探求の槍使い

菅原

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終幕

探求王

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  迷宮の一件より半年が過ぎた。
  氷雪で閉ざされた厳しい冬も過ぎ去り、皇国にある魔法の木も桃色から深緑へと彩りを変える季節となる。
  この日、皇国に戻ったラインハルトは、花束を持って恩師の墓の前に立っていた。
「……ジンよ。終に俺は、英雄になることができなかったよ。でも不思議と気分は良いんだ……あれだけ拘っていたというのに、今では大して気にならない」
  ラインハルトはジンの墓前で膝をつくと、花束を供える。それから少しだけ祈りを捧げ、再び立ち上がって墓石を見下ろした。


  壮絶な戦いを経て地上に戻ったラインハルトらだったが、結局その後、英雄と称えられる事は無かった。当初は、迷宮の奥に封印された女神を目覚めさせることが出来れば、それが叶うだろうと兎が語っていたのだが、いくつか問題が浮上したのだ。
  その問題の一つに、救出した少女が女神である客観的な証拠が一切なかったことが挙げられる。助け出した少女と、巷に流布される女神像に、共通点が余りにも少なかった。千年の間、伝聞に伝聞を重ねた資料や、語り歌に出てくる『女神』という存在は、過分に脚色、神格化され、実物とは全く異なる存在になってしまっていたからだ。また、目を覚ました少女本人も、千年を眠り続けた影響によって、大部分の記憶を失ってしまっていた。とても身分を証明できる状態では無かったのだ。

  唯一、スフィロニア魔法学校前校長であるリエントだけが、千年前当時の女神を知る人物であった。当然リエントは、各国に声明を出しはしたが……神格化された女神像と、記憶を失った若い女、そして老い老けたリエントのその姿から、大多数の国は「耄碌した爺の戯言」だと一笑に付した。如何に優秀な魔法使いであった彼と言えど、千年の時を生きた、などと言う脈絡の無い言葉を信じてもらえる程、世間に知られていなかったようだ。

  こうした理由があって、ラインハルトが英雄と呼ばれる事はなかった。皇国上層部に伝えられた情報も、ラインハルトが迷宮から一人の少女を助け出した、程度のもので留まる。しかしごく一部で、彼は英雄に負けぬ名声を手に入れていた。迷宮から帰ったラインハルトらの体から、未知の結晶片が見つかったことから、迷宮を踏破した事実が認められたのだ。これにより彼は、探求者の中で『探求王』と呼ばれるようになった。
  その後、我も後に続かんと、迷宮に挑む者らが急増する。だが地下に埋まった古代街の崩壊に伴い、上層に位置する迷宮部分も崩壊が始まった。
  異変を感じた探求者らはすぐ様地上に戻ったので、人的被害はほとんど無かったが、探求者らを狙って商売をしていた商人らには、多大な被害が出てしまった。おかげで迷宮を目指す者らは街を離れ、今では街と呼べるほど人が残っていない程に閑散としてしまっている。残った者らは、迷宮跡地を観光しにやって来る者たちを相手に、細々と生活をしている状態だ。


  ラインハルトがジンの墓前で呆けていると、遠くから声が聞こえてきた。
「お父様ー!!」
  声の方をむけば、見た目の良い少女が元気よく手を振っている。
  ラインハルトはその少女に手を挙げ答えると、再度ジンの墓を見下ろす。
「今なら何となくわかるよ。ジンが槍を握る時間を減らした理由が」
  記憶を失った少女、ロゼは、生まれたばかりの小鳥が目の前にあるものを親と思うかの如く、ラインハルトによく懐いた。彼女をスフィロニアに届けた際にも、皇国へ帰ろうとするラインハルトについて行こうと駄々をこねる程だ。
  結局ラインハルトは、何を思ったのか、少女を養子として引き取り育てることに決めた。肉体は十五歳から二十歳並みに育ってはいるが、精神は赤子同然だった為だ。おかげで今では子育てに追われる日々。槍を置く時間も増えていった。
「ふふっ、まさか未婚のまま、あんなに大きな子供ができると思わなかったよ」
 などと 物思いに耽っていると、体に衝撃が走る。
「もうお父様ったら!  呼んでるのに何で来てくださらないのですか!?」
  綺麗に着飾った少女が、ラインハルトの背中に抱きついていた。その様子を見てラインハルトはため息を吐く。
「はぁ……ロゼ。もう少しお淑やかにだな……」
  お嬢様といった出で立ちなのに自由奔放。その行動はとても年相応に見えず、どう教えたものかといつも頭を悩ませる。そこでラインハルトは、ふと思った。
(……ジンも、俺のことを手のかかるバカ息子だと思ってくれていたのだろうか)
  もしそうなら嬉しいと、心の中で思う。
「お父様?」
  いつもと様子が違うラインハルトに首をかしげるロゼ。
  そこで、先程まで父が持っていた花束が、目の前にある石の前に置かれているのに気がついた。
「お父様、これは?」
  ラインハルトは躊躇った。正しく伝えるべきか否か。しかしそれも一瞬のこと。
「私の父の墓だ」
「お父様のお父様?  じゃあ私の……お爺様?」
  ラインハルトがああと頷くと、ロゼは墓前にしゃがみ手を合わせた。


  二人の墓参りが終わる頃、背後に人影が現れる。
「ご主人様、お時間が迫っています」
  可愛らしい給仕服に、頭から生えた純白の長耳。一緒に迷宮を探索した貴族、兎だ。
「ああ、わかった。  ……ラビリエも暑い中大変だな」
「いいえ、これも給仕の仕事ですので」
  兎、改めラビリエは、澄まし顔でそう語る。ところがその後、うんざりといった表情で主人に愚痴を零した。
「ですが先輩のいびりが酷いです。ご主人様からも少し注意していただけませんか?」
  その先輩とラビリエが、本当は仲が良いことを知っているラインハルトは、笑って答える。
「なんと、それはいけないな。帰ったら言っておこう」
  今日もまた喧しくなりそうだ、とラインハルトが考えていると、ラビリエはロゼに手を差し出した。
「さぁローゼリエッタ様。お家に帰りましょう」
「はい!  お父様も一緒に帰りましょう?」
  ロゼはラビリエの手を握る。それからもう一方の手を、ラインハルトに向かって差し出した。
  その姿が余りにも可愛らしく、愛おしく……強面なラインハルトの顔は自然と緩み、手も足も動き出してしまう。
「ああ、城に戻って、何か冷たいものを食べよう」
  三人は揃って手を繋ぎ帰路につく。その最中、 ラインハルトは頭上に広がる青空を仰ぎ見ると、今日も暑くなりそうだ、と一人呟いた。
  
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