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幽霊だった男
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三月三十一日。俺にとり憑いていた、あの男の誕生日だ。
男が俺の隣から消えた後、こっそりカレンダーに赤丸を付けたそこを指でなぞる。
「ハッピバースデートゥーユー」
涙声のバースデーソングが、自室に虚しく響く。
あの冬の日、プラネタリウムを見るために男と二人で科学館に出掛けた俺は、科学館の入口で一人の男に声を掛けられた。
「兄ちゃん、スゲーの連れてるな」
そう言い、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて近付いてきたのは、派手な紫色のコートを着た遊び人風の男だった。
失礼なソイツを睨み付けると、クククと笑って俺の隣を指差してきた。
「その、燕尾服の美丈夫のこった」
「え……アンタ、こいつが見えるのか?」
「まぁな。俺様、霊能者なんて呼ばれる仕事しちゃってるわけ。しかも、能力チョー高いのよ」
男と出会ってすぐの夏休み、近所の寺院仏閣を回っても誰一人として男を見られる者はいなかったというのに、まさかこんな場所で霊能者に会うなんて……。
自ら能力が高いと言うソイツによって、男が無理矢理成仏させられてしまうのかもしれない、という恐怖が襲ってくる。
「成仏……させるのか?」
「成仏? まーさか。だって兄ちゃんに憑いてる美丈夫殿は、生き霊だぜ」
「生き……霊?」
「おうよ。その美丈夫殿の本体は生きてるってこった」
霊能者の言葉を聞き、かつて男が語ったことが思い浮かんだ。
俺に出会うまで病院から出られなかった、と。
意味ありげにニヤニヤと笑う霊能者をその場に残し、告げられた事実に呆然としているのか無表情の男を引き連れて、入院していた病院に向かった。
病院に着くと、不審げな視線など構わずに、手当たり次第に病室を覗いていった。
下の階から順番に見ていき、特別室の並ぶ最上階に行くと、男はそこにいた。
病室で眠る人物が隣にいる半透明の男と同じ姿なのを確認し、入口に貼られている名札を確認する。
そこに記されているのは、一条雅臣という名だった。
「いちじょう……まさおみ」
「聞き覚えのある名ですね」
ベッドで眠る自分と同じ姿の人物に戸惑っている様子の男が、ポツリと呟く。
一条雅臣。俺と同じ時を生きる男。
俺の知らない時代を生きていたと思っていたのに。死んでからしか触れ合えないと思っていたのに。
段々と喜びが、体中を満たしてくる。
「早く体に戻れよ」
早く生の男と触れ合いたくて急かすと、まだ事を理解しきれていない様子の男が、おずおずと自らの体に近付いていった。
恐る恐るといった感じで、男は自分の体の胸に掌を置く。
暫くそうしていたが、何の変化も起こらなかった。
「戻れないようです」
そう言って、男が項垂れる。
「俺を体に戻す時はどうしたんだよ?」
「拓也の手を握り、今のように心臓の上に手を置いただけです」
「じゃあ、なんで戻れないんだ? もう一度やってみろよ」
しかし、何度やっても男の魂は体に戻ることはなかった。
脳裏に、男が生き霊であると告げてきた霊能者の不遜な笑みが浮かんできて、どうしたら魂は体に戻るのか聞くために科学館に戻る。
だが、霊能者の姿はもうそこにはなかった。
霊が見える海老原に魂を体に戻す方法を聞いても、分からないと言われた。
ネットで調べて記されている事を試してみても、一向に体に戻ることはなかった。
ネットで魂の戻し方を調べている時、一条雅臣がどういった男なのかが分かった。
一条財閥の長男で後継者。俺より一つ年上の高校三年生。
そして……
「アンタ、婚約者がいたんだな」
「確かに、この方は僕の記憶にあるドレス姿の女性です。しかし、この方を見ても微塵も心は動かない。愛し合っている者同士の婚約ではないということです」
一条雅臣の婚約者として掲載されている清楚な大和撫子を見て、男は眉を顰めた。
「僕が愛しているのは拓也だけです」
一条財閥という大財閥の後継者ならば、男の言う通り大人達の利益の絡んだ政略結婚なのだろう。
分かっていても、婚約者がいるという事実はショックだった。
だけれど、男に俺だけを愛していると言われて、暗く沈んだ心が光を取り戻していく。
「婚約者がいる癖にふざけたこと言うな」
男に気持ちを打ち明けても満足して成仏しないと分かったのに、今更どう態度を変えていいのか分からない俺は、心にもないことを言ってしまう。
