93 / 124
迷宮
入宮
しおりを挟む
迷宮への入り口は、町の最西端にあった。
特に複雑な道のりではない。町を横断する大通りを道なりに進めば自然と辿り着く。だが、進めば進むほどに町を行く人たちは姿を消し、やがて賑やかだった装いは次第に薄れていった。
迷宮への入り口は小さな宮のようになっていた。そこはかとなく厳かで、得も言われぬ神々しさを讃えている。
一方で周囲には、似通った看板を掲げた店が立ち並び、閑散としていながらもやや乱雑に見えた。
「あのレンズの看板は何の店なんだ?」
ラインハルトは近くの建物に掲げてある木製の看板を指さし兎に問いかけた。
「あれは『鑑定所』です。迷宮より戻ってきた探求者たちは、持ち帰った宝物をああいった店で調べてもらうのです」
「成程……しかしあんなに必要なのか?」
周囲にある鑑定所は優に十を越える。ところが近くに人影がいないことから、現在新たに挑む探求者は僅かに五人。仮に一人につき一店舗利用したとしても余りある数だ。
ラインハルトの問いかけに対して、兎は手袋をした手で一つの店の店先を指差した。
「格式が違うんですよ」
ラインハルトは細い指の先を見る。するとそこには看板と同じく木製の立て札に「一品どれでも金貨一枚」と書かれていた。
「一品どれでも……金貨一枚? ううむ、相場が分からないから安いのかどうか分からないな」
そう言いつつ、ラインハルトは隣の店の店先を見る。
「……銀貨十枚? また極端に低いな」
よくよく周囲の店先を見れば、どれもこれも異なった金額を設定しているようだ。
兎は語る。
「ですから腕前が違うのです。基本的には値段に比例して鑑定師も優秀になります。要するに、より宝物の情報を引き出せるのです」
「成る程……宝の鑑定すらも財布事情によって選べるわけか」
「ええ。私たちももしかしたら利用するかもしれません」
そんなやり取りを経て、一行は迷宮の入り口がある宮に辿り着いた。
宮は町にある他の建築物とは一風変わった造りだった。柱の一つから壁の一角に至るまで、非常に精巧な装飾が散りばめられており、美術的な美しさを放っている。そしてそもそも建材から違っていた。町にある建物は大半が木材から作られていたが、その建物は石材を加工して作られていたのだ。それも唯の石材ではないようで、表面を滑らかに加工してあり亀裂や繋ぎ目の様な物すら見当たらない。
そんな美麗な宮の入り口には、二人の武装した男がたっていた。
「そこの者ら、止まれ」
低く、威圧する声で制止される。
ラインハルトらは言われた通りに立ち止まると、相手の出方を伺った。
「代表者は誰だ?」
男が問いかける。すると一行の中から、兎が一歩前に出た。
「お前がリーダーか。此処がどういった所か分かっているのか?」
「迷宮の入り口にございます」
兎の答えに男らは顔を見合わせた。
顔も体も、肌の一部すらも覆い隠した彼女の声が、女のものであったことに驚いたようだ。
だが狼狽えたのも一瞬。すぐに顔を引き締めると仕事を始める。
「……わかっているならいい。では入宮料として……」
「はい。こちらに」
男が言い終わるよりも早く、兎は懐から金貨を五枚取り出すと、男へと手渡した。
「む……確かに」
男は金貨の枚数と頭数が合致していることを確認すると、漸く険しい顔を崩した。
「この先がどういったところか、よく理解しているようだな。迷宮内はとても危険な場所だ。決して気を抜くなよ。無事を祈る」
「ありがとうございます」
迷宮に入る許可と気遣いを受け、兎は律義に辞儀を返す。そして一同は宮の中へと足を踏み入れた。
宮の中は外に比べ簡素なつくりだった。
入ってすぐ目の前に下へと続く階段が口を開け、左右に一つずつ扉が佇んでいるのが見える。扉にはそれぞれ足の模様と目の模様が刻まれていて不気味な空気を醸し出していた。
