119 / 124
深奥
守護者
しおりを挟む
結晶門の間に居たのは人間の様だった。
中世的な顔立ち。すらりと細い手足。衣服は一切身に着けておらず、空手のままそこに佇んでいる。
「何者だ?」
ラインハルトは人に近しいその姿に少し気を緩めた。少なくとも向こう側に見える巨大な全身鎧を倒せと言われるよりも楽そうだと思えたのだ。
だがその甘い考えも次の瞬間吹き飛んでしまった。
人間らしき物の虚ろな目がこちらを向く。左右の焦点はあっておらず、明らかな異常性が伺える。
「あれは……邪竜との戦いでローゼリエッタ様が使った人形です」
兎はその人形を睨みつけた。
「人形は傀儡師とやらが操るんだろう? 傀儡師がいないと動かないんじゃないのか?」
「一般であればそうです。でもあれは普通の人形じゃないんです。邪竜との戦いに至るまでに、ローゼリエッタ様のお兄様が亡くなりました。それを悲しんだローゼリエッタ様たちは、世界樹の木材を使って作った体にお兄様の魂を封じ込めたんです」
シェインは顎に手を当て人形を繁々と見つめた。
「つまりあの人形には女神様の兄様の魂が宿っていると?」
「そうです。おそらくその魂の影響で自動出来るんでしょう」
兎は道具袋の奥底から一つの結晶体を取り出した。
「それは?」
「これは、あらゆる魔力を消し去る魔法が込められた魔法石です。これを使って眠りについたローゼリエッタ様を目覚めさせること。それが我がフォルオーゼ家に与えられた使命でした」
兎が説明する間も、人形は門の間に佇むだけで動こうとはしない。その姿を見てラインハルトは兎に聞いた。
「あれは何で動かないんだ?」
「あの人形は謂わば門番なのでしょうね。ローゼリエッタ様が眠っているのはあの先ですから……あの門を超えようとした時が、あの人形が動く時かと」
「成程。あれを倒すことが俺たちの使命ってわけだ」
「ええ……それが出来れば英雄と讃えられるにも十分だと思いますよ。何せ女神さまを目覚めさせる一因となるのですから」
ラインハルトの背中に鳥肌が立つ。
長年目指した英雄の座。それが今まさに手が届かんところにあるのだ。
あとはあのひ弱そうな人形を壊してしまうだけ。
たったそれだけ……たったそれだけだと、ラインハルトは不用意に人形に近づいてしまった。
「ラインハルトさん!?」
ラインハルトが取った行動に兎が慌てる。
「さっさと終わらせてしまおう」
ラインハルトは人形に向かって駆けだすと、手にした槍を突き出した。しかし槍は空を切る。そしてその人形は、ラインハルトの背後で不気味に顔を揺らしていた。
戦闘と呼べるものは人形からの攻撃で始まった。
すらりと細い腕が振るわれる。その速度自体はあまり早いものではなく、虚を突かれながらもラインハルトは辛うじて防御することが出来た。
(体勢は不十分……だがこの速度なら対応は容易い!)
ラインハルトはこの時まで人形の力を侮っていた。彼はそれを受け止めた後反撃をしようと企んだのだ。
だが……その考えは極めて甘かった。
握られた拳が槍の柄にぶつかる。すると彼が持つ槍の柄は大きく湾曲し、その衝撃でラインハルトは大きく吹き飛ばされてしまった。
予期せず門を超えたラインハルト。そのまま隆起する結晶に体が打ち付けられる。
「なっ!? ……がふっ!!」
細腕に似合わぬ威力に困惑し、混乱したままにダメージを受ける。打ち付けられた衝撃で呼吸が止まる。激痛で体が動かない。槍を握ったまま四つ這いになるラインハルト。そこへ止めを刺さんと、人形が腕を振り上げた。
そこで漸く、我を取り戻した味方の援護が始まった。
「大地よ!!」
シェインの魔法により地面から数本の岩が隆起する。その先端は極めて鋭く、直撃したのならば無傷であることは難しい。
迫る危機を察知した人形は、振り上げた腕を振り下ろすのをやめ、その岩針を避けんと大きく飛び退いた。
人形が着地するや否や、続いて炎の矢が襲い掛かる。
矢の数は全部で四本。それぞれが僅かな時間をおいて人形を追尾する。
(兎さんはあれを世界樹の木材で作ったって言っていた。なら火で燃やすのが一番効果的の筈!)
