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翼を広げて1
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「なんじゃこりゃ?」
行く手を阻む高い門を見上げる。門の奥にあるのは、西洋の城みたいな建物だ。
金持ちばかりが集まる学園だとは聞いていたけど、金が有りすぎると感覚がおかしくなるんだろうか?
「マサ兄は庶民的なのにな」
マサ兄は、俺の母ちゃんの弟だ。この全寮制の男子校で今年から理事長をやっている。なんか、前の理事長に気に入られて任されたらしい。
隣県のごく普通の公立高校に通っていた俺は、「折角だから」とこの学園に転入することになった。何が「折角だから」なのか分かんねぇが、イケイケの両親に勝手に手続きをされて、今に至るってわけだ。
「転校早々に遅刻とか勘弁なんだけど」
正門から入って来いと言われたんだが、門は開いてないし、昇れるような高さじゃない。
どうしたものか、と校舎なんだろう城みたいな建物に目をやると、入口から誰かが出てきてこっちに向かってくるのが見えた。迎えにきてくれたんだな、とホッと胸を撫で下ろす。
「すいませーん」
迎えに来てくれた人に気付いてもらえるように、大声で叫んで手を振る。縁なしの眼鏡を掛けた長身のその人は、俺と同じ学園の制服を着ている。
なんで生徒が迎えにくるんだ? 普通、先生とかが来るんじゃねーの? 迎えじゃないのか?
俺の心配をよそに、その人はこっちに向かって真っ直ぐ歩いてくる。近付いて来たその人は、知的な雰囲気を漂わせたイケメンだった。
「転校生の方ですか?」
ちょっと低めの声と柔らかい口調が、見た目とピッタリだ。落ち着いていて大人な雰囲気で、きっとモテるんだろうな。
顔も体も平均的で平凡な俺には出来ない体験とか、しちゃってるんだろうな。って、羨ましがってる場合じゃねーな。
「そうなんですが、入れなくて困ってるんですよ」
「右手に三十メートルほど進んだ所に通用口がありますので、そちらからお入りください。私もそちらに移動しますので」
にこやかに告げてきたその人が、教えてくれた方向に移動していく。
入れないなら、正門の意味ねーんじゃねぇ? 正門を一度見上げてから、俺も教えてもらった方向に走った。
「転校生は、あなただけですか?」
無事に学園内に入ると、知的イケメンが不思議そうに聞いてきた。
「たぶんそうじゃないですか? 他には誰もいなかったし」
「おかしいですね……」
知的イケメンが首を傾げる。
「何が、おかしいんですか?」
「転校生は、マリモのような頭で、牛乳瓶の底のような厚いレンズの眼鏡を掛けていると聞いていたのですが……」
なんじゃそりゃ……って、
「あぁぁっ!」
急に大声を上げてしまった俺に、ビクッと体を強張らせた知的イケメンが怪訝そうに俺を見る。
「変なカツラと変な眼鏡を掛けて登校しろって、マサ兄に言われてたんだ」
ダサいから嫌だって断ったのに、絶対着けてこいって言われてたんだ。理由を聞いても教えてくれなかったけど、転校初日に笑いを取れってことかなって理解して着けてこようと思ってたのに、すっかり忘れてた。
知的イケメンを見ると、貼り付けたような作り笑いを浮かべている。絶対、気持ち悪い奴って思われてるよ。
「あ、あの……マサ兄って言うのは俺の叔父さんで、この学園の理事長やってて……」
「あなたは、理事長の甥なんですか?」
「はい……って、あぁぁっ!」
マサ兄から、それは他の生徒に言うなって言われてたんだった。
「あの……このことは内緒にしといてもらってもいい? マサ兄から言うなって言われてたんで……」
あたふたしている俺を見て、知的イケメンがフフフと妖しげに笑う。
「秘密にしといてやるから、俺の秘密も教えてやるよ」
え、何? いきなり口調が変わったんですけど。
知的イケメンを見ると、柔らかかった笑顔が不敵な笑みに変わっている。
「俺は、生徒会副会長の如月修司(きさらぎしゅうじ)。さっきまでの俺は表向きの顔。こっちが素の顔。素って言っても一人の時にしか出さない顔だから、知ってるのはお前だけだけどな」
「何で誰も素の顔を知んねーの?」
「表向きの顔をするように親に仕込まれてきたからな。如月財閥を継ぐ人間は、こうあるべきだって」
「へー、なんか大変なんだな」
金持ちに生まれりゃ、何でも欲しいもんが手に入って幸せなのかなとか思っちゃってたけど。
「お前、如月財閥って知ってる?」
「いや、そーゆーのに詳しくねーから」
「だろうな。知ってたら、タメ口じゃ喋れねーからな」
あっ、本当だ。色々ビックリして、敬語を使うの忘れてた。金持ちとか庶民とか関係なく、初対面でいきなりタメ口は非常識だよな。
「えっと、俺……ワタクシは、この学園の二年に転校してきました、向井翼(むかいつばさ)と申します」
きちんとお辞儀をして顔を上げると、表向きの顔の時の大人っぽい笑顔じゃなく、ガキっぽい笑顔があった。
「無理に敬語使わなくてもいいし。向井っておもしれーな」
「おもしれーって、挨拶は大事だろ」
挨拶と感謝の気持ちは忘れちゃなんねーものよ。
「そろそろ行かねーとヤベーな」
高そうな腕時計を見た副会長が、歩き始める。
「向井って一人部屋か?」
「そのはずだよ」
基本的に寮は二人部屋だけど、二年の生徒は偶数だから、俺は二人部屋を一人で使うことになるってマサ兄から聞いている。
「遊びに行ってもいいか?」
「いいよ。素で話したくなったら、いつでも来いよ」
転校初日で、しかも校舎に入る前に、いきなりお友達ゲットしちゃったよ。
早足で歩く副会長に付いていくけど、まだまだ校舎に辿り着かない。どんだけ広いの、ここ?
