいうっとりしていた雅臣の顔が険しくなっていった。

「拓也は、そんな映像を見たことがあるんですか? まさか、出演していた女性に興奮して自慰をしてしまったなんて言いませんよね?」

 見たことなんてないし、勿論自己処理もしてない。万が一あったとしても素直に頷けないような、ないと言えと見えない拳銃を突き付けて脅してきているような瞳に、首を左右に振る。
 俺の答えに雅臣は、よかったと心から安堵しているのが分かる満面の笑みを浮かべた。なんだか馬鹿らしくなってきて、吹き出してしまう。

「アンタ、どこまで嫉妬深いんだよ」
「拓也の感情が僕以外に向くなんて許せません」
「アンタに出会う前のことでもか?」

 ガキ丸出しの拗ねた顔がおかしくて意地悪っぽく聞くと、雅臣は申し訳なさそうに顔を伏せた。

「えぇ。過去は変えられないと分かってはいます。ですが、拓也の全てを独占したいと思ってしまうんです。だから、僕自身の過去に対して、拓也が不快になったり不安になる気持ちも痛いほど分かるんです」
「雅臣……。永久に共にいれば、出会う前のことなんて忘れちまうから……」
「拓也……」

 雅臣は俺の不安をちゃんと分かっていてくれているんだ……。じわじわと心が温かくなっていき、思考も前向きになっていく。
 ありがとうと告げるように、抱き締めてくる雅臣。温かな羽毛に包まれているような心地好さを感じる腕の中を堪能していると、肩に手を置いて体を離した雅臣の唇が近付いてきた。

「これ以上は駄目だ。まだ昼飯の途中だろ」
「そうでしたね。この煮豆は、この桜を植えた人物の家庭に代々伝わる味付けなんですよ」
「どれどれ……」

 このまま雪崩れ込むことを危惧して顔を逸らすと、納得したように離れていった雅臣が勧めてきた煮豆を食べる。その旨さに頬が弛んだ俺を見て、雅臣も微笑む。

「ごちそうさま」
「お粗末様でした」

 ぎっしり詰まっていたお重の中身の三分の二程を収めた胃を摩りながら、桜の立派な幹に凭れて頭上を見上げる。
 視界を覆う薄紅色の可憐な花弁の間から、微かに覗く空の深い青。頬を撫でる温かな風と、鼻を擽る甘い香り。そして、傍らに感じる愛しい相手の気配。
 このまま時が止まってしまえばいいのに……。胸を満たすこの気持ちは、幸せというものなんだろうか?
 頭上から視線を落とすと、空になったお重や取り皿を甲斐甲斐しく片付ける雅臣が映った。
 世話を焼かれるのは、擽ったいけれど嬉しい。でも、やってもらうだけではなく、俺も世話を焼いて甘やかせてやりたいと思う。

「片付け変わってやるよ。アンタは朝早くから弁当作って、運転もして疲れてるだろ? ちょっと休んだらどうだ?」
「お気遣いありがとうございます。弁当作りも運転も楽しいので気にしないでください。片付けももう終わりますから大丈夫ですよ。ですが、休息はとらせて頂きますね」

 話しながら手早く荷物を纏めてレジャーシートの端に置いた雅臣が、俺の傍に寄ってくる。

「あぁ、極楽ですね」

 シートにだらんと伸ばしていた俺の太腿に頭を載せて横になり、満足そうに息を吐く雅臣。
 これって膝枕ってやつか? している体勢の名称に気付いた心臓が、早鐘を打ち始める。

「食ってすぐ寝たら牛になるぞ」
「牛になったらミルクを飲んでくださいね。拓也だけが飲むことを許された、拓也専用の牛ですから」

 雅臣には休憩して欲しいが、この格好は小っ恥ずかしい。激しく脈打つ心音を知られる前に離れさせようと思って言葉を発したのに、その回答が淫らな妄想を連想させるもので、より鼓動が早まる。
 牛の着ぐるみ姿の雅臣の股間にしゃぶりつき、ミルクを飲みまくっている。そんなとんでもない脳内映像を打ち消し、ミルクから離れる想像をする。
 脳内に浮かんできた旨そうなステーキに安堵し、意地悪く口を開く。

「俺専用なら、解体して肉を食ってもいいってことだな?」
「フフ、それも刺激的ですね。」

 また脳内に牛の着ぐるみ姿の雅臣が現れる。体を覆うモコモコの牛柄の布を剥ぎ、現れた引き締まった肌に貪り食うように唇を這わせている俺。そんな妄想をしてしまい、体温が急上昇していく。
 これ以上口を開いても墓穴を掘るだけな気がして、雅臣を離れさせるのは諦める。膝枕をしたまま頭上の穏やかな景色に目を向け、乱れまくっている心を鎮めようとする。
 無心になれ、とたわわに咲き誇る桜を見上げていると、花の重みに必死で耐えている枝を折ってしまいそうな突風が吹き付けてきた。桜だけではなく、里山に生える全ての木が口を揃えて吃驚したと呟くように、ザワザワと葉を揺する音が辺りに木霊する。
 安らぎを謳い文句にしたどんな音楽よりも落ち着く、自然の奏でるハーモニー。そんな木々の音楽に耳を傾けていると、大きく煽られた余韻で細かく揺れ続けている頭上の枝から、ハラリハラリと春雨のように薄紅色の花弁が降ってきた。
 桃源郷だとか竜宮城だとか、絵で描けないほど美しいものと言われているものの名前が脳裏に浮かぶ。今、俺の目に映っているのは、それらと同じだということだ。

「綺麗ですね」

 下から聞こえてきたうっとりとした声で、桜の雨に見惚れていて大切な奴と一緒に居たことを忘れていた自分に気付いた。こういう全ての意識を支配されるような美しい景色を共に見たいと思っている唯一の相手なのにだ。ごめんな、と胸中で詫びながら見下ろして息を呑む。
 柔らかい茶色の髪に髪飾りのように薄紅色の可憐な花弁を付け、降ってくる桜の雨に手を伸ばして微笑んでいる顔は、先程まで眺めていた俗世を忘れさせるほどの景色よりも美しい。茫然と見下ろしていると、ヒラヒラと舞い落ちた一枚の花弁が、程よい厚みの形のよい唇に乗った。この美しい男を手に入れたいとでも言っているように、唇に吸い付く花弁。
 その唇に触れていいのは俺だけだ。こいつは俺のものだ――。ジュクリと心が歪む。
 唇に乗っている花弁を乱暴に取り払い、俺の所有物だという印を付けるように唇を重ねる。ギュッギュッと押し潰すように重ね、可憐な花弁の感触を消し去るように唇に何周も舌を這わせる。最後にもう一度、判子を押すように唇を重ねると、胸を覆っていたどす黒い感情は収まっていった。
 冷静さを取り戻すと、さっきまで見惚れていた桜に嫉妬して、馬鹿みたいにキスをしてしてしまった自分が急に恥ずかしくなってきた。何もなかったように、そっと顔を離していく。
 いきなり襲うようにした乱暴なキスを静かに受け止めてくれていた雅臣は、俺が離れていっても微動だにせず、居眠りしているように目を閉じている。俺が貪りついた唇は赤みが増して、唾液でキラキラと光っている。
 綺麗で美味そうなソコに釘付けになっていると、また突風が吹いて桜の雨が降りだした。花弁の雨に打たれる雅臣は、この世のものとは思えないほど美しい。
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