探求の槍使い

菅原

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深奥

守護者

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 結晶門の間に居たのは人間の様だった。
 中世的な顔立ち。すらりと細い手足。衣服は一切身に着けておらず、空手のままそこに佇んでいる。
「何者だ?」
 ラインハルトは人に近しいその姿に少し気を緩めた。少なくとも向こう側に見える巨大な全身鎧を倒せと言われるよりも楽そうだと思えたのだ。
 だがその甘い考えも次の瞬間吹き飛んでしまった。
 人間らしき物の虚ろな目がこちらを向く。左右の焦点はあっておらず、明らかな異常性が伺える。
「あれは……邪竜との戦いでローゼリエッタ様が使った人形です」
 兎はその人形を睨みつけた。
「人形は傀儡師とやらが操るんだろう? 傀儡師がいないと動かないんじゃないのか?」
「一般であればそうです。でもあれは普通の人形じゃないんです。邪竜との戦いに至るまでに、ローゼリエッタ様のお兄様が亡くなりました。それを悲しんだローゼリエッタ様たちは、世界樹の木材を使って作った体にお兄様の魂を封じ込めたんです」
 シェインは顎に手を当て人形を繁々と見つめた。
「つまりあの人形には女神様の兄様の魂が宿っていると?」
「そうです。おそらくその魂の影響で自動出来るんでしょう」
 兎は道具袋の奥底から一つの結晶体を取り出した。
「それは?」
「これは、あらゆる魔力を消し去る魔法が込められた魔法石です。これを使って眠りについたローゼリエッタ様を目覚めさせること。それが我がフォルオーゼ家に与えられた使命でした」
 兎が説明する間も、人形は門の間に佇むだけで動こうとはしない。その姿を見てラインハルトは兎に聞いた。
「あれは何で動かないんだ?」
「あの人形は謂わば門番なのでしょうね。ローゼリエッタ様が眠っているのはあの先ですから……あの門を超えようとした時が、あの人形が動く時かと」
「成程。あれを倒すことが俺たちの使命ってわけだ」
「ええ……それが出来れば英雄と讃えられるにも十分だと思いますよ。何せ女神さまを目覚めさせる一因となるのですから」
 ラインハルトの背中に鳥肌が立つ。
 長年目指した英雄の座。それが今まさに手が届かんところにあるのだ。
 あとはあのひ弱そうな人形を壊してしまうだけ。
 たったそれだけ……たったそれだけだと、ラインハルトは不用意に人形に近づいてしまった。
「ラインハルトさん!?」
 ラインハルトが取った行動に兎が慌てる。
「さっさと終わらせてしまおう」
 ラインハルトは人形に向かって駆けだすと、手にした槍を突き出した。しかし槍は空を切る。そしてその人形は、ラインハルトの背後で不気味に顔を揺らしていた。


 戦闘と呼べるものは人形からの攻撃で始まった。
 すらりと細い腕が振るわれる。その速度自体はあまり早いものではなく、虚を突かれながらもラインハルトは辛うじて防御することが出来た。
(体勢は不十分……だがこの速度なら対応は容易い!)
 ラインハルトはこの時まで人形の力を侮っていた。彼はそれを受け止めた後反撃をしようと企んだのだ。
 だが……その考えは極めて甘かった。
 握られた拳が槍の柄にぶつかる。すると彼が持つ槍の柄は大きく湾曲し、その衝撃でラインハルトは大きく吹き飛ばされてしまった。
 予期せず門を超えたラインハルト。そのまま隆起する結晶に体が打ち付けられる。
「なっ!? ……がふっ!!」
 細腕に似合わぬ威力に困惑し、混乱したままにダメージを受ける。打ち付けられた衝撃で呼吸が止まる。激痛で体が動かない。槍を握ったまま四つ這いになるラインハルト。そこへ止めを刺さんと、人形が腕を振り上げた。
 そこで漸く、我を取り戻した味方の援護が始まった。
「大地よ!!」
 シェインの魔法により地面から数本の岩が隆起する。その先端は極めて鋭く、直撃したのならば無傷であることは難しい。
 迫る危機を察知した人形は、振り上げた腕を振り下ろすのをやめ、その岩針を避けんと大きく飛び退いた。

 人形が着地するや否や、続いて炎の矢が襲い掛かる。
 矢の数は全部で四本。それぞれが僅かな時間をおいて人形を追尾する。
(兎さんはあれを世界樹の木材で作ったって言っていた。なら火で燃やすのが一番効果的の筈!)
 安直な考えではあったがそれは極めて正しい選択だった。木はよく燃える。特に加工品を作る際に用いるような乾いた木ならなおさらだ。しかし相手はただの木ではない。世界樹の木である。負った傷を瞬く間に回復する超自然治癒能力を持ち、精霊の力を宿す為魔法にも強い。また衝撃にも強く、鉄にも似た耐久性を持つという特異な木である。仮にこれを火で燃やすともなれば……一般の木材を燃やすよりも強く大きな炎が必要となる。
 尤もそんな話は杞憂であった。なぜなら炎の矢は一つも当たらなかったからだ。
 着地点を狙った一本はやはり飛びのくことで避けられ、跳躍の最中を狙って飛来した炎の矢は右手で軽く振り払われた。
 続けて頭と胴体目掛けて飛翔した炎の矢は、一瞬で放たれた蹴りでどちらも吹き飛ばされてしまった。
「嘘……でしょう?」
 二つの魔法を瞬く間に躱されたシェインは驚いた。ましてやその防御方法が、魔法に頼った物でないことに特に驚愕する。
 例えどれだけ腕の立つ剣士であっても、炎の塊を無傷で切ることは難しかろう。それを人形は武器を何も持たぬまま熟して見せたのだ。しかもそれだけのことをしておきながら、人形は自慢げに語るわけでなくただ佇むだけ。まるで何事もなかったのように仁王立つ人形の姿が、シェインにとってはこの上なく恐ろしく感じた。
 ……しかし、彼女の行いが全くの無意味であったかといえばそんなことはない。
 回避のために生まれた僅かな時間のおかげで、吹き飛ばされ悶絶していたラインハルトは体勢を立て直すことに成功していた。槍を構えて人形を睨みつけるその姿に先ほどまでの油断はなく、人形の一挙手一投足を逃すまいとする覇気を感じる。
 人形もそれを感じ取ったのか、体の正面は魔法を放ったシェインではなく槍を構えるラインハルトの方を向いていた。
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