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マサ兄が理事長をやることになった切っ掛け
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今日も忙しない一日が終わった。どーんと重い体を引きずって、薄暗い蛍光灯に照らされた階段を昇っていく。
右掌にずっしり食い込んでいるビニール袋が、歩みと共にガサガサ揺れる。
今日はキャベツが安かったので、ロールキャベツでも作ろうかと思って挽き肉を探しに行ったら、挽き肉も安かった。
そうそう、入浴剤が切れていたから新しいものを買ってきたんだった。色んな温泉の素の詰め合わせ。今日は、どこの湯に浸かろうかな……。
疲れで一文字に結ばれていた口元が緩んでいく。
ビニール袋を、重みで麻痺してきた右手から左手に持ちかえて、最後の一段を昇って部屋へと続く細い廊下を歩いていく。
「うわっ……」
なにかを踏んでしまった。なんだろう、このムギュっとした感覚は?
「……」
恐る恐る足元を見ると、あり得ないものが地面に這いつくばっていた。
「おい……大丈夫か?」
そこには金髪で黒のパーカーにジーンズ、スニーカー姿の大男が、両手両足伸ばしてうつ伏せに倒れていた。
もしかして行き倒れか? まさか、殺人じゃないだろうな?
「おい、生きてるか?」
大きな背中をまたいで顔を覗き込むと、スースーという吐息が聞こえた。
よかった、生きているようだ。しかし、この息遣い、もしかして寝ているのか?
こんな大男が倒れているのに、踏むまで気付かなかった俺も俺だけれど、こんなとこで寝ているこの人もこの人だ。
もうだいぶ暖かくなってきたし、外で寝ても風邪をひくくらいで死ぬことはないだろうし、関わり合いになるのは怖いからこのままにしておこうか……。
「ん?」
部屋に帰るために立ち上がろうとすると、大男の脇に落ちている紙切れが目に入った。
なんだろうと気になって拾い上げてみると、そこにはマジックで乱雑に書かれた文字が並んでいた。
『名前はポチと言います。
見た目は恐いですが、愛嬌があってとても可愛い良い子です。
番犬には最適ですし、春は金髪、夏は坊主、秋は黒髪、冬は変なパーマ、と季節毎に楽しめるという特典付きです。
どうぞ可愛がってやってください。』
……捨て犬、だと?
「はぁはぁ、信じられん。なんでこんなに重いんだ?」
肩で大きく息をしながら、流れ落ちる大粒の汗を拭う。足腰はガクガクだし、腕は痺れている。
「なんで連れて来てしまったんだろう……」
自らの行動に溜め息を漏らす。
関わり合いになるのはやめようと思ったのに、幸せそうな憎めない寝顔を見ていたら、風邪ひいてしまったら可哀想だという気持ちが芽生えてきてしまい、ずるずると引きずって部屋に連れ帰ってしまったのだ。
「感謝しろよ」
そう呟きながら、無精髭の生えたとても可愛いとは言い難い顔にデコピンすると、大きな体がビクッと跳ねて、ゆっくりと瞼が開いていった。
「あんた……誰? まぁいいや、腹減った」
「あっ……今すぐ作るから待ってろ」
玄関に置きっぱなしのビニール袋を手にとり、急いでキッチンに向かう。
色素の薄い透き通った綺麗な瞳に見とれてしまった……。
で、なんで飯を作っているんだ、俺は? キャベツの葉を剥いてる自分の姿に絶句する。
捨て犬はソファーに寝そべって、勝手につけたテレビを見て笑っている。
仕方ない、どうせ自分の分を作るつもりだったんだし、綺麗な瞳に免じて食べさせてやるか。感謝しろよ、とコトコト煮立ち始めた鍋の蓋を捨て犬に見立ててデコピンする。
「はいよ」
「おっ!」
出来上がった飯をテーブルに運ぶと、「いただきます」もせずにガツガツと食べ始めてしまった捨て犬。
これは、ちゃんと躾をしないと駄目だな。溜め息をつきながら、俺も箸を握って食べ始める。
「あんた、めちゃくちゃ飯作んの上手いのな」
「え……あぁ……ありがと」
胸が……キュンと鳴った。
な、なんでだ? 相手は俺より大きな男だぞ。
「おかわり!」と茶碗を差し出してくる捨て犬の笑顔を見て、鼓動は早くなるばかりだ。
調子狂うな、と嘆きながら飯をよそっている俺の顔が、食器棚のガラスに映る。笑顔だ……。
「はい、今日からここで暮らしてもいいぜ」
「マジ? やった!」
渡した茶碗を高く上げて喜んだ捨て犬は、またガツガツ食べ始めた。
それにしても、よく食べるな。これからは、特売品を毎日チェックしなければいけないな。
この時は、今の自分を想像すらしていなかった。
助けた男に『ペットの世話』を引き継いで欲しいと頼まれて、動物好きの俺は快諾した。
『ペットの世話』が、セレブ御用達の男子校の理事長だったなどとは知らずに。
右掌にずっしり食い込んでいるビニール袋が、歩みと共にガサガサ揺れる。
今日はキャベツが安かったので、ロールキャベツでも作ろうかと思って挽き肉を探しに行ったら、挽き肉も安かった。
そうそう、入浴剤が切れていたから新しいものを買ってきたんだった。色んな温泉の素の詰め合わせ。今日は、どこの湯に浸かろうかな……。
疲れで一文字に結ばれていた口元が緩んでいく。
ビニール袋を、重みで麻痺してきた右手から左手に持ちかえて、最後の一段を昇って部屋へと続く細い廊下を歩いていく。
「うわっ……」
なにかを踏んでしまった。なんだろう、このムギュっとした感覚は?
