その男、幽霊なり

オトバタケ

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高校生活

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「はいはーい、そこまでね。昼休みは後七分で終わりでーす。昨日三回やってるならまだ柔らかいだろうし、挿れて出すだけなら七分で済むかもしれないけど、恋人同士なのにそんな排泄みたいなセックスはヤでしょ」

 いつの間に弁当を食べ終わったのか、膝に置いた本のページを捲りながら坦々と告げてきた海老原に我に返る。

「なっ……海老原、なんてこと言ってんだよっ!」

 自分から三人で食べたいと誘ったくせに、今の今まで存在を忘れていた海老原の破廉恥発言に食って掛かる。がなる俺などお構いなしで、英文で綴られた単行本を読み続けている海老原。

「悔しいけれどカニなんとかの言う通りですね。今はやめておきましょう、拓也」
「やめるも何も、誰もやろうなんて言ってないだろ」

 欲情してしまったのは確かだが、そのまま欲望に忠実に体を重ね合おうなんて思ってもいなかった。雅臣とのセックスは、癖になりそうなほど気持ちいいと思ってはいる。でも、快楽だけを求めているわけじゃない。再会したばかりで、昨日は離れていた時間を取り戻すように求めあってしまったが、雅臣の煮えたぎる雄だけが欲しいのではない。

「体だけを重ね合う関係なんて嫌だ……」
「体を重ね合うのは、心が重なりあっているのを確認する一つの手段なだけです。性交渉に嫌悪感を抱いているのなら無理にしませんから、ちゃんと教えてくださいね」

 ポツリと漏らしてしまった蝶の羽音並の呟きをしっかり聞き取っていた雅臣が、何も不安がる必要はないんだと包み込むような優しい声と瞳で語りかけてきてくれる。
 雅臣に触れると、自分の意思を無視して劣情が暴走してしまいそうになる。それが怖くて、求めてくれる雅臣に責任転嫁しようとしていたなんて、俺はどんだけガキなんだよ。俺の自分勝手な思考も全て受け入れて優しく包み込み、俺のやりたいようにやらせてくれようとする雅臣は、やはり一歩も二歩も先を行く大人だ。

「したくない訳じゃない。こんな風になるのは初めてだからさ……」
「拓也が僕にだけそういう感情を抱いてくれるのは嬉しです。初めてで戸惑うことがあったら相談してくださいね。僕自身も、本当の意味でそういう感情を抱くのは拓也が初めてなので、暴走しがちなんです」

 クスリ、と自嘲するように笑う雅臣の顔を凝視する。雅臣も俺と同じで、暴れ狂いそうになる獣を手懐けるのに苦労しているというのか?

「はーい、昼休みは後四分で終わりでーす。今からボクは二分昼寝します。二分後に起こしてね」

 また坦々と告げたあとパタンと単行本を閉じた海老原が、ベンチに体育座りをして立てた膝に顔を埋めた。
 海老原の謎行動に茫然と丸まった姿を眺めていると、チュッと左頬に柔らかいものが当たった。

「何しやがっ……」

 いきなり頬にキスしてきた雅臣を怒鳴り付けようとすると、掌で口を塞がれた。

「しっ! カニなんとかが起きてしまいますよ」

 内緒話をするように耳許で囁いた唇が、また左頬に押し当てられる。チュッチュッと戯れるように押し当てられる唇の擽ったさに、肩が震えてくる。

「擽ったいですか?」

 背筋を駆け抜けるこそばゆさにコクコクと頷くと、唇と共に口を塞いでいた掌も離れていった。深く息を吐きながら、擽ったさで変に力の入ってしまっていた肩を下ろすと、その様子を見ていた雅臣がおかしそうに表情を弛めた。

「アンタが擽ったくなることをしたせいだ」
「食後のデザートを味わいたかったんです」
「俺はデザートじゃないぞ」
「そうですね。拓也はメインディッシュですものね」

 海老原を起こさないように、鼻先が触れ合うくらいの位置で小声で話していると、うーんと呻きながら伸びをした海老原が立ち上がった。

「メインディッシュがデザートって場合もあるよね。さぁて、そろそろ戻らないと授業が始まっちゃうね」

 トントンと軽い足取りで校舎に向かっていく海老原。なんだかご機嫌な後ろ姿を、少し眠ってスッキリしたのだろうかと思いながら見つめる。

「拓也、僕達も戻りましょうか」

 腕時計に目を遣りながら、雅臣が立ち上がった。

「あぁ、そうだな」

 慌てて弁当を掴んで、その隣に並ぶ。

「なんか今日の海老原、変だよな」
「蟹を食べ過ぎたせいでしょう」
「でも、さっきデザートが主食とか言ってなかったか?」
「では、蟹ケーキでも食べ過ぎたんでしょう」
「蟹ケーキ……。食い過ぎたら、ちょっと変になるかもな」

 生クリームたっぷりのホールケーキの上に、真っ赤に茹であがった蟹が丸々一匹載っているものを想像し、食べなくても分かる微妙な味に顔を顰める。

「ウチのケーキは普通のショートケーキだからな」
「はい。楽しみにしていますね」

 両親と食べたバースデーケーキを、雅臣とも食べられるのが楽しみだ。

 色んな意味で疲れた新学期一日目が終わり、雅臣と家に向かって歩く。
 校門の前で別れた海老原は、終始ニヤニヤと楽しげに口許を弛めていて不気味だった。変わった奴が数多く出没しだす春の陽気にやられたせいなのか、蟹ケーキのせいなかのか分からないが、明日もあんな状態ならば病院で診てもらうことを勧めよう。

「あっ……」
「どうしました?」
「桜」
「あぁ、この辺りの見頃は過ぎてしまったようですね」

 通学路沿いにある、古民家を改装した寿司屋の店先にポツンと立つ桜が目に入り足を止める。俺の視線の先を追った雅臣が言うように、半分近くの花は散ってしまい、まだ残るピンクの間からは鮮やかな若葉が芽生え始めている。高校にはなぜか桜の木は一本もないので、これが今年初めて目にする桜だ。行きに気付かなかったのは、甘い蜜で絡みとるように誘ってきた雅臣から逃げて駆けていた時に通り過ぎていたからだろう。
 今日でこの状態ということは、春休みの間に満開を迎えていたことになる。昨日まで雅臣のことだけを想い、二人の思い出だけが色を持ち輝いていて、目に見える現実の景色はモノクロの静止画のような状態だった。なので、春の訪れに気付くことが出来なかったんだな。

「もったいなかったな……」
「何が勿体ないんです?」
「満開の桜、見損ねたからさ」

 半分散っていても綺麗だと感じるのだから、満開ならば感動する美しさだったんだろうな。まだ若い木に寄り添うように、根元で重なり合っているピンクの花弁を見てそう思う。

「花見に行きましょうか」
「今からか?」
「残念ながら今からは無理ですね。そうですね、明後日の土曜に行きましょうか。デートしましょう」
「デ、デートとか恥ずかしいこと言うな。花見だろ、花見」
「フフフ、花見ならば拓也の桜色の頬を愛でるのが一番ですね」

 デートと言われて火照ってしまった頬を人差し指でつうっと撫でられ、ビリビリと走った甘い痺れに心臓が跳ねる。

「やめっ……」

 触れただけで俺の中に棲む獣を狂わせる媚薬のような指を振り払い、雄が暴走しないように鞄を胸に抱き留める。

「早く帰りましょうか」

 そんな俺を見て、余裕がない声を出して苦笑しする雅臣に、腹の奥から劣情がドロリと溢れ出してくる。コクンと頷き、足早に帰路につく。
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