安直な考えではあったがそれは極めて正しい選択だった。木はよく燃える。特に加工品を作る際に用いるような乾いた木ならなおさらだ。しかし相手はただの木ではない。世界樹の木である。負った傷を瞬く間に回復する超自然治癒能力を持ち、精霊の力を宿す為魔法にも強い。また衝撃にも強く、鉄にも似た耐久性を持つという特異な木である。仮にこれを火で燃やすともなれば……一般の木材を燃やすよりも強く大きな炎が必要となる。
尤もそんな話は杞憂であった。なぜなら炎の矢は一つも当たらなかったからだ。
着地点を狙った一本はやはり飛びのくことで避けられ、跳躍の最中を狙って飛来した炎の矢は右手で軽く振り払われた。
続けて頭と胴体目掛けて飛翔した炎の矢は、一瞬で放たれた蹴りでどちらも吹き飛ばされてしまった。
「嘘……でしょう?」
二つの魔法を瞬く間に躱されたシェインは驚いた。ましてやその防御方法が、魔法に頼った物でないことに特に驚愕する。
例えどれだけ腕の立つ剣士であっても、炎の塊を無傷で切ることは難しかろう。それを人形は武器を何も持たぬまま熟して見せたのだ。しかもそれだけのことをしておきながら、人形は自慢げに語るわけでなくただ佇むだけ。まるで何事もなかったのように仁王立つ人形の姿が、シェインにとってはこの上なく恐ろしく感じた。
……しかし、彼女の行いが全くの無意味であったかといえばそんなことはない。
回避のために生まれた僅かな時間のおかげで、吹き飛ばされ悶絶していたラインハルトは体勢を立て直すことに成功していた。槍を構えて人形を睨みつけるその姿に先ほどまでの油断はなく、人形の一挙手一投足を逃すまいとする覇気を感じる。
人形もそれを感じ取ったのか、体の正面は魔法を放ったシェインではなく槍を構えるラインハルトの方を向いていた。
中世的な顔立ち。すらりと細い手足。衣服は一切身に着けておらず、空手のままそこに佇んでいる。
「何者だ?」
ラインハルトは人に近しいその姿に少し気を緩めた。少なくとも向こう側に見える巨大な全身鎧を倒せと言われるよりも楽そうだと思えたのだ。
だがその甘い考えも次の瞬間吹き飛んでしまった。
人間らしき物の虚ろな目がこちらを向く。左右の焦点はあっておらず、明らかな異常性が伺える。
「あれは……邪竜との戦いでローゼリエッタ様が使った人形です」
兎はその人形を睨みつけた。
「人形は傀儡師とやらが操るんだろう? 傀儡師がいないと動かないんじゃないのか?」
「一般であればそうです。でもあれは普通の人形じゃないんです。邪竜との戦いに至るまでに、ローゼリエッタ様のお兄様が亡くなりました。それを悲しんだローゼリエッタ様たちは、世界樹の木材を使って作った体にお兄様の魂を封じ込めたんです」
シェインは顎に手を当て人形を繁々と見つめた。
「つまりあの人形には女神様の兄様の魂が宿っていると?」
「そうです。おそらくその魂の影響で自動出来るんでしょう」
兎は道具袋の奥底から一つの結晶体を取り出した。
「それは?」
「これは、あらゆる魔力を消し去る魔法が込められた魔法石です。これを使って眠りについたローゼリエッタ様を目覚めさせること。それが我がフォルオーゼ家に与えられた使命でした」
兎が説明する間も、人形は門の間に佇むだけで動こうとはしない。その姿を見てラインハルトは兎に聞いた。
「あれは何で動かないんだ?」
「あの人形は謂わば門番なのでしょうね。ローゼリエッタ様が眠っているのはあの先ですから……あの門を超えようとした時が、あの人形が動く時かと」
「成程。あれを倒すことが俺たちの使命ってわけだ」
「ええ……それが出来れば英雄と讃えられるにも十分だと思いますよ。何せ女神さまを目覚めさせる一因となるのですから」
ラインハルトの背中に鳥肌が立つ。
長年目指した英雄の座。それが今まさに手が届かんところにあるのだ。
あとはあのひ弱そうな人形を壊してしまうだけ。
たったそれだけ……たったそれだけだと、ラインハルトは不用意に人形に近づいてしまった。
「ラインハルトさん!?」
ラインハルトが取った行動に兎が慌てる。
「さっさと終わらせてしまおう」
ラインハルトは人形に向かって駆けだすと、手にした槍を突き出した。しかし槍は空を切る。そしてその人形は、ラインハルトの背後で不気味に顔を揺らしていた。
戦闘と呼べるものは人形からの攻撃で始まった。
すらりと細い腕が振るわれる。その速度自体はあまり早いものではなく、虚を突かれながらもラインハルトは辛うじて防御することが出来た。
(体勢は不十分……だがこの速度なら対応は容易い!)
