王道学園に通っています。

オトバタケ

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オレンジ

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 オレンジ色に染まる保健室。四方をカーテンで囲まれたベッドの上で横わたる俺の上に覆い被さっているのは保健医だ。
 艶かしい女性なんかではない。三十路男の保健医だ。

『俺を誘惑してるのか?』

 持病の偏頭痛で四日続けて保健室で休んでいたら、そう声を掛けられて、そのまま保健医に襲われた。
 それから、何度かここでこういうことをしている。
 別に保健医が好きなわけじゃない。ただ、なんとなく、流れで。

「先生ー! ひじ擦りむいちゃったから消毒頼むわ」

 ガランと勢いよく保健室の扉が開く。

「あれ、先生いないの? また仕事サボって寝てんのか? おーい、患者が来たぞー」

 張りのある明るい声が近付いてきて、保健室の扉と同じで勢いよく開けられたカーテン。

「え……何……やってんの?」

 毎回、保健室の鍵はかけずに事に及んでいるから、何度か他の生徒に見られたことはあった。
 でも、誰もが何も見なかったような顔をして、足早に保健室から立ち去っていった。

「え……お前、鏑木……か?」

 誰かが入ってきても関係なく、むしろ見られて燃えるようで、より鼻息が荒くなってきた保健医の腕の中で、ぼんやりと逃げていくであろう生徒を見上げると、見覚えのある顔がそこにあった。
 こいつは、同じクラスの熱血馬鹿だ。無駄に正義感が強くて糞真面目で、行けるわけがない甲子園を本気で目指しちゃってる、俺の苦手なタイプだ。

「行くぞ」

 泥だらけの野球部のユニフォームから伸びる、こんがり焼けた腕が俺の腕を掴んで引っ張ってきて、するりと体がベッドから抜け出た。
 ずんずんと歩く熱血馬鹿に、教室まで連れてこられた。

「鏑木は……先生のこと、好き、なのか?」

 はだけたシャツのボタンをはめている俺に、聞きにくそうに訊ねてくる熱血馬鹿。

「別に」
「好きじゃないのに、あんなことしてるのか?」

 そんなに目を丸くしてびっくりするようなことじゃないのに。
 不純同性交遊なんて珍しくないこの学園にいて、どうしてお前は、そんなに純情で真っ直ぐなんだよ。

「気持ちいいことは嫌いじゃないからね。でも、なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねーわけ? 俺が誰と寝ようが、お前には関係ないだろ」

 睨み付けて冷たく言い放つと、悲しそうな表情を浮かべた熱血馬鹿は、窓の外のもう少しで沈む夕日に目を向けた。
 スライディングした時にでもできたのだろうか、左ひじの擦り傷が赤く滲んでいる。

「血」

 ズボンのポケットから、ハンカチを取り出して熱血馬鹿に渡す。

「え……いいよ。そんな白いハンカチに血がついたら、もう使えなくなるぞ。あとで水で流しとくから大丈夫」

 ハンカチを押し返してきた熱血馬鹿の左腕を掴んで引き寄せて、ひじの擦り傷に舌を這わせる。

「なっ……何……するんだよ」

 うわずった声。オレンジ色に染まっていても紅潮してるのが分かる顔。

「消毒」

 ニヤっと笑う俺の腕を乱暴に掴み、教室を出ていく熱血馬鹿。
 連れていかれたのは、水道の前だ。

「口ん中に砂が入ったろ。ちゃんと洗い流せ」

 蛇口を上向きにし水を出して、そう指示してくる。

「俺は、ひじを洗うから」

 隣の蛇口をひねり、左ひじを洗い始めた熱血馬鹿の横で、グプグプとうがいをする。
 ひじを洗っている熱血馬鹿が顔を向けてきて、その様子を確認すると安心したように笑った。
 目尻に皺を寄せてニカッと笑うこいつの笑顔は、嫌いじゃないかも。

「あのさ……先生のこと好きじゃないんなら、もうあんなことするな」

 再び教室に戻り、俺に背を向けてグランドで練習を続けている野球部の仲間を眺めながら、熱血馬鹿が呟くように言う。

「何、お前のお得意の正義感振りかざしてんの?」
「違ぇよ。そんな立派なもんじゃねぇよ。ただ……」

 泥と汗の青春の匂いが香る筋肉質な体に、ふわっと包まれる。

「好きな奴が、そーゆーことしてて喜ぶ奴なんていないだろ……」

 語尾が聞こえないくらいの弱々しい声が、耳許を擽った。

「何、お前、俺に惚れてんの?」

 なんだろう、苦手なタイプの筈なのに、嫌な気がしない。

「お前がどうしてもって言うなら、もう保健室には行かねーよ」

 熱血馬鹿の背中に腕を回して、抱き締め返す。
 オレンジ色に染まる教室の窓際で、こういうのは嫌いじゃないかもって思った。
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