「……悪趣味な場所だ」
ラインハルトの呟きに、カイネルとエンカが同意する。だがシェインだけは、興味深そうにその扉を見つめていた。
「こちらの扉が帰還の魔導紙を使用した際に戻ってくる場所です。こちらが休息所。そしてあの階段が、迷宮への入り口です。浅層であればこの階段から戻ることも可能ですが、奥に行けば行くほどその可能性は低くなります。……さて、準備はよろしいですか?」
兎は振り向くと真っ赤な瞳で一同を見渡した。ここまで来ておきながら再び投げかけられた問いかけ。それはまるでラインハルトらを試しているかのようにも見えた。
「大丈夫だ。行こう」
兎を前に一同は力強く頷いた。
兎もまた頷くと、揃って階段を下って行く。
階段が終わるとそこには、舗装された狭い通路が伸びていた。二列では歩けるが、三列では難しそうだ。少なくとも、入り乱れての戦闘は不可能だろう。
通路に入ると一同は、予め決めていた隊列を組む。その間、ラインハルトは以前宿屋の店主から貰った地図を取り出した。
「役に立ったらいいんだがな……」
改めて見てみると何とも酷いものだった。蛇がのたうった後のような線が描かれているだけで、外壁や目印のようなものは一切ない。地図だと明言されなければ、まったくもって理解できないだろう。
「それが地図ですか?」
「ああ、今は現役を退いた戦士からの譲りものだ。……正直、あまり期待はしていないのだが」
ラインハルトは何度か地図を回転してみた。しかし、臨んだ答えは返ってこない。
先頭を行くエンカが歩き出す。続いてラインハルトが、三番手に兎が入り、シェイン、カイネルと続く。
そこまで来て漸く、兎はそれまでずっとかぶっていたローブを外した。真っ白な耳がぴょこんと伸び、周囲の音の感知を始める。
「では行きましょう。周囲には十分注意してください」
いよいよ、迷宮の探索が始まった。
特に複雑な道のりではない。町を横断する大通りを道なりに進めば自然と辿り着く。だが、進めば進むほどに町を行く人たちは姿を消し、やがて賑やかだった装いは次第に薄れていった。
迷宮への入り口は小さな宮のようになっていた。そこはかとなく厳かで、得も言われぬ神々しさを讃えている。
一方で周囲には、似通った看板を掲げた店が立ち並び、閑散としていながらもやや乱雑に見えた。
「あのレンズの看板は何の店なんだ?」
ラインハルトは近くの建物に掲げてある木製の看板を指さし兎に問いかけた。
「あれは『鑑定所』です。迷宮より戻ってきた探求者たちは、持ち帰った宝物をああいった店で調べてもらうのです」
「成程……しかしあんなに必要なのか?」
周囲にある鑑定所は優に十を越える。ところが近くに人影がいないことから、現在新たに挑む探求者は僅かに五人。仮に一人につき一店舗利用したとしても余りある数だ。
ラインハルトの問いかけに対して、兎は手袋をした手で一つの店の店先を指差した。
「格式が違うんですよ」
ラインハルトは細い指の先を見る。するとそこには看板と同じく木製の立て札に「一品どれでも金貨一枚」と書かれていた。
「一品どれでも……金貨一枚? ううむ、相場が分からないから安いのかどうか分からないな」
そう言いつつ、ラインハルトは隣の店の店先を見る。
「……銀貨十枚? また極端に低いな」
よくよく周囲の店先を見れば、どれもこれも異なった金額を設定しているようだ。
兎は語る。
「ですから腕前が違うのです。基本的には値段に比例して鑑定師も優秀になります。要するに、より宝物の情報を引き出せるのです」
「成る程……宝の鑑定すらも財布事情によって選べるわけか」
「ええ。私たちももしかしたら利用するかもしれません」
そんなやり取りを経て、一行は迷宮の入り口がある宮に辿り着いた。
