愚骨な傭兵

菅原

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 大陸の中央に位置する貿易都市『アルタナ』。そこの傭兵組合に一人の男が在籍していた。一般成人よりも高い上背に傷だらけの体。左腕には鉄製の盾を持ち、右の手で鉄剣を振るう。寡黙なその男の名は‟シウバリス”。齢三十になる男であった。

 彼の一日は太陽が昇るのと同時に始まる。拠点となる宿から出た彼は、そこらにある軽食店から適当なものを朝食として見繕う。それをあっという間に平らげると、その足取りで傭兵組合へと向かうのだ。彼が傭兵としてこの町で活動を始めてから早十年が経つ。その間、彼は誰一人として仲間を作らず、今日も一人日々の生活の為組合へと向かった。
 早朝の組合の中は、彼のような傭兵でごった返していた。メインホールは大の大人を百人近く収容できる広さがあるが、この時間は肩がぶつかり合う程に込み合う。おかげで辺りからは罵詈雑言にも似た言葉が飛び交い、喧しいことこの上なかった。そんな状況だというのに、シウバリスの周りだけは人ひとり分の隙間が生まれていた。どんなに口うるさい女も、どんなに喧嘩っ早い男も、彼には一切声を掛けなかったのだ。それどころか目も合わせようとしない。それは偏に、これまでの彼の行動によってできたものだった。言い寄る女は悉くが振られ、売られた喧嘩は全て買い取られ逆に返り討ちにされる。そういったことが起きていながら、彼は一切他人と関わろうとしなかった。その結果、彼を見知る者らは一様に「触れなければ無害」だと判断を下すことになった。要は無視をされるようになったわけだが、寡黙かつ一人を望む彼にとってそれは非常に喜ばしいことであった。おかげで今日も、彼は最低限の言葉だけで仕事が出来る。
「お早うございます。シウバリス様」
 彼に挨拶をしたのは組合の受付嬢‟ミーティア”。三年前に組合へ入職した齢二十二のうら若き女性だ。彼女は挨拶するなりカウンターの下から一冊の分厚い冊子を取り出すと、ぱらぱらと頁をめくりシウバリスに見せた。
「本日の討伐依頼はこちらになります」
 彼女が指し示す指の先には、現在まで残っている討伐依頼がずらりと並んでいた。簡単な物は害獣の駆除から、高難度にもなると飛竜の討伐まで内容は様々だ。当然のことながら難易度が高ければ高い程報酬は良くなり、それと比例して危険度も上がっていく。高い報酬を望むのなら必然と高難度の依頼を受けるしかないのだが……これらの依頼は誰もが受けられるわけではなかった。

 各依頼にはそれぞれ受注資格なるものが設定されている。それを満たした傭兵のみがその依頼を受けることが許されていた。定められた資格は『討伐』『探索』『守護』の三種に大別され、各々三等級から一等級まである。シウバリスが持つ資格は討伐第三等級のみ。受けられる依頼は然程多くはない。とはいえ、数多ある依頼の中から彼は、大して悩みもせずに一つを選んだ。
「これを」
「『白狼十頭の討伐』ですね? かしこまりました。こちらが割符になります」
 ミーティアが差し出したのは模様の書かれた木の板だ。それは依頼を受けた証。半端なところで区切れた模様は、依頼主の持つもう一つの木板に描かれた模様と合致し、それをもって互いが受注の確認を行う。そして依頼を達成した暁には、依頼主の持つ割符を預かり共に組合に提出することで、組合は依頼の達成を認めるのである。
 続けてミーティアは依頼の内容の説明を始める。
「では詳細を説明します。ここ、アルタナより東にある農村にて、白狼の群れが確認されました。もともと近場の森の中で白狼の生息は確認されていましたが、先日大規模な群れの襲撃により家畜である羊や牛が殺されてしまったようです。依頼主は農村の長であるノインさん。期限は特別指定されていませんが、なるべく早急に、とのことでした」
「わかった」
 ミーティアの説明を受けたシウバリスは、不愛想に差し出された割符を手に取ると、依頼達成のため組合を後にした。

 貿易都市アルタナには、四方に伸びる街道を通って各地へと渡る乗合馬車が存在する。一日に一本と本数は少ないが、多くの町人の助けとなっているのは確かだ。当然、依頼の為町を離れる傭兵にとってもなくてはならない存在となっている。組合を出たシウバリスは、細々とした準備を昼頃までに済ますと、東へと向かうその乗合馬車に乗り込んだ。
 平穏な街道を、客を乗せた馬車が行く。悠々と空を飛ぶ猛禽類の鳴き声。がらがらと鳴る車輪。座る床は木製の硬い物だったが、地面の凸凹で揺られ一種の心地よさを覚える。荷台の中には、シウバリスの他に小さな少女を連れた夫婦が一組乗っていた。少女は小さな人形で遊んでいて、夫婦は荷台後方から見える街道を眺め世間話をしている。シウバリスは夫婦とは対角となる位置で腕を組み、目を閉じて目的地に着くのを待っていた。
「わぁ! おっきい!」
 人形遊びに飽きた少女は、シウバリスの体に立てかけられていた盾に興味を示す。少女の体がすっぽりと隠れてしまう程の大盾だ。盾は大きければ大きい程取り回しが難しくなる為、それだけ大きな盾を持つ者は傭兵の中にも少ない。勿論一般の町人である少女、引いてはその親も見たことはないだろう。その好奇心のせいか、少女はシウバリスを怖がるでもなく盾に手を触れようとした。その時。
「こらっ! 大人しくしてなさい! も、申し訳ありませんでした!」
 少女の行動を慌てて止める母親。その顔は恐怖で染まっていて、明らかに腫物を扱う様だ。少女は母親に叱られ頬を膨らましていたが、余りにも強く腕を惹かれるものだから早々に諦めたようだ。
 強面で不愛想なシウバリスは、こうした扱いにも慣れていた。気の強い傭兵ですらたじろぐのだ。愛する幼子を連れた夫婦など、余計口を利きたくはないだろう。それでもやはり陽気な男や怖いもの知らずの子供らは、時折こうして声をかける。それに対しシウバリスは、最低限の発言で貫いた。結局彼の周りに人は集まらない。それはやはり、シウバリスの狙い通りだった。

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