「なんで生徒会の副会長が迎えにきたの?」
「先生に頼まれたからだ。面倒くせーなって思ってたけど、向井に会えたから来てよかったよ」
なんか照れ臭いな。
「副会長は、俺と同じクラスなの?」
「二人きりの時は、修司って呼べばいい。俺は三年だから、残念ながらクラスは違う」
「修司……さん、先輩だったんですか」
先輩にタメ口はいかんよな。
「呼び捨てでいいし、タメ口のままで構わない。むしろ、素の時はそうして欲しい」
「分かった。じゃあ、俺のことも翼って呼んでくれていいよ」
素の自分を隠さなきゃいけないって辛いもんな。俺は、修司のオアシス的な存在になってやろう。人と話すの好きだしね。
話しているうちに、校舎の入口まで来た。
「校舎に入ったら表向きの顔に戻さなきゃなんねーから、ここで翼と連絡先交換してもいいか?」
「いいよ」
お互いの携帯を出して、連絡先を交換する。
「職員室はあちらですので、私はここで失礼します」
「ありがとうございました」
校舎に入り、表向きの顔に戻った修司に職員室の近くまで案内してもらって別れる。なんとか遅刻はせずに辿り着けたみたいだ。
これから始まる学園生活が楽しいものだといいんだけどな。期待と不安で少し汗ばんだ手で、職員室のドアを開けた。
行く手を阻む高い門を見上げる。門の奥にあるのは、西洋の城みたいな建物だ。
金持ちばかりが集まる学園だとは聞いていたけど、金が有りすぎると感覚がおかしくなるんだろうか?
「マサ兄は庶民的なのにな」
マサ兄は、俺の母ちゃんの弟だ。この全寮制の男子校で今年から理事長をやっている。なんか、前の理事長に気に入られて任されたらしい。
隣県のごく普通の公立高校に通っていた俺は、「折角だから」とこの学園に転入することになった。何が「折角だから」なのか分かんねぇが、イケイケの両親に勝手に手続きをされて、今に至るってわけだ。
「転校早々に遅刻とか勘弁なんだけど」
正門から入って来いと言われたんだが、門は開いてないし、昇れるような高さじゃない。
どうしたものか、と校舎なんだろう城みたいな建物に目をやると、入口から誰かが出てきてこっちに向かってくるのが見えた。迎えにきてくれたんだな、とホッと胸を撫で下ろす。
「すいませーん」
迎えに来てくれた人に気付いてもらえるように、大声で叫んで手を振る。縁なしの眼鏡を掛けた長身のその人は、俺と同じ学園の制服を着ている。
なんで生徒が迎えにくるんだ? 普通、先生とかが来るんじゃねーの? 迎えじゃないのか?
