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1章

7時

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6時40分。SBI(学校捜査局)捜査チームの一つのボス、スーザン・ベケットは、硝子張りのオフィスの会議室にチームを集めていた。会議室の中心にあるホワイトボードには、事件の詳細や被疑者の顔が張り出され、広い机の上には捜査資料が並んでいる。

チームのメンバーは、自分を含めて6名。副官に置いているリアム・コナー、現場部隊のジャクソンとカミングス。分析官のティム・リー、そして新入りのマイケル・シーン。

そこまで複雑な事件ではないし、少し詰めの甘い被疑者だから朝を狙えば確実に確保できる。だが、ベケットは被疑者への警戒心を確保するその瞬間まで、緩める気はなかった。

「7時きっかりに男子寮に到着すること。部屋の前で待機して。気は決して抜かないで。」

ベケットは集めたチームに向けて、なるだけ落ち着いた声で、一人一人の目を見た。

「もっと早く待機した方がいいのでは?逃げられるかも。」

副官のリアム・コナーは低い声で言った。だが彼が憂わしげな表情になるのは無理もない。被疑者には職員室から試験問題と解答を盗み出した前科がある。

「そうしたいけど、規則よ。もどかしいけど我慢して。」

ベケットは淡白に返事をした。本当に規則を守るのなら7時にオフィスを出なければならないのである。これでも特別措置なのだ。

「ジャクソン、カミングス、行ってきて。シーンも連れて行って。ティム、監視カメラを見てて。」

ベケットが指示をすると、みな『了解』と言って会議室を出て行った。現場部隊はキビキビとオフィスを出発した。

6時55分。無線が入った。

“準備完了。待機します。”

現場部隊が被疑者の部屋の前でぴったりと張り付いたようだ。

「7時ぴったりに突入して。絶対逃がさないで。」

“了解”

張り詰めた空気が流れた。ベケットもコナーも一言も発しなかった。刻々と時計の針が時間を刻んでいた。時この5分間が永遠のように思える。時計の針はようやく7時を指した。現場部隊が突入した。ベケットはごくりと生唾を飲み、逮捕の連絡を待った。

“アンドリュー・パーカーは部屋にはいません。”

無線で報告を受けたベケットは肩を落とす。苛立った憤りがじりじりと胸の奥に食い込んでいた。察知して逃げるとは。してやられた。

「コナー、アンドリュー・パーカーを指名手配して。」

コナーは了解といって、ズンズンと会議室を出て行った。入れ替わるように、分析官のティムがベケットのオフィスへ入ってきた。

「ボス、突入チームの準備が整う2分前にはパーカーは部屋を出ています。彼の部屋の前にある監視カメラが捉えてました。」

「なぜ早く言わなかったのよ?」

「僕のミスで、カメラにアクセスするのに時間がかかりました。不注意です。すみません。」

「その後は?」

ベケットはミスをしたというのに飄々としているティムを前に、じんじんと音を立てて湧き上がってくる怒りをなんとか押さえつけていたが、口調は強まるばかりだった。

「抜け目がないようで、どこにも映ってません。まだ寮の中に潜んでいるかと。」

「分かった。今後も監視を続けて」

「了解、ボス。」

ティムはそう返事をして、部屋から出ていそいそと自分のデスクへ戻っていった。ベケットは無線を手に取って現場部隊からの報告を促した。

”部屋は証拠品の宝庫です。これまでの盗品と思われるものがベッドの下にわんさかと。”

「ありがとうジャクソン。手分けして、寮の中も捜索して。まだ外には出てないはず。」

”了解”

悪事を働き、逃げおおせるのは許さない。この世には誠実に生きている人が多くいるのだ。卑怯者が得をする社会であってたまるか。

ベケットは息を大きく吸い込み、ふっと鋭く吐き出した。彼女のつくる捜査網をかいくぐるのは不可能だ。
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