愚骨な傭兵

菅原

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 組合を飛び出したミーティアはすぐにシウバリスを見つけた。行き先はどうやら東門らしい。
「お待ち下さい、シウバリス様!」
 名を呼ばれたシウバリスは逃げるでもなく振り向く。まだ距離は相当離れていて撒こうと思えば撒くことは出来たが、そのまま駆け寄ってくるのをまっていた。
「まだ何か?」
「あのっ……戻ってきていただけませんか!? 組合長も本気であんなことを思っているんじゃないんです。売り言葉に買い言葉で……」
「別に彼の言葉で機嫌を損ねたわけではない。ただ要望が通らなかったからやめただけだ」
「でっ、ですけど、どうか!」
 深々と頭を下げるミーティア。シウバリスは面倒くさそうに頭を掻く。ただならぬ様子に周囲が騒めきだした。注目を浴びていることに気付いたシウバリスは、仕方なくミーティアに声を掛け、近くの食堂へと入る。

 朝食の時間はとうに過ぎ、昼食の時間にはまだ早い為、食堂の中は伽藍洞だった。それでも店員はしっかりしていて、二人が席に着くなりすぐに店員が注文をとりにくる。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「すまない。場所だけ貸して欲しい。代金はこれで」
 シウバリスは銀貨を三枚机に置いた。食事代としてはあまりにも高すぎる。所謂場所代と口止め料だ。なにか厄介事だと察した店員は厨房へ一度引っ込み、すぐに茶の入ったコップを持ってきた。二つのコップを机に置く。その代わりに銀貨を掬い上げて握り締める。それから一度頭を下げると、再び厨房の方へと引っ込んでいった。
 邪魔者がいなくなると、シウバリスが声をかける。
「……さて、あの男の差し金だろう?」
「そうです。組合長、相当悔しかった様で、その……色仕掛けしてでも連れ戻せと……」
 シウバリスはほとほと呆れ果てた。職員を奴隷とでも思っているのだろうか。あまりに無茶苦茶な話に溜息が漏れる。
「申し訳ないがもう私は組合に戻る気はない。色仕掛けも必要ない。あの男には、見つけられなかった、とでも言うと良い」
「それで納得してもらえたらいいんですけど……」
 俯いたままそういうミーティアを見て、シウバリスも呟いた。
「納得はしないだろうなぁ……あの性格だ。最悪責任を擦り付けられるかもしれんな」
「そんな無責任な! 誰のせいでこうなったと思っているんですか!?」
 ミーティアは大きな声で叫んだ。彼女からすれば、一組合員であるシウバリスが組合長であるブロウンの言う通りに動いていればこんな面倒な事態にはならなかったのだ。こうなる原因となった本人が、まるで蚊帳の外から眺めている現状に彼女は我慢がならなかった。だがシウバリスにとっては全くそうではない。
「少なくとも私のせいではないな。私自身が納得して活動していたのに依頼を強制してきたのは其方だ。組合はこちらの提示した要望を受け入れなかった。辞めるには十分な理由だ」
「っ! 知らない仲じゃないんだし助けてくれてもいいじゃないですか!」
 彼女は謂わば中間管理職。現場を務める傭兵と、方針を決める上部に板挟みになっているような状況だ。そんな立場にいる彼女を、シウバリスも気の毒には思っていた。そんなシウバリスへ彼女は助けを請う。だが……
「私と貴女は赤の他人だ。そこまでする義理はない」
 俯いたまま黙るミーティア。シウバリスはコップの茶を啜ってなおも続ける。
「いっそのこと別の仕事に就いたらいいだろうに」
 シウバリスは至極もっともなことを言ったつもりだった。何も仕事は組合職員だけではない。食堂や道具屋の店員、貴族の給仕、清掃員なんて職もある。ここまで不本意な扱いを受けてまで続ける意味が彼には分からなかった。するとミーティアは俯いたまま叫ぶ。
「これでも散々探して見つけた仕事なんです。貴方のように考えなしに辞められるわけないじゃないですか!」
 たっぷりの嫌味が籠った言葉が返ってくる。すっかり意気消沈してしまったミーティアを見て、シウバリスはまた溜息をついた。

 どんな言葉を掛けようかとシウバリスが悩んでいると、ミーティアが口を開いた。
「どうしたら戻ってくれますか?」
 絞り出した様なか細い声。若干涙声になっている。
「どうもなにも、戻る気はない」
「それでは困るんです! なんなら……この体を好きにしてもらっても!」
 突然、コップが机に叩きつけられ大きな音が鳴った。ミーティアの体がびくりと跳ねる。
「それ以上言うな。不愉快だ」
 自暴自棄になりつつあるミーティアの言葉に、シウバリスは一喝した。彼女が彼と出会ってからこれまでのやり取りの中で、唯一ともいえる感情的な一声だった。
「そんな誘いに私は乗らない。心に決めた人がいるのでね」
 何度目かの茶を啜る。その後、空になったコップを机に置くと改めて尋ねた。
「何故そこまでしてこの仕事に拘るんだ?」
 停滞する場を動かすにはその一点を聞くしかないと、シウバリスはミーティアに尋ねた。何度目かになる沈黙が下りる。それからしばらくして、彼女は観念したように話し出した。
「……弟がいるんです。私の唯一の家族が……でも病弱で、看病する時間も薬を買うお金も必要なんです。勤務時間とお給金を考えたら、この仕事しか無くて……」
 成る程、とシウバリスは唸った。傭兵組合の役員は高給で有名だ。何せ組織の規模が他とは違う。代わりに覚えることが多く、今回のように厄介ごとに巻き込まれる可能性もある。また採用要項には容姿の良さも関係があり、他の職よりかは狭き門となっている。仮にこの給料に匹敵する給金を即日で得るには……それこそ娼館に身を落とすくらいしか手段はない。

 ミーティアの身の上話をいくつか聞いたシウバリスは、また溜息をついた。余りの難題に頭を抱える。散々考えた結果、彼は厨房に引っ込んでいる店員に声をかけると、一枚の紙とペンを借りて戻ってきた。俯いたままのミーティアを尻目に、彼は紙に何かを書き記す。それを終えると、今一度ミーティアに声をかけた。
「私が組合に戻ることはもうないが、貴女は弟の為に戻らなければならない。もし仮に、私が戻らぬことで貴女が仕事を失ったときは……この人のところへこの手紙を持っていくといい」
 シウバリスはそう言って、先程書いた紙を一枚手渡した。その後、放心したままのミーティアを残し店を後にする。シウバリスが去ってからもミーティアは、少しの間一人で席に座っていた。
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