「……」
恐る恐る足元を見ると、あり得ないものが地面に這いつくばっていた。
「おい……大丈夫か?」
そこには金髪で黒のパーカーにジーンズ、スニーカー姿の大男が、両手両足伸ばしてうつ伏せに倒れていた。
もしかして行き倒れか? まさか、殺人じゃないだろうな?
「おい、生きてるか?」
大きな背中をまたいで顔を覗き込むと、スースーという吐息が聞こえた。
よかった、生きているようだ。しかし、この息遣い、もしかして寝ているのか?
こんな大男が倒れているのに、踏むまで気付かなかった俺も俺だけれど、こんなとこで寝ているこの人もこの人だ。
もうだいぶ暖かくなってきたし、外で寝ても風邪をひくくらいで死ぬことはないだろうし、関わり合いになるのは怖いからこのままにしておこうか……。
「ん?」
部屋に帰るために立ち上がろうとすると、大男の脇に落ちている紙切れが目に入った。
なんだろうと気になって拾い上げてみると、そこにはマジックで乱雑に書かれた文字が並んでいた。
『名前はポチと言います。
見た目は恐いですが、愛嬌があってとても可愛い良い子です。
番犬には最適ですし、春は金髪、夏は坊主、秋は黒髪、冬は変なパーマ、と季節毎に楽しめるという特典付きです。
どうぞ可愛がってやってください。』
……捨て犬、だと?
「はぁはぁ、信じられん。なんでこんなに重いんだ?」
肩で大きく息をしながら、流れ落ちる大粒の汗を拭う。足腰はガクガクだし、腕は痺れている。
「なんで連れて来てしまったんだろう……」
自らの行動に溜め息を漏らす。
関わり合いになるのはやめようと思ったのに、幸せそうな憎めない寝顔を見ていたら、風邪ひいてしまったら可哀想だという気持ちが芽生えてきてしまい、ずるずると引きずって部屋に連れ帰ってしまったのだ。
「感謝しろよ」
そう呟きながら、無精髭の生えたとても可愛いとは言い難い顔にデコピンすると、大きな体がビクッと跳ねて、ゆっくりと瞼が開いていった。
「あんた……誰? まぁいいや、腹減った」
「あっ……今すぐ作るから待ってろ」
玄関に置きっぱなしのビニール袋を手にとり、急いでキッチンに向かう。
色素の薄い透き通った綺麗な瞳に見とれてしまった……。
で、なんで飯を作っているんだ、俺は? キャベツの葉を剥いてる自分の姿に絶句する。
捨て犬はソファーに寝そべって、勝手につけたテレビを見て笑っている。
仕方ない、どうせ自分の分を作るつもりだったんだし、綺麗な瞳に免じて食べさせてやるか。感謝しろよ、とコトコト煮立ち始めた鍋の蓋を捨て犬に見立ててデコピンする。
「はいよ」
「おっ!」
出来上がった飯をテーブルに運ぶと、「いただきます」もせずにガツガツと食べ始めてしまった捨て犬。
これは、ちゃんと躾をしないと駄目だな。溜め息をつきながら、俺も箸を握って食べ始める。
「あんた、めちゃくちゃ飯作んの上手いのな」
「え……あぁ……ありがと」
胸が……キュンと鳴った。
な、なんでだ? 相手は俺より大きな男だぞ。
「おかわり!」と茶碗を差し出してくる捨て犬の笑顔を見て、鼓動は早くなるばかりだ。
調子狂うな、と嘆きながら飯をよそっている俺の顔が、食器棚のガラスに映る。笑顔だ……。
「はい、今日からここで暮らしてもいいぜ」
「マジ? やった!」
渡した茶碗を高く上げて喜んだ捨て犬は、またガツガツ食べ始めた。
それにしても、よく食べるな。これからは、特売品を毎日チェックしなければいけないな。
この時は、今の自分を想像すらしていなかった。
助けた男に『ペットの世話』を引き継いで欲しいと頼まれて、動物好きの俺は快諾した。
『ペットの世話』が、セレブ御用達の男子校の理事長だったなどとは知らずに。
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