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シウバリスが森に移り住んでから早一月が経った。今では彼の周囲も見違えるほど充実し、不自由ない生活を送れている。自作の小屋に家具一式。木の伐採は更に進み、畑の予定地も出来ている。村にも一度だけ訪れ、狩りで手に入れた毛皮や爪、牙、採取で集めた薬草等を売り、調味用や毛布、服やらを交換した。これで彼の生活の衣食住が完成したのだ。
家が完成してからという物、平和な生活を送れていた。だがここは最近まで人の手が入っていなかった森の中だ。温厚な野性生物からモンスターと呼ばれる狂暴生物まで、多種多様な生き物が数多く生息している。彼らにとってシウバリスは、縄張りを荒らす新参者でしかない。その牙は、気付かぬうちに背後まで迫っているかもしれない。
その日の夕暮れ時。シウバリスは奇妙な音を聴いた。狼の遠吠えや鹿の足音のような音ではない。聴いたこともない、不気味な物音。音自体は大して大きいものではなく、例え耳を済ましたとしても草木がなにかと擦れる音が聞こえる程度だ。
(……なにかがいるのは確かだが……)
家の近くで木材加工に励んでいたシウバリスは、急ぎ側に備えていた剣と盾を身につけ、不穏な気配を辿る。
程なく、それは姿を表す。それまで彼が何処に居たのかは分からない。物音が殆どしなかったせいもあって、シウバリスからすれば突然目の前に現れたように見えた。明らかにこの森にそぐわぬ風貌。シウバリスを探してきたのか、それとも食料を求めて移ってきたのか、例えどんな理由があろうとも、シウバリスはそれを対処しなければならない。
夕日を浴び黒く光る八本の細い脚。細いと言ってもそれは奴の体に対してのものであり、実際にはそこらに乱立する立木にも似た太さを持っている。節を持つその脚の全長はシウバリスの身長を優に越え、先端が刃物のように鋭く尖っていた。それはまるで巨大な槍のよう。その脚に貫かれてしまえば一溜まりもないのは明白だ。更には真っ赤な六つの複眼。そう、現れたのは巨大な蜘蛛だった。長い脚は折り畳まれていて、現在の蜘蛛の高さはシウバリスより少し高い程度。木よりも低い全高のせいで、ここまでの接近を許してしまった。通常で見る蜘蛛に比べればなんと恐ろしいことか。ただ巨大なだけでこんなに不快感が増すものかと、シウバリスは笑った。蜘蛛はどこを見ているのかは判断つきにくいが、確かに、まっすぐシウバリスの方へと向かってきている。
(あれは……確か鉱槍蜘蛛だったか。そもそもこの森にいる奴じゃ無い。もっと南の方にいたはずだ……迷い混んだか?)
だとすればなんと遠出をしてきたことか。彼の疑問は疑問のままだが、このまま見過ごすわけにもいかない。既にこの場はシウバリスの生活の基盤を成している。これを壊されてはたまったものではない。
(全く……討伐第三級が戦う相手じゃないぞ)
家の陰に隠れながら、腰の道具袋に手を伸ばす。
(効くかわからんが発光が二つ……炸裂は三つ。森の中で火は使いたくないが状況によりけりだな。問題は……剣が効くか、か)
戦力は芳しくない。それでも昔のような根無し草ではないのだから抗わなければならない。シウバリスは静かに深呼吸をすると腹をくくる。
鉱槍蜘蛛は家の近くまで来ると周囲の様子を伺った。少し足を延ばし体を高く持ち上げる。高さ的に蜘蛛がどこを見ているのか、シウバリスには分からないが、難度か顔を振っているのを見るに、なんとなく動向が読み取れた。蜘蛛は暫くそうした後、満足したのか再び足を畳む。それから後ろの六本の足を地に着けたまま、前にある二本の足を持ち上げた。その先にはシウバリスが住むあばら家。建物を壊す気だ。
(今だ!!)
シウバリスは急ぎ家の陰から飛び出した。鉱槍蜘蛛は、突如現れた敵に慌てて標準を合わせる。振り下ろされる二つの脚。シウバリスはその脚に対し、盾を構える。
振り下ろされた脚の一つが、シウバリスの構える盾とかち合った。凄まじい衝撃が彼の腕を襲う。だが堪えきれないほどではない。彼は盾を僅かに傾けていて、鉱槍蜘蛛の足を受け流したのだ。がりがりと表層を削り取りながら地面に突き刺さる節足。それを尻目に尚も突進を続けるシウバリスは、向かって右にある脚の一本へと剣を振るった。
ガギン!!