俺の心配をよそに、その人はこっちに向かって真っ直ぐ歩いてくる。近付いて来たその人は、知的な雰囲気を漂わせたイケメンだった。
「転校生の方ですか?」
ちょっと低めの声と柔らかい口調が、見た目とピッタリだ。落ち着いていて大人な雰囲気で、きっとモテるんだろうな。
顔も体も平均的で平凡な俺には出来ない体験とか、しちゃってるんだろうな。って、羨ましがってる場合じゃねーな。
「そうなんですが、入れなくて困ってるんですよ」
「右手に三十メートルほど進んだ所に通用口がありますので、そちらからお入りください。私もそちらに移動しますので」
にこやかに告げてきたその人が、教えてくれた方向に移動していく。
入れないなら、正門の意味ねーんじゃねぇ? 正門を一度見上げてから、俺も教えてもらった方向に走った。
「転校生は、あなただけですか?」
無事に学園内に入ると、知的イケメンが不思議そうに聞いてきた。
「たぶんそうじゃないですか? 他には誰もいなかったし」
「おかしいですね……」
知的イケメンが首を傾げる。
「何が、おかしいんですか?」
「転校生は、マリモのような頭で、牛乳瓶の底のような厚いレンズの眼鏡を掛けていると聞いていたのですが……」
なんじゃそりゃ……って、
「あぁぁっ!」
急に大声を上げてしまった俺に、ビクッと体を強張らせた知的イケメンが怪訝そうに俺を見る。
「変なカツラと変な眼鏡を掛けて登校しろって、マサ兄に言われてたんだ」
ダサいから嫌だって断ったのに、絶対着けてこいって言われてたんだ。理由を聞いても教えてくれなかったけど、転校初日に笑いを取れってことかなって理解して着けてこようと思ってたのに、すっかり忘れてた。
知的イケメンを見ると、貼り付けたような作り笑いを浮かべている。絶対、気持ち悪い奴って思われてるよ。
「あ、あの……マサ兄って言うのは俺の叔父さんで、この学園の理事長やってて……」
「あなたは、理事長の甥なんですか?」
「はい……って、あぁぁっ!」
マサ兄から、それは他の生徒に言うなって言われてたんだった。
「あの……このことは内緒にしといてもらってもいい? マサ兄から言うなって言われてたんで……」
あたふたしている俺を見て、知的イケメンがフフフと妖しげに笑う。
「秘密にしといてやるから、俺の秘密も教えてやるよ」
え、何? いきなり口調が変わったんですけど。
知的イケメンを見ると、柔らかかった笑顔が不敵な笑みに変わっている。
「俺は、生徒会副会長の如月修司(きさらぎしゅうじ)。さっきまでの俺は表向きの顔。こっちが素の顔。素って言っても一人の時にしか出さない顔だから、知ってるのはお前だけだけどな」
「何で誰も素の顔を知んねーの?」
「表向きの顔をするように親に仕込まれてきたからな。如月財閥を継ぐ人間は、こうあるべきだって」
「へー、なんか大変なんだな」
金持ちに生まれりゃ、何でも欲しいもんが手に入って幸せなのかなとか思っちゃってたけど。
「お前、如月財閥って知ってる?」
「いや、そーゆーのに詳しくねーから」
「だろうな。知ってたら、タメ口じゃ喋れねーからな」
あっ、本当だ。色々ビックリして、敬語を使うの忘れてた。金持ちとか庶民とか関係なく、初対面でいきなりタメ口は非常識だよな。
「えっと、俺……ワタクシは、この学園の二年に転校してきました、向井翼(むかいつばさ)と申します」
きちんとお辞儀をして顔を上げると、表向きの顔の時の大人っぽい笑顔じゃなく、ガキっぽい笑顔があった。
「無理に敬語使わなくてもいいし。向井っておもしれーな」
「おもしれーって、挨拶は大事だろ」
挨拶と感謝の気持ちは忘れちゃなんねーものよ。
「そろそろ行かねーとヤベーな」
高そうな腕時計を見た副会長が、歩き始める。
「向井って一人部屋か?」
「そのはずだよ」
基本的に寮は二人部屋だけど、二年の生徒は偶数だから、俺は二人部屋を一人で使うことになるってマサ兄から聞いている。
「遊びに行ってもいいか?」
「いいよ。素で話したくなったら、いつでも来いよ」
転校初日で、しかも校舎に入る前に、いきなりお友達ゲットしちゃったよ。
早足で歩く副会長に付いていくけど、まだまだ校舎に辿り着かない。どんだけ広いの、ここ?
「なんで生徒会の副会長が迎えにきたの?」
「先生に頼まれたからだ。面倒くせーなって思ってたけど、向井に会えたから来てよかったよ」
なんか照れ臭いな。
「副会長は、俺と同じクラスなの?」
「二人きりの時は、修司って呼べばいい。俺は三年だから、残念ながらクラスは違う」
「修司……さん、先輩だったんですか」
先輩にタメ口はいかんよな。
「呼び捨てでいいし、タメ口のままで構わない。むしろ、素の時はそうして欲しい」
「分かった。じゃあ、俺のことも翼って呼んでくれていいよ」
素の自分を隠さなきゃいけないって辛いもんな。俺は、修司のオアシス的な存在になってやろう。人と話すの好きだしね。
話しているうちに、校舎の入口まで来た。
「校舎に入ったら表向きの顔に戻さなきゃなんねーから、ここで翼と連絡先交換してもいいか?」
「いいよ」
お互いの携帯を出して、連絡先を交換する。
「職員室はあちらですので、私はここで失礼します」
「ありがとうございました」
校舎に入り、表向きの顔に戻った修司に職員室の近くまで案内してもらって別れる。なんとか遅刻はせずに辿り着けたみたいだ。
これから始まる学園生活が楽しいものだといいんだけどな。期待と不安で少し汗ばんだ手で、職員室のドアを開けた。
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