王道学園に通っています。

オトバタケ

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お前は知らない

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 飯を食いに行って、帰ってきた俺の部屋。
 今日はウチに泊まって、明日はここから直接仕事に行こうと勝手に決めているらしいそいつは、持ってきたデカい鞄をテーブルの横にボスッと置くと、自分も同じようにソファーに沈んだ。

「お前の車、修理中で足ないんだろ? 明日どうやってあの山ん中の学校まで行くんだよ?」
「あるじゃん」

 溜め息混じりで問いかけると、腕から一直線に伸びた人差し指を真っ正面にあげたそいつが、にやっと笑った。勿論、指が差しているのは俺で、再び溜め息を漏らす。
 大学を卒業したそいつは、俺達の母校の教師になった。母校は人里離れた山の中にあって、車でなければ行くことが難しいのだ。
 俺の態度に、不服そうに頬を膨らませるそいつ。お前はフグか……。

「妹さ、いっつも彼氏に送ってもらってるじゃん?」

 言葉には出さないけれど、クッションを抱えて体育座りをして俺を見上げる潤んだ瞳が、俺も……と言っている。
 その仕草、妹に教えてもらったんだろ? 妹の彼氏は落とせても、俺には効かないから。

「俺も朝から大学。タクシーでも拾って行けよ」
「えー」

 そいつと俺は同い年だが、医大に通っている俺はまだ大学生なのだ。
 またフグになって、掌を広げて頂戴のポーズをするそいつに、働いているお前の方が金を持ってるだろ、と抱えているクッションを奪って頭の上に落としてやる。
 痛い痛い、と大袈裟に騒ぎながら、乱れた髪を手櫛で直すそいつ。
 明るい色のその髪に触れたい……。
 何気ない仕草が俺の鼓動を早くしているなんて、本人は全く気付いていないようだが。

「ねぇ……」

 髪を直し終えたそいつが、妹仕込みであろう上目遣いで、姿勢よく座り直した腿の上をパンパンと叩く。
 上気した顔には、ぎこちない笑みが浮かんでいる。
 恥ずかしいなら、不安なら、無理してやるなよ。

「何のつもりだ?」

 俺の冷めた対応が予想外だったのか、またフグになったそいつは、今にも泣き出しそうな目を伏せた。
 伏せた視線の先では、左右の人差し指がクルクルと回っている。

「この前さ、妹が彼氏を膝枕しててさ……」

 暫しの沈黙の後、ポツリポツリと呟き始めたそいつ。

「俺も……」

 ごくんと唾を飲み込み、核心へと踏み込もうとするそいつ。
 それを遮るように、まだクルクル回っている腕を掴んで立たせる。
 まん丸な目がぎょっと見開き、驚きから恐怖の表情に変わっていく。
 そんなさ、人のことを羨ましがってばかりいるなよ。俺達には、俺達だけの関係があるんだから。
 まぁ、そういう馬鹿なとこが愛しいんだけれど。
 緩んでしまいそうな頬を引き締め、無表情のままそいつの温もりの残るソファーに腰掛け、さっきそいつがしたように腿の上を叩く。
 アヒルみたいな口をして、今にも泣き出しそうな顔が、きょとんと首を傾げる。

「枕」
「へ?」

 近頃では俺の発する単語一つで、それが何を意図してるのか理解出来るようになっていたようだが、流石に混乱してる様子だ。
 数秒アホ面のまま固まっていた表情が、お得意のフグ顔へとぷくぅと変わっていく。

「枕は俺なのにぃー」

 上下に揺らされるそいつの腕と共に、俺の腕も揺れる。
 それが勢いを増してきたところで突き放すように離すと、観念した様子でのそのそとソファーに昇り、俺の腿に頭を預けてきた。

「野獣を癒す、聖母優翔(ユウト)様の構図が……」
「何だって?」
「なんでもないでーす!」

 俺のシャツを摘んだり離したりしながら、未練がましくブツブツ呟いているもんだから、フグの両頬を挟んで上に向ける。
 照明の光が眩しいのか、酸っぱい梅干しを食べた時のように眉間に皺を寄せ、目を細めて唇を突き出すそいつ。
 その顔を見た体が、ドクンと脈打つ。欲しい……。

「チュ……チューして?」

 明るさに慣れたのか表情が戻ったそいつが、思い出したように妹仕込みの上目遣いで頬を染めながら、何度も練習してきたのであろう台詞を口にする。
 仕方ない。こんな事を真剣に練習してきた努力に免じて、落ちた振りをしてやるよ。
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