内から払うように振るった腕に伝わる、金属を殴ったような感触。鈍い衝撃が腕に走るが、その一撃によって僅かに足の装甲を拉げることはできた。しかし、捥ぐまでには至らない。余りの硬さに、鉄の欠片が宙を舞う。
「ははっ! 全く相性の悪いことだ!」
少し欠けた剣を見てそう毒づくシウバリス。諦めにも取れる笑みを浮かべたまま体を転身。一回転しながら更なる力で剣を振るった。
「うおおおお!!」
拉げた足目掛けての二度目の剣戟。これによりその足は切り飛ばされることになる。
『ギシャアアアア!!』
不快な奇声を上げる鉱槍蜘蛛。ところが痛がる様子は一切なく、瞬時に左側の脚の一本をシウバリスに伸ばした。
「がっ!?」
盾の上から降りかかる衝撃。力の限り剣を振るった体勢ではその衝撃を堪えることはできず、盾もろともシウバリスの体が宙を舞う。揺れる視界、その最中で必死に蜘蛛の姿を追うと、蜘蛛の真っ赤な目がこちらを見ていた。
家が完成してからという物、平和な生活を送れていた。だがここは最近まで人の手が入っていなかった森の中だ。温厚な野性生物からモンスターと呼ばれる狂暴生物まで、多種多様な生き物が数多く生息している。彼らにとってシウバリスは、縄張りを荒らす新参者でしかない。その牙は、気付かぬうちに背後まで迫っているかもしれない。
その日の夕暮れ時。シウバリスは奇妙な音を聴いた。狼の遠吠えや鹿の足音のような音ではない。聴いたこともない、不気味な物音。音自体は大して大きいものではなく、例え耳を済ましたとしても草木がなにかと擦れる音が聞こえる程度だ。
(……なにかがいるのは確かだが……)
家の近くで木材加工に励んでいたシウバリスは、急ぎ側に備えていた剣と盾を身につけ、不穏な気配を辿る。
程なく、それは姿を表す。それまで彼が何処に居たのかは分からない。物音が殆どしなかったせいもあって、シウバリスからすれば突然目の前に現れたように見えた。明らかにこの森にそぐわぬ風貌。シウバリスを探してきたのか、それとも食料を求めて移ってきたのか、例えどんな理由があろうとも、シウバリスはそれを対処しなければならない。
夕日を浴び黒く光る八本の細い脚。細いと言ってもそれは奴の体に対してのものであり、実際にはそこらに乱立する立木にも似た太さを持っている。節を持つその脚の全長はシウバリスの身長を優に越え、先端が刃物のように鋭く尖っていた。それはまるで巨大な槍のよう。その脚に貫かれてしまえば一溜まりもないのは明白だ。更には真っ赤な六つの複眼。そう、現れたのは巨大な蜘蛛だった。長い脚は折り畳まれていて、現在の蜘蛛の高さはシウバリスより少し高い程度。木よりも低い全高のせいで、ここまでの接近を許してしまった。通常で見る蜘蛛に比べればなんと恐ろしいことか。ただ巨大なだけでこんなに不快感が増すものかと、シウバリスは笑った。蜘蛛はどこを見ているのかは判断つきにくいが、確かに、まっすぐシウバリスの方へと向かってきている。
(あれは……確か鉱槍蜘蛛だったか。そもそもこの森にいる奴じゃ無い。もっと南の方にいたはずだ……迷い混んだか?)
だとすればなんと遠出をしてきたことか。彼の疑問は疑問のままだが、このまま見過ごすわけにもいかない。既にこの場はシウバリスの生活の基盤を成している。これを壊されてはたまったものではない。
(全く……討伐第三級が戦う相手じゃないぞ)
家の陰に隠れながら、腰の道具袋に手を伸ばす。
(効くかわからんが発光が二つ……炸裂は三つ。森の中で火は使いたくないが状況によりけりだな。問題は……剣が効くか、か)
戦力は芳しくない。それでも昔のような根無し草ではないのだから抗わなければならない。シウバリスは静かに深呼吸をすると腹をくくる。
鉱槍蜘蛛は家の近くまで来ると周囲の様子を伺った。少し足を延ばし体を高く持ち上げる。高さ的に蜘蛛がどこを見ているのか、シウバリスには分からないが、難度か顔を振っているのを見るに、なんとなく動向が読み取れた。蜘蛛は暫くそうした後、満足したのか再び足を畳む。それから後ろの六本の足を地に着けたまま、前にある二本の足を持ち上げた。その先にはシウバリスが住むあばら家。建物を壊す気だ。
(今だ!!)
シウバリスは急ぎ家の陰から飛び出した。鉱槍蜘蛛は、突如現れた敵に慌てて標準を合わせる。振り下ろされる二つの脚。シウバリスはその脚に対し、盾を構える。
振り下ろされた脚の一つが、シウバリスの構える盾とかち合った。凄まじい衝撃が彼の腕を襲う。だが堪えきれないほどではない。彼は盾を僅かに傾けていて、鉱槍蜘蛛の足を受け流したのだ。がりがりと表層を削り取りながら地面に突き刺さる節足。それを尻目に尚も突進を続けるシウバリスは、向かって右にある脚の一本へと剣を振るった。
ガギン!!
内から払うように振るった腕に伝わる、金属を殴ったような感触。鈍い衝撃が腕に走るが、その一撃によって僅かに足の装甲を拉げることはできた。しかし、捥ぐまでには至らない。余りの硬さに、鉄の欠片が宙を舞う。
「ははっ! 全く相性の悪いことだ!」
少し欠けた剣を見てそう毒づくシウバリス。諦めにも取れる笑みを浮かべたまま体を転身。一回転しながら更なる力で剣を振るった。
「うおおおお!!」
拉げた足目掛けての二度目の剣戟。これによりその足は切り飛ばされることになる。
『ギシャアアアア!!』
不快な奇声を上げる鉱槍蜘蛛。ところが痛がる様子は一切なく、瞬時に左側の脚の一本をシウバリスに伸ばした。
「がっ!?」
盾の上から降りかかる衝撃。力の限り剣を振るった体勢ではその衝撃を堪えることはできず、盾もろともシウバリスの体が宙を舞う。揺れる視界、その最中で必死に蜘蛛の姿を追うと、蜘蛛の真っ赤な目がこちらを見ていた。
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