被害妄想プリンス

オトバタケ

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 日曜日になった。先輩との待ち合わせ場所は、博物館の最寄り駅だ。
 俺は今、改札を出てすぐのベンチに座って、掲示板に張られたポスターをぼんやり眺めている。城をバックに鯉のぼりが泳ぐ、観光宣伝のポスターだ。

(もうすぐゴールデンウィークが来るのか)

 学校に慣れ始めてきたところで、やってくる連休。連休明けに登校したら、また入学当初の、お前なんかいてもいなくても何も変わらないし、という状態になるのではないかという、不安が募ってくる。
 いつもは嬉しい連休も、今年は憂鬱だ。そんな俺を嘲笑うかのように、駅前の花壇の花達が太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。

(えっと、次に電車が来るのは……)

 時刻表に目をやり、次の電車の到着時間を確認する。
 実は、待ち合わせ時刻より二時間も早く着いてしまったのだ。
 夜明け前に目が覚めてしまって、やることがなくて暗いうちから身支度をし始めたら、明るくなってからやることがなくなってしまった。予習がてら日本刀図鑑を眺めていたが、それでも時間はなかなか過ぎず、我慢出来ずに家を出たのだ。
 本でしか見たことのない日本刀が生で拝められるのが、そんなに嬉しいのかよ、俺。クリスマスが終わってすぐに、「来年はこれをください」ってサンタに手紙を書いちゃうガキ並みじゃん。つーか、例えが微妙だぞ、俺。

(便所、行こ)

 もうすぐ電車が来るけれど、まだ先輩は来ないだろうからな。

「……」

 用を足して改札に戻ろうとすると、姿見に映る自分と目が合った。
 紺色のパーカーにジーンズという、平凡にはお似合いの平凡スタイルだ。
 先輩がどんな格好で来るのか分からないが、何を着たってプリンスに違いないだろう。
 先輩と並んでも見劣りしない格好をしなくてはと、初デート前日の乙女かよってくらい何を着ていくべきか悩みに悩んでいたが、俺がどんな格好しようが、どうせみんな先輩に釘付けで誰も俺なんか見ないだろう。そう気付き、目を瞑って適当に掴んだこの服を着てきたのだ。

 改札に近付くと、さっき俺が座っていたベンチの辺りに十人程の人垣ができてザワザワしていた。
 え、俺、ベンチで漏らしちゃってた?
 股間を触るが、濡れた跡はない。って、んなわけねーじゃん、とツッコミみながら、中学生だろう女の子のグループの間から人々が見つめている先を確認する。

「せ、先輩!?」
「蒼井くん」

 俺に気付いた先輩が、人垣の間をぬって俺に歩み寄ってくる。先輩の動きと共に、集まった人々の目がこちらを向く。ハートを浮かべた二十個の目玉が俺の横に立つ、着流し姿の先輩に酔いしれている。
 服選びの際、先輩の服装を何パターンかシミュレーションしたが、流石に着流しは思い浮かばなかった。つーか、なんで着流し? 日本刀を見に行くから?
 着流しを着てもプリンスはプリンスで、和洋折衷のミステリアスな美男子に、周りから先輩に対する憧れと称賛の囁きが聞こえる。

「蒼井くん、行こう」

 今にも泣き出しそうな表情の先輩が、弱々しい声で言う。
 なになに、照れてんの? 羨望の眼差しで見つめられていたプリンスの弱味を握っちゃったみたいで、ちょっと勝ち誇った気分になる。

「女の子達に見つめられて、恥ずかしくなっちゃったんっすか?」

 人影のない海沿いの遊歩道まで来ると、ちょっと意地悪っぽく言う。

「こんな見た目のくせに、着流しを着るなんて恥知らずだと罵倒されてしまったね……」

 どこをどう見たら、そういう結論にいたるんですか?

「いやいや、罵倒なんて誰もしてませんでしたよ」
「では、日本刀を拝見するのに、普段着で来てしまったのを注意されたのか……。やはり袴を穿いてくるべきだった」

 えー、そっち? つーか、着流しが普段着なの?

「先輩、その着流し、凄く似合ってますよ」

 本当に普段着なのだろう。違和感なく板についている。

「それは、君の本心かい?」
「はい」

 満面の笑みで答えると、先輩が恥ずかしそうに笑い返してきた。

「日本刀展、楽しみですね」
「あぁ」

 あの太陽のみたいにキラキラ輝く笑顔になった先輩と、博物館へと向かう。
 日本刀展は予想以上に良く、名刀の数々にテンションあがりまくってしまった。
 先輩はというと、俺以上にテンションあがっちゃっていて、お菓子の城に来た子供みたいな目で日本刀を眺め、ずっと俺に日本刀への思いを語っていた。

 閉館のアナウンスが流れてきて、もうそんなに時間が経っていたのだと知った。
 博物館を出て、海沿いの遊歩道に置かれたベンチに腰掛け、先輩が買ってくれた缶お汁粉を啜りながら、赤く染まり始めた空と海を眺める。海風で乱れた髪を直す先輩の姿がやけに色っぽくて、鼓動が早くなってしまう。
 男もドギマギさせるなんて、着物マジックすげー。俺も着物をきたら、モテちゃったりするのかな?
 モテるわけないよな、平凡は平凡のままだよな……。

「蒼井くんは綺麗だね」
「あぁ、髪ですか? 黒から金にすんのは問題ありだけど、金から黒なら問題ないし、染めちゃってもいいんじゃないっすか?」

 またその話かよ、とちょっと投げやりに答える。

「違うよ。蒼井くん自身が綺麗だって言っているんだよ」
「はい?」

 こんな平凡野郎のどこが?
 何を言い出すんだと先輩の方を振り向くと、俺を真っ直ぐ見つめる翡翠みたいな瞳と視線がかち合った。
 つーか、このシチュエーション、男女なら完璧に告白じゃないですか。瞳を閉じてチューって展開でしょ? なんか、ドキドキしてきたんですけど……。

「俺も、君のような綺麗な心になりたいよ……」

 ですよね~、やっぱ見た目の話じゃないですよね~。つーか、俺の心はひん曲がってて、ちっとも綺麗じゃないけど。

「何故、人は魂だけじゃないんだろうね」

 遥か彼方の水平線に半分ほど沈んだ太陽に目を向けて、先輩が呟く。

「カタチなんていらないのに」

 誰もが羨むその美貌も、先輩にとっては、ただの入れ物だ。包装が美し過ぎるせいで、中身を開けてもらえない贈り物と一緒なのだ。

「俺、先輩の中身、好きっすよ」
「ありがとう」

 名前に相応しくなろうと頑張っていて、好きなものに夢中で少年みたいにキラキラしていて。
 ちょっと被害妄想が酷いけど……。

「蒼井くん、こんな俺でよかったら、友達になって貰ってもいいかい?」
「もちろん」

 闇に包まれ始めた道を、友達と笑い合いながら駅まで歩いた。
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