宮は町にある他の建築物とは一風変わった造りだった。柱の一つから壁の一角に至るまで、非常に精巧な装飾が散りばめられており、美術的な美しさを放っている。そしてそもそも建材から違っていた。町にある建物は大半が木材から作られていたが、その建物は石材を加工して作られていたのだ。それも唯の石材ではないようで、表面を滑らかに加工してあり亀裂や繋ぎ目の様な物すら見当たらない。
そんな美麗な宮の入り口には、二人の武装した男がたっていた。
「そこの者ら、止まれ」
低く、威圧する声で制止される。
ラインハルトらは言われた通りに立ち止まると、相手の出方を伺った。
「代表者は誰だ?」
男が問いかける。すると一行の中から、兎が一歩前に出た。
「お前がリーダーか。此処がどういった所か分かっているのか?」
「迷宮の入り口にございます」
兎の答えに男らは顔を見合わせた。
顔も体も、肌の一部すらも覆い隠した彼女の声が、女のものであったことに驚いたようだ。
だが狼狽えたのも一瞬。すぐに顔を引き締めると仕事を始める。
「……わかっているならいい。では入宮料として……」
「はい。こちらに」
男が言い終わるよりも早く、兎は懐から金貨を五枚取り出すと、男へと手渡した。
「む……確かに」
男は金貨の枚数と頭数が合致していることを確認すると、漸く険しい顔を崩した。
「この先がどういったところか、よく理解しているようだな。迷宮内はとても危険な場所だ。決して気を抜くなよ。無事を祈る」
「ありがとうございます」
迷宮に入る許可と気遣いを受け、兎は律義に辞儀を返す。そして一同は宮の中へと足を踏み入れた。
宮の中は外に比べ簡素なつくりだった。
入ってすぐ目の前に下へと続く階段が口を開け、左右に一つずつ扉が佇んでいるのが見える。扉にはそれぞれ足の模様と目の模様が刻まれていて不気味な空気を醸し出していた。
「……悪趣味な場所だ」
ラインハルトの呟きに、カイネルとエンカが同意する。だがシェインだけは、興味深そうにその扉を見つめていた。
「こちらの扉が帰還の魔導紙を使用した際に戻ってくる場所です。こちらが休息所。そしてあの階段が、迷宮への入り口です。浅層であればこの階段から戻ることも可能ですが、奥に行けば行くほどその可能性は低くなります。……さて、準備はよろしいですか?」
兎は振り向くと真っ赤な瞳で一同を見渡した。ここまで来ておきながら再び投げかけられた問いかけ。それはまるでラインハルトらを試しているかのようにも見えた。
「大丈夫だ。行こう」
兎を前に一同は力強く頷いた。
兎もまた頷くと、揃って階段を下って行く。
階段が終わるとそこには、舗装された狭い通路が伸びていた。二列では歩けるが、三列では難しそうだ。少なくとも、入り乱れての戦闘は不可能だろう。
通路に入ると一同は、予め決めていた隊列を組む。その間、ラインハルトは以前宿屋の店主から貰った地図を取り出した。
「役に立ったらいいんだがな……」
改めて見てみると何とも酷いものだった。蛇がのたうった後のような線が描かれているだけで、外壁や目印のようなものは一切ない。地図だと明言されなければ、まったくもって理解できないだろう。
「それが地図ですか?」
「ああ、今は現役を退いた戦士からの譲りものだ。……正直、あまり期待はしていないのだが」
ラインハルトは何度か地図を回転してみた。しかし、臨んだ答えは返ってこない。
先頭を行くエンカが歩き出す。続いてラインハルトが、三番手に兎が入り、シェイン、カイネルと続く。
そこまで来て漸く、兎はそれまでずっとかぶっていたローブを外した。真っ白な耳がぴょこんと伸び、周囲の音の感知を始める。
「では行きましょう。周囲には十分注意してください」
いよいよ、迷宮の探索が始まった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる