その男、幽霊なり

オトバタケ

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再会――その後

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 学校と家の間にある商店街にあるバーガーショップの入り口を潜ると、早足で歩く俺の後を同じスピードで付いてきていた雅臣も入ってきた。
 自分から無視してしまった手前、話し掛けるタイミングを掴めずここまで無言で来てしまったが、今ならそのチャンスだ。

「アンタは何食う?」
「そうですね、こういった店は初めてですので拓也と同じものでいいですよ」
「初めて? 大財閥の坊っちゃんはファーストフードなんて食べないのか」
「一条の鎖に縛られて制約された生活をしていましたからね。これからは拓也と普通の高校生らしい日々を送れるので楽しみです」

 子供みたいな満面の笑みを浮かべた雅臣を見て、俺の仏頂面も綻んでいく。
 幽霊だった雅臣ともたくさんの初体験をしたが、肉体に戻った雅臣とはもっとたくさんの初体験をしたい。
 二人の共通の思い出をたくさん作って、永久に共にいる中で振り返って、懐かしいなって笑いあえたら幸せだろうな。

「じゃあ、俺が食べたいのを頼むな」

 雅臣の初めての、そして二人で初めて食べるファーストフードを注文する為にレジに並ぶ。

「こちらでお召し上がりですか?」
「は……」
「持ち帰りでお願いします」

 店内で食べるもんだと思っていたのに、返事をしようとする俺に、雅臣がそうではないと声を被せてきた。

「店で食べないのか?」
「えぇ。僕の家でゆっくり頂きましょう。ほら、早く注文をしないと」
「え……あぁ」

 雅臣の家で食べると聞いて、先程浮かべた密室で繰り広げられるだろう行為が再び脳裏に映し出されて、一気に体温が上がっていく。
 脳内にあった注文品が淫らな映像で塗り潰されて言い淀んでいると、雅臣を見上げて頬を染めている店員が目に入った。
 その店員は、雅臣の婚約者だった女性にどことなく雰囲気が似ている。
 チクリと心臓に棘が刺さって、出来た穴からドロドロと赤黒い液体が流れ出してくるのを感じる。

「照り焼きバーガーセットを二つ。ドリンクはミルクで」

 捲し立てるように注文を言い、告げられた金額を払って、新発売のバーガーのポスターの貼られた壁際に移動する。
 自分の分の金を渡してくる雅臣とポスターを眺めて、店員から顔を見られないようにして商品を渡されるのを待つ。
 呼ばれたのでレジに向かうと、雅臣に接客以外の意味を持つような笑顔を向ける店員から奪うようにバーガーを受け取り、俺の家の方向へと歩き始める。

「こっちの方向ってことは、アンタの家って俺の家の近くなのか?」
「着いてからのお楽しみですよ」

 プレゼントしたビックリ箱が開けられるのを待っているような、相手がどんな反応をするのか楽しみで仕方がないという顔で微笑む雅臣。
 まさか、雅臣の家族も共に引っ越してきていて、サプライズで御対面ってことをする気なんじゃないだろうな。雅臣は家族に俺との関係を告白しているから、俺も半端な気持ちなんかじゃなく生涯を雅臣と共に過ごす決意があるんだと、ちゃんと告げなければならないな。
 綿菓子のような雲が浮かぶ青い空から柔らかな陽射しを注ぐ太陽を見上げて、照れずに真摯な気持ちを伝えようと誓う。

「此処です」
「え……ここ?」

 雅臣が止まったのは、見覚えのあるマンションの前だった。
 一昨年建てられたとかで、まだ新しい焦げ茶色の外壁を見上げて混乱する頭の整理をする。

「ここ、俺の家だ」
「そして、僕の家でもあるんです」

 俺が今朝出てきた入り口を潜った雅臣は、オートロックを解除して玄関ホールに入っていく。
 自動ドアが閉まる前に、慌ててその後を追う。
 長い指が押したエレベーターのボタンは、俺の住む三階だ。
 どういうことなんだ、と頭は益々混乱していく。
 エレベーターに乗り込み見慣れた廊下で降りると、雅臣は俺の家の前を通り過ぎて一番奥の部屋へと向かっていく。

「さぁ、どうぞ」

 ガチャと開けられたドアの中に、言われるがままに足を進める。

「突っ立っていないで、ソファーに掛けてください」
「あ、あぁ」

 催眠術にでも掛かっているかのように、雅臣の指示に従って黒皮の高級そうなソファーに座る。
 ソファーとローテーブル、大画面のテレビだけが置かれたシンプルなリビングを眺めていると、ぷーんと食欲をそそる匂いが鼻を擽った。

「お腹が空いているんでしょ? 早速ハンバーガーを頂きましょう」

 買ってきた袋の中身をテーブルに並べていく雅臣。
 視覚と嗅覚が刺激されて暴れだした腹の虫に従い、それを手に取り胃に収めていく。
 胃が満たされると、固まっていた脳が動き出した。
 紙パックのミルクをチューチュー吸いながら、現在の状況を整理する。
 ここは俺の住んでいるマンションで、俺の家がある階の一番奥の部屋だ。雅臣は、ここが自分の家だと言った。ということは……

「アンタ、ここに引っ越してきたのか?」
「そうですよ。大丈夫ですか?」

 導き出された答えに動揺して思い切り紙パックを握り締めてしまい、勢いよく噴き出したミルクが顔に掛かってしまった。
 一人コントを繰り広げた俺を見てクスリと笑った雅臣の顔が、徐々に近付いてくる。
 あのバーガーショップの店員が見惚れるのも仕方のないことかと思いながら、綺麗だが男の色気が香る顔を見つめていると、頬を生温かいものが這い始めた。
 そのざらついた感触に腰の辺りがこそばゆくなる。

 ジュッジュッとミルクを舐め取っていくソレから伝わってくる熱に、擽ったいのとは違う感覚が生まれ始めた。
 ピリピリと背筋に走り始めた甘い痺れが段々大きくなっていく。
 体内に篭り始めた熱を口から吐き出したのを合図だと取ったのか、顔中を這っていたソレが唇を舐めだした。
 唇の形を確認するように何周も回っていたソレが離れていくと同時に、柔らかなものが押しあてられた。

 俺の唇に重ねられている、雅臣の唇。あぁキスをしているんだ……。
 照れ臭いけれど触れ合えて嬉しくて抵抗せずに受け入れていると、もっと深く繋がりたいというように舌が唇をノックしてきた。
 ソレが与えてくれる快感を覚えている体は、誘うように唇を開いて訪問者を引き入れる。
 ほんのりミルクの味がする舌が、艶かしく絡み付いてくる。
 俺もそれに応えて、巻き付けるように絡ませ返す。
 一つの生物になったような舌が、二つの口内を所狭しと暴れまわる。
 ジュプジュプと響く淫猥な水音が劣情を煽ってきて、下腹部が急激に熱くなっていく。

「寝室に行きませんか?」

 唇を離した雅臣が、硬くなっている己の下半身を押し付けるように俺を抱き寄せ、熱い吐息と共に耳許で囁いてくる。

「行ってやってもいい」

 本当は雅臣が欲しくて堪らなくて、快感を覚えている後ろが疼き始めているのに、がっつく獣のようだと思われたくなくて、仕方ないから付き合ってやるという風に答えてしまう。
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