それでも男は、いつもの大人の余裕溢れる笑顔で受け止めてくれた。
男が俺の隣から消えた後、こっそりカレンダーに赤丸を付けたそこを指でなぞる。
「ハッピバースデートゥーユー」
涙声のバースデーソングが、自室に虚しく響く。
あの冬の日、プラネタリウムを見るために男と二人で科学館に出掛けた俺は、科学館の入口で一人の男に声を掛けられた。
「兄ちゃん、スゲーの連れてるな」
そう言い、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて近付いてきたのは、派手な紫色のコートを着た遊び人風の男だった。
失礼なソイツを睨み付けると、クククと笑って俺の隣を指差してきた。
「その、燕尾服の美丈夫のこった」
「え……アンタ、こいつが見えるのか?」
「まぁな。俺様、霊能者なんて呼ばれる仕事しちゃってるわけ。しかも、能力チョー高いのよ」
男と出会ってすぐの夏休み、近所の寺院仏閣を回っても誰一人として男を見られる者はいなかったというのに、まさかこんな場所で霊能者に会うなんて……。
自ら能力が高いと言うソイツによって、男が無理矢理成仏させられてしまうのかもしれない、という恐怖が襲ってくる。
「成仏……させるのか?」
「成仏? まーさか。だって兄ちゃんに憑いてる美丈夫殿は、生き霊だぜ」
「生き……霊?」
「おうよ。その美丈夫殿の本体は生きてるってこった」
霊能者の言葉を聞き、かつて男が語ったことが思い浮かんだ。
俺に出会うまで病院から出られなかった、と。
意味ありげにニヤニヤと笑う霊能者をその場に残し、告げられた事実に呆然としているのか無表情の男を引き連れて、入院していた病院に向かった。
病院に着くと、不審げな視線など構わずに、手当たり次第に病室を覗いていった。
下の階から順番に見ていき、特別室の並ぶ最上階に行くと、男はそこにいた。
病室で眠る人物が隣にいる半透明の男と同じ姿なのを確認し、入口に貼られている名札を確認する。
そこに記されているのは、一条雅臣という名だった。
「いちじょう……まさおみ」
「聞き覚えのある名ですね」
ベッドで眠る自分と同じ姿の人物に戸惑っている様子の男が、ポツリと呟く。
一条雅臣。俺と同じ時を生きる男。
俺の知らない時代を生きていたと思っていたのに。死んでからしか触れ合えないと思っていたのに。
段々と喜びが、体中を満たしてくる。
「早く体に戻れよ」
早く生の男と触れ合いたくて急かすと、まだ事を理解しきれていない様子の男が、おずおずと自らの体に近付いていった。
恐る恐るといった感じで、男は自分の体の胸に掌を置く。
暫くそうしていたが、何の変化も起こらなかった。
「戻れないようです」
そう言って、男が項垂れる。
「俺を体に戻す時はどうしたんだよ?」
「拓也の手を握り、今のように心臓の上に手を置いただけです」
「じゃあ、なんで戻れないんだ? もう一度やってみろよ」
しかし、何度やっても男の魂は体に戻ることはなかった。
脳裏に、男が生き霊であると告げてきた霊能者の不遜な笑みが浮かんできて、どうしたら魂は体に戻るのか聞くために科学館に戻る。
だが、霊能者の姿はもうそこにはなかった。
霊が見える海老原に魂を体に戻す方法を聞いても、分からないと言われた。
ネットで調べて記されている事を試してみても、一向に体に戻ることはなかった。
ネットで魂の戻し方を調べている時、一条雅臣がどういった男なのかが分かった。
一条財閥の長男で後継者。俺より一つ年上の高校三年生。
そして……
「アンタ、婚約者がいたんだな」
「確かに、この方は僕の記憶にあるドレス姿の女性です。しかし、この方を見ても微塵も心は動かない。愛し合っている者同士の婚約ではないということです」
一条雅臣の婚約者として掲載されている清楚な大和撫子を見て、男は眉を顰めた。
「僕が愛しているのは拓也だけです」
一条財閥という大財閥の後継者ならば、男の言う通り大人達の利益の絡んだ政略結婚なのだろう。
分かっていても、婚約者がいるという事実はショックだった。
だけれど、男に俺だけを愛していると言われて、暗く沈んだ心が光を取り戻していく。
「婚約者がいる癖にふざけたこと言うな」
男に気持ちを打ち明けても満足して成仏しないと分かったのに、今更どう態度を変えていいのか分からない俺は、心にもないことを言ってしまう。
それでも男は、いつもの大人の余裕溢れる笑顔で受け止めてくれた。
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