ラインハルトはこの時まで人形の力を侮っていた。彼はそれを受け止めた後反撃をしようと企んだのだ。
だが……その考えは極めて甘かった。
握られた拳が槍の柄にぶつかる。すると彼が持つ槍の柄は大きく湾曲し、その衝撃でラインハルトは大きく吹き飛ばされてしまった。
予期せず門を超えたラインハルト。そのまま隆起する結晶に体が打ち付けられる。
「なっ!? ……がふっ!!」
細腕に似合わぬ威力に困惑し、混乱したままにダメージを受ける。打ち付けられた衝撃で呼吸が止まる。激痛で体が動かない。槍を握ったまま四つ這いになるラインハルト。そこへ止めを刺さんと、人形が腕を振り上げた。
そこで漸く、我を取り戻した味方の援護が始まった。
「大地よ!!」
シェインの魔法により地面から数本の岩が隆起する。その先端は極めて鋭く、直撃したのならば無傷であることは難しい。
迫る危機を察知した人形は、振り上げた腕を振り下ろすのをやめ、その岩針を避けんと大きく飛び退いた。
人形が着地するや否や、続いて炎の矢が襲い掛かる。
矢の数は全部で四本。それぞれが僅かな時間をおいて人形を追尾する。
(兎さんはあれを世界樹の木材で作ったって言っていた。なら火で燃やすのが一番効果的の筈!)
安直な考えではあったがそれは極めて正しい選択だった。木はよく燃える。特に加工品を作る際に用いるような乾いた木ならなおさらだ。しかし相手はただの木ではない。世界樹の木である。負った傷を瞬く間に回復する超自然治癒能力を持ち、精霊の力を宿す為魔法にも強い。また衝撃にも強く、鉄にも似た耐久性を持つという特異な木である。仮にこれを火で燃やすともなれば……一般の木材を燃やすよりも強く大きな炎が必要となる。
尤もそんな話は杞憂であった。なぜなら炎の矢は一つも当たらなかったからだ。
着地点を狙った一本はやはり飛びのくことで避けられ、跳躍の最中を狙って飛来した炎の矢は右手で軽く振り払われた。
続けて頭と胴体目掛けて飛翔した炎の矢は、一瞬で放たれた蹴りでどちらも吹き飛ばされてしまった。
「嘘……でしょう?」
二つの魔法を瞬く間に躱されたシェインは驚いた。ましてやその防御方法が、魔法に頼った物でないことに特に驚愕する。
例えどれだけ腕の立つ剣士であっても、炎の塊を無傷で切ることは難しかろう。それを人形は武器を何も持たぬまま熟して見せたのだ。しかもそれだけのことをしておきながら、人形は自慢げに語るわけでなくただ佇むだけ。まるで何事もなかったのように仁王立つ人形の姿が、シェインにとってはこの上なく恐ろしく感じた。
……しかし、彼女の行いが全くの無意味であったかといえばそんなことはない。
回避のために生まれた僅かな時間のおかげで、吹き飛ばされ悶絶していたラインハルトは体勢を立て直すことに成功していた。槍を構えて人形を睨みつけるその姿に先ほどまでの油断はなく、人形の一挙手一投足を逃すまいとする覇気を感じる。
人形もそれを感じ取ったのか、体の正面は魔法を放ったシェインではなく槍を構えるラインハルトの方を向いていた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる