その男、幽霊なり

オトバタケ

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師走

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「寒いな」
「もう十二月なんだもんね。明日から教室で食べる?」

 昼休み、中庭のいつものベンチで、ヒューと吹き抜けていく北風に肩を竦めながら卵焼きを口に入れる海老原の横で、風邪を引いたら困るし仕方ないかなと考えて頷き、冬支度の整った木々を見渡す。
 また、季節が変わっていくんだな……。

 男と出会って、四ヶ月ちょっとが経った。
 あっという間に過ぎてしまった気がするが、よくよく思い返してみると、今まで生きてきた中で一番行動的に色んなところに行き、感情も上下左右にぐるんぐるんと動き回った。
 俺の中に時計があるのなら、針が重くなったのに回転速度があがった、というところだろうか。
 このまま、気付けば人生の終わりが目の前、という一生を送るのだろうか?

 鉛色の雲に覆われた冬空を仰ぐと、視界の隅に燕尾服姿の美しい男を捉えた。
 一人ではなく、この男と二人で過ごす人生か……。
 自分の未来の姿は想像すらできないが、隣に居る男はいつまで経ってもこのままなのは分かる。
 俺がよぼよぼの爺さんになっても、男は美しい青年のまま。
 幽霊なんだから、これ以上成長することはないし、老いることもない。
 永久に共にいるということは、いつまでも若いままの男の隣で、一人だけ年老いていくということ。

 十年先位までは男との生活を想像しても違和感はないが、それ以上先は想像できない。
 俺が生きている限り、年の差は離れ続けていく。
 今の同世代の二人から、親と息子、祖父と孫、と見た目が変わっていってしまう。
 男は目を瞑って見える俺に惹かれたと言ったが、年を重ねて見た目も中身も老けていくだろう俺を、どう思うのだろう。
 変わらない男を愛し続ける俺と、変わっていく俺を愛し続ける男。
 ただでさえ男が成仏してしまうのを恐れて素直に気持ちを告げられずに減らず口ばかり叩いてしまうのに、見た目も可愛いげのない親父に変わっても、男は俺の隣に居続けてくれるだろうか。

 それに……親父になった俺に、爺さんになった俺に、男は欲情するだろうか?
 一番欲しいのは心の繋がりだが、目で見える形での繋がりも欲しい。
 心や言葉だけではなく、普通は同性同士では反応しない体の変化を見て愛されているんだと確認したいからだ。
 男同士で、普段の状態では触れ合えない生きている人間と幽霊だからこそ、目に見える形を欲してしまう。

 目を瞑って見える互いに惹かれ合ったというのに、皮肉な話だ。
 中身は男に見合うように成長したいが、男と釣り合わない見た目に変わっていくのは怖い。
 時が経つ恐怖に怯えないで済むのなら、男が俺を残して成仏してしまう恐怖に怯えないで済むのなら、海で溺れた時にあのままあの世に旅立った方が良かったのかもな。
 俯いて自嘲気味に笑う俺の頬を、甘えるなと嘲笑うように北風が撫でていく。

 ふと、弁当の白米の真ん中に乗る皺皺の梅干しが目に入って、はっとする。
 あの世に行くまでの男との年の差を悩んでいたが、もし死んだ時の姿であの世に旅立つのだとしたら……。
 天寿を全うして旅立ったならば、俺は皺皺の爺さんだ。
 幽霊同士なら触れ合えるだろうが、皺皺の爺さんに触れてくれるだろうか?
 永久に隣には居るが、俺だけを見つめて愛してはくれないかもしれない。
 ぐしゃり、と握り潰されたように心臓が痛む。

 あの世に行きかけたけれどあの世がどんなところがなのかは知らないし、幽霊だって男しか見たことがない。
 幽霊が見える海老原ならば、死後にどんな姿になるのか知っているはずだ。

「なぁ海老原、幽霊って死んだ時の姿なのか?」
「たぶんね。老若男女色んな幽霊さんを見るから、この世では亡くなった時と同じ姿なんだと思うよ」
「この世では?」
「うん。あの世では一番戻りたい年齢になれるんだって。でね、結構な人が二十歳位に戻るみたいだよ。見た目的にも生活的にも二十歳位が一番楽しかったってことなのかな。今でも楽しいのに、これからもっと楽しくなるんだね」

 フフフと、小さな口の端を限界まで吊り上げて笑う海老原。
 幾つで命を終えたとしても、あの世では自分の戻りたい年齢の姿になれると知り、すーっと心臓の痛みが治まっていく。
 ならば俺は、男と出会った今の姿に戻ろうか。隣で俺の成長を見ていく男に、戻って欲しい年齢を聞くのもいいかもしれない。
 年を重ねて変わっていくのが怖いのには変わりないが、闇に光が射した。
 沈んでいた気持ちが少し浮上してきたので、止まっていた箸を動かして弁当を胃に収めていく。

「拓也、残してはいけませんよ」

 弁当を食べ終えて蓋を閉めようとすると、それを阻止する声が背後から掛けられた。

「好き嫌いせずちゃんと食べなければいけませんよ。折角作って下さったお母様にも失礼です」

 男が肩口から覗いてくる弁当箱には、獅子唐が一本くにゃっと横たわっている。

「別に嫌いなわけじゃない」

 子供扱いするような男の口調にムッとなり、ギロッと睨み付けて乱暴に返してしまう。
 珍味なんていう独特の香りがするものは食べられないが、一般的な食材で好き嫌いはない。
 獅子唐だって食べられるのだが、昨夜の夕飯で食べた獅子唐の内の一本が唐辛子のように辛かったのだ。
 それを口にするまでに食べたものは普通の獅子唐だったので、たまたま辛かっただけかもしれないが、同じ袋に入っていたものなら他にも辛いものが混じっている可能性がある。

 辛いものは、あまり得意ではない。
 あの、舌がピリピリ痺れる痛みは味わいたくないが、男が言うように残すのは母に失礼だし、何より男に馬鹿にされたくない。
 獅子唐を箸で摘まみ、普通のものなのか観察するように見つめる。
 すると、背後から頭を突き出してきた男が、獅子唐をパクりと口に含んだ。

「何のつもりだ?」
「甘くしておきましたので安心して食べてください。本当は口移しで食べさせてあげたいんですが」

 ニカァと笑いながら肩口に顔を戻す男を見て、心臓が騒ぎだして顔が火照ってくる。

「苦いから食べられないとでも思ってるのか? 子供扱いするな」

 脳内に浮かんでしまった、妖艶な表情で獅子唐を咥えて顔を近付けてくる男の映像を打ち消し、突っ慳貪に言い獅子唐を口に含む。
 舌に、ピリッとした刺激が広がっていく。
 くそっ、辛いやつが当たってしまった。しかも、昨日のものよりも辛味が強い。
 じわっと汗と涙が浮かんでくるが、吐き出すわけにもいかないので無理矢理飲み込む。
 ピリピリと火傷したように痛む舌を緩和しようと、牛乳のパックを掴んで残りを一気飲みするが、燃えるような熱さは和らがない。
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