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神無月
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薬で無理矢理熱くされた体が鎮まり、あれは薬による幻覚だったのだと思おうとしたが、床に飛び散っている白濁を見て、全て現実だったのだと知って落胆した。
俺にもあんな雄の部分があって、その雄を悦ばせる快楽を知ってしまい、目覚めてしまった欲望が今後暴れだしはしないか不安が募る。
「拓也……」
「集中してるんだから話かけるな」
汚してしまった床をトイレットペーパーで拭き取っていると、便器に座ってその様子を見ていた男が愛しそうに俺を呼んできた。
あの口が甘い痺れを与えてきて、あの手で何度もイかされて、あの目で乱れ狂う姿を全て見られていたのだと思うと、恥ずかしくて男の顔が見られない。
「初夜の翌日の新妻みたいですね」
そんな新妻を見たことがあるような言い方に、ズキンと胸が痛む。
「アンタ、結婚してたのか?」
「いいえ、していないと思います。ただの例えですよ。妬いてしまいましたか?」
何も付けられていない左手を見せてきた男が、嬉しそうに笑う。
「なんで妬かなきゃいけないんだ。意味が分からないことを言うな」
俺は男にしかあんな姿を見せていないのに、男は他の奴の乱れる姿も見ているし、自分の乱れる姿も見せているのが、不公平なようで気に入らないだけだ。
「此処には、拓也から贈られた鎖しか要りません」
左薬指の付け根を撫でながら言う男。
恋愛事情に疎い俺でも、そこに付ける指輪の意味も、そこに嵌める指輪を贈る意味も分かり、恥ずかしさと共に胸がキュウッと甘く締め付けられる感覚がした。
「鎖って、犬かよ」
照れてしまったことを誤魔化すように、男の揚げ足を取るようなことを口走ってしまう。
「愛の鎖ですよ。でも、拓也の犬になら喜んでなりますね」
「へぇ。犬ならワンって鳴いてみろよ」
「ワンッ」
誰もが妬む程の美しく整った外見からは到底飛び出すとは思えない単語をしゃあしゃあと吐く男に、思わず吹き出してしまう。
「アンタ、プライドとかないのか?」
「拓也が喜んでくれるのならプライドなんて簡単に捨てられますよ。それより、ちゃんと鳴いたんですから褒めてください」
小首を傾げて期待に満ちた目で俺を見上げてくる男は、見えない尻尾を振っているように見える。
「仕方ねーなー」
ご主人様に褒美を強請る犬のような姿が憎めなかったのと、もう一度あの柔らかな髪に触れてみたい気持ちもあり、男の頭に手を伸ばす。
「え……」
男の頭を撫でようとした手は半透明の体をすり抜けて落ちていき、ダンッと便器の蓋に当たった。
さっきまでは、柔らかな髪も、程よい弾力のある唇も、少し冷たくて骨の固さが伝わってくる掌も、俺に感じている男の証も、生きている人間のように触れられていたのに、目の前の男は目には見えるが触れることの出来ない幽霊に戻っている。
「媚薬の作用だったんですかね」
触れられずに落ちてしまった俺の掌を、男は寂しそうに見つめている。
俺は生きていて、男はもう生きてはいない。ちゃんと存在しているのに、触れ合うことも出来ないんだな。
今までだってそうだったのに、何故だか胸がチクリと痛んだ。
俺の痴態の形跡を全て掻き消して体育館を出ると、だいぶ日が傾いていて西日の眩しさに目を細めた。
運動場では体育委員と教員が体育祭の片付けをしていたが、校舎内は既に殆どの生徒が帰宅したようで静まり返っている。
体育祭では百メートルと二人三脚の五十メートルしか走っていないが、そのあと二百メートルを全力疾走するのと同じだけ体力を使う行為を七回もしてしまったので、疲労困憊で怠い体を引きずって教室まで戻る。
俺にもあんな雄の部分があって、その雄を悦ばせる快楽を知ってしまい、目覚めてしまった欲望が今後暴れだしはしないか不安が募る。
「拓也……」
「集中してるんだから話かけるな」
汚してしまった床をトイレットペーパーで拭き取っていると、便器に座ってその様子を見ていた男が愛しそうに俺を呼んできた。
あの口が甘い痺れを与えてきて、あの手で何度もイかされて、あの目で乱れ狂う姿を全て見られていたのだと思うと、恥ずかしくて男の顔が見られない。
「初夜の翌日の新妻みたいですね」
そんな新妻を見たことがあるような言い方に、ズキンと胸が痛む。
「アンタ、結婚してたのか?」
「いいえ、していないと思います。ただの例えですよ。妬いてしまいましたか?」
何も付けられていない左手を見せてきた男が、嬉しそうに笑う。
「なんで妬かなきゃいけないんだ。意味が分からないことを言うな」
俺は男にしかあんな姿を見せていないのに、男は他の奴の乱れる姿も見ているし、自分の乱れる姿も見せているのが、不公平なようで気に入らないだけだ。
「此処には、拓也から贈られた鎖しか要りません」
左薬指の付け根を撫でながら言う男。
恋愛事情に疎い俺でも、そこに付ける指輪の意味も、そこに嵌める指輪を贈る意味も分かり、恥ずかしさと共に胸がキュウッと甘く締め付けられる感覚がした。
「鎖って、犬かよ」
照れてしまったことを誤魔化すように、男の揚げ足を取るようなことを口走ってしまう。
「愛の鎖ですよ。でも、拓也の犬になら喜んでなりますね」
「へぇ。犬ならワンって鳴いてみろよ」
「ワンッ」
誰もが妬む程の美しく整った外見からは到底飛び出すとは思えない単語をしゃあしゃあと吐く男に、思わず吹き出してしまう。
「アンタ、プライドとかないのか?」
「拓也が喜んでくれるのならプライドなんて簡単に捨てられますよ。それより、ちゃんと鳴いたんですから褒めてください」
小首を傾げて期待に満ちた目で俺を見上げてくる男は、見えない尻尾を振っているように見える。
「仕方ねーなー」
ご主人様に褒美を強請る犬のような姿が憎めなかったのと、もう一度あの柔らかな髪に触れてみたい気持ちもあり、男の頭に手を伸ばす。
「え……」
男の頭を撫でようとした手は半透明の体をすり抜けて落ちていき、ダンッと便器の蓋に当たった。
さっきまでは、柔らかな髪も、程よい弾力のある唇も、少し冷たくて骨の固さが伝わってくる掌も、俺に感じている男の証も、生きている人間のように触れられていたのに、目の前の男は目には見えるが触れることの出来ない幽霊に戻っている。
「媚薬の作用だったんですかね」
触れられずに落ちてしまった俺の掌を、男は寂しそうに見つめている。
俺は生きていて、男はもう生きてはいない。ちゃんと存在しているのに、触れ合うことも出来ないんだな。
今までだってそうだったのに、何故だか胸がチクリと痛んだ。
俺の痴態の形跡を全て掻き消して体育館を出ると、だいぶ日が傾いていて西日の眩しさに目を細めた。
運動場では体育委員と教員が体育祭の片付けをしていたが、校舎内は既に殆どの生徒が帰宅したようで静まり返っている。
体育祭では百メートルと二人三脚の五十メートルしか走っていないが、そのあと二百メートルを全力疾走するのと同じだけ体力を使う行為を七回もしてしまったので、疲労困憊で怠い体を引きずって教室まで戻る。
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