探求の槍使い

菅原

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迷宮

帰還

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 ラインハルトらが迷宮を脱してから暫く、街は大騒ぎだった。原因は彼等が持ち帰ったタウロスの死体。兎とカイネルが近くの店で事情を話すと、すぐさま興味を持った職人たちが駆けつけた。タウロスを見た職人らは口々にこう語る。
「なんだこれは……こんな魔物一度も見たことがないぞ」
「こんなものが迷宮に出ただと? 急いで調査した方がいいんじゃないか?」
「何て大きさだ……牛の顔に人の体……キメラの一種だろうか?」
 当初は近場の鑑定師や鍛冶師、そこから報せを受けた武具店の店主らだけだったが、次第に噂は広まり、冒険者や町人らも集まり始めた。
 タウロスを倒した一行は一躍時の人へ。だが渦中にあるラインハルトはそんな事情露ほども知らず、それから三日三晩眠り続けた。


 迷宮を脱してから四日後、ラインハルトは漸く目を覚ました。
 まだはっきりとしない視界に見覚えのない天井が映る。
「……ここは……何処だ?」
 宿屋かとも思われたがどうにも毛並みが違う。木目むき出しの天井ではなく染み一つない白の天井。部屋の中の様子を見るに貴族の館に近い。
 ラインハルトはまず、ベッドから立ち上がろうと試みた。そこまで来て自身の体が包帯でぐるぐる巻きであることに気が付く。
「む? 何やら仰々しいな」
 自身の身に何があったのか、尤も新しい記憶を手繰り寄せる。するとうろ覚えな記憶の中に凶悪な牛の顔が浮かんできた。
 人間とは似ても似つかぬ頑強な体。口から出た雄叫びすらもこの世の物とは思えぬ程おぞましい。その力は異様な外見に相応しく、魔物であることを考えても非凡極まりない。
 そんな牛の化け物と戦闘を繰り広げる最中で、記憶はぷっつりと途切れてしまっていた。

 自身の置かれた状況に首をかしげていると、部屋の扉が開かれた。
「ラインハルトさん。具合は……」
 現れたのは兎だ。目覚めぬラインハルトの看病に来たのだろう。手には盆を持ち、その上には水の入った水差しと桶、コップと綺麗な布が乗っていた。
 彼女はラインハルトを見ると、驚き、急いで駆け寄ってきた。
「目が覚めたんですね!? ああっ! まだ休んでいてください!」
 兎はベッドの脇にある小さなテーブルの上に盆を置き、ラインハルトを寝かそうと押す。そのあまりにも必死な姿に、ラインハルトは大人しく従うことにした。

 ラインハルトがベッドに横たわると、兎はここ数日の状況を掻い摘んで話した。
「もう、大変だったんですよ? 商人さんから冒険者まで沢山の人が押しかけて、倒した人を紹介しろっていうんです。それに職人の人たちも素材の取り合いで喧嘩を始めちゃうし……」
「そうか。大変な時に寝ていてすまなかったな」
「いえ、無事でよかったです。ずっと目を覚まさなかったから心配でした」
「よくあることだ。それよりもここは何処だ?」
「ああ、ここは私の持家です。だから気にせずゆっくりしてください」
 ラインハルトは改めて部屋の中を見渡した。
 白を基調とした部屋に、美しい調度品の数々。部屋の広さもそこいらの宿屋とは比べ物にならない。まさしく貴族の館の一室。だがどことなく、かつて法国で見た貴族の部屋よりは落ち着いて見えた。
「俺は……どのくらい眠っていたんだ?」
「四日間程。なので手に入れてきた物の処分は私たちだけで済ましてしまいました。勝手かとも思ったんですけどね」
「いや、問題ない。俺が一緒にいたところでそっち方面の力にはなれないだろうからな」
 ラインハルトは商談に向かない。それを理解している兎は、その言葉に苦笑いを返した。

 世間話は続いた。
「三人はどうしている?」
「カイネルさんとシェインさんは職人さんのところですね。先の戦闘で戦力にならなかったことが悔しかったみたいです」
「戦力にならない、等とは思っていないが……まぁ戦力は強化してなんぼだからな。エンカは?」
「エンカさんは……」
 露骨に、兎の表情が陰る。
 迷宮から帰還してから二日経つ頃、各所の協力によりエンカは意識を取り戻した。傷自体は魔法薬と治癒魔法により、急速に回復していき、目覚めてから更に一日たつ頃には自ら立つことさえ出来るほどに回復した。だがタウロスは、彼女に大きな傷跡を残していたのだ。
「エンカさんはもう戦うことが出来なくなりました。傷が癒え、外出できるようになった時、あの人は斧を握ったんです。そうしたら突然頭を抱えて苦しみだして……」
「……そうか。心を壊されてしまったか」
 ラインハルトにも覚えがあることだった。時は幼少期、見世物として闘技場にいた頃だ。その殺伐とした環境の中で彼は、心が壊れてしまった戦士を何人も見た。戦士でありながら武器を恐れ、戦いを極端に嫌うようになる。それは戦士としての死に他ならない。
「あんな化け物と戦ったんだ。無理もない」
「エンカさん……一緒に行けなくてごめんって言ってました」
「……そうか」
 暫し沈黙が下りた。

「あっ!」
 兎が沈黙を破る。
「ごめんなさい。もうすぐお昼ですね。今すぐ作ってきます。食べられますよね?」
「ああ、すまない。手間をかける」
 四日も眠っていたと聞かされ、途端にラインハルトは空腹を覚えた。腹を手で摩る仕草をする。そこで兎が小さく笑った。
「ふふふっ」
「なんだ?」
「あ、ごめんなさい。だってこれまでこんなしおらしいラインハルトさん見たことなかったので」
 ラインハルトは途端に気恥ずかしさを感じた。嘲笑とも違う優しい微笑み。どことなく槍の師であったジンを思い出す。
 ラインハルトは恥ずかしさを誤魔化すために一つ咳払いをした。
「折角だからもう少し寝させてもらう。飯が出来たら起こしてくれ」
 そう言って毛布をかぶり直し、兎に背を向ける。
「わかりました。水、置いておきますから、喉が乾いたら飲んでくださいね」
 兎はそう言い残し、静かに部屋から出ていった。
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