探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
上 下
77 / 124
魔法都市

戦いの末に

しおりを挟む
 老爺が近づいてから暫くして、用人たちの話は終わる。
 ルインはばつが悪そうに苦笑いを浮かべ、アネシアは大きなため息をついて落胆。そんな様子で二人は地面にへたり込んでいるラインハルトの元へと近づいた。
「大丈夫かい?」
 ルインがラインハルトへと手を差し伸べる。
「……魔法とは便利なものだな。あれだけ痛かったのが嘘のようだ」
 ラインハルトは差し出された手を取り立ち上がると、両手でズボンの土埃を払った。先ほどまで力の入らなかった足だというに、今では普通に立ち上がることが出来る。それが不思議でならない。
「何でもかんでもできるわけじゃないんだ。何事にもそれなりの代償がある。例えば……君の場合はこれから二三日の間、体がうんとだるくなるだろうね」
 そう語るルインの言葉が、ラインハルトには信じられなかった。なにせ今彼の体に不調は一切見られないのだ。試合を行う直前の体調に戻ったといってもいい。尤もその不可解な出来事があるのだから、彼の言う言葉に真実味を持たせる。

 ルインの言葉を聞き流したラインハルトへ、アネシアが声をかけた。
「貴方……英雄になりたいんですってね」
 先の口論の最中にやり取りがあったらしく、開口一番に彼女はそう言った。
「……貴女は?」
 ラインハルトからすればアネシアは見知らぬ女である。また、難しいことを語る英雄と近しい間柄のようだ。そんな女の口からどんな言葉が飛び出すのか、気が気ではない彼が彼女に心を許す理由はない。
「僕の奥さんだよ」
 ルインがそう言うとアネシアは自ら名前を言う。
「アネシアルテよ。宜しくね、ラインハルトさん」
 どうやら名前まで知られてしまっているようだ。アネシアルテは右の手を差し出す。対しラインハルトも自身の名を言ってからその手を取った。
「ラインハルトだ。……確かに、俺は英雄を目指している」
 名前を言うとともに、先ほどの質問の答えを語る。

 彼にはそれを隠す理由がない。英雄になりたいのかと言われれば自身をもって頷くことができる。当然今回もそれに倣って力強く頷いた。だがその様子を見たアネシアルテは、つんとした態度で語る。
「呆れた……そんな人には到底見えないけどね」
「……そんな人?」
 アネシアルテの言葉に、ラインハルトは首を傾げた。

 やがて三人の元へあの老爺とカイネル達が集まってくる。その間もアネシアルテの口は閉じることを知らない。
「英雄っていうのはどういう人か、貴方は知ってる?」
「はぁ、またその問か? ……人知を超えた力を持つ戦士だ。少なくとも、これまで語り草になる英雄は皆がそうだった。ま、そこの英雄様は『成し遂げた者』だとか言っていたがな」
 含みのある言い回しはお手の物。ラインハルトは嫌味をたっぷり込めて言い返す。だがラインハルトのその答えは、アネシアルテの求めるものではなかったらしい。
「ぶー。そんな難しく考えるからダメなのよ。いい? 英雄っていうのは『良いことをした人』なの。暴漢に襲われた人を助けた、飢饉に見舞われた村を救った、国に迫る危機を払った。大事なのは事の大小じゃなく、誰の為になったのか、よ。良いことをした人は、してくれた人にとって紛れもなく英雄ヒーローになるの。つまり誰でも英雄になることができるわ。でも貴方はそんな感じじゃないじゃない? どちらかといえば傭兵とか、兵士とか、そっちの方が似合っているもの」
 彼女が語る英雄像は至極簡単なものだった。ルインが語るよりももっと具体的であり分かりやすい。だからラインハルトにも彼女の中にある英雄像がどんなものかよくわかった。

 ラインハルトは、彼女の話を否定しなかった。何故なら彼自身、傭兵や兵士の方が性に合っていると思っていたからだ。人にやること、やらねばならぬことを支持してもらい、報酬をもってそれを熟す。生きていく上ではそれだけで十分であり、それが最も楽なのだ。だが彼の師はそれで終わることを望まなかった。だから彼は英雄を目指す。ただそれだけの話なのに何故誰も彼もそれを理解しないのか、それがラインハルトには理解できない。

 唐突に、それまでルイン、アネシアルテに任せていただけの老爺が口を開く。
「だが……ラインハルト君にもその資質はあると思うがの」
 枝のような指手で、枝垂れた長い髭を扱く。その仕草を見、声を聴いたルインは疑問を呈した。
「リエント様。本当にそう思われますか?」
「もちろん。……ラインハルト……どこかで以前聞いたことがあると思ったが、もしや君は、彼の法国にて内政回復に貢献した戦士ではないか?」
 ラインハルトは、ルインやアネシアルテではないどこぞの誰とも知れぬ爺からその話が出たことに驚く。
「あ、ああ、確かにそんなこともあった」
 狼狽えながらも頷くラインハルトを見て、リエントと呼ばれた老爺は老獪に笑った。
「ほっほっほ。なら君にもわかるだろうて。君は改革を起こすその瞬間、自分の行動の損得を計算高く考えながら動いていたかね? いいや、恐らくは考えるよりも先に体が動いていたのではないか? もしくは強い強いたった一つの信念に基づいて動いていたのではないか?」
 ラインハルトは当時を思い返す。ジンが捕らわれの身となった時、ただ彼の無事を願い我武者羅に槍を振り続けたあの戦いを。その結果起きること、それにより得る物、失う物などを事細かに考える暇なんて、ある筈がなかった。唯一つ、師を救う為に。その為だけに彼は戦っていた。
 思い返すラインハルトが言葉を失くす様を見て、リエントは再び笑った。
「ほうら。そうした行いを繰り返していれば、いつか自ずと英雄と呼ばれるようになるのだよ。焦ることはない。君が信じる師の技を、そして師が信じた君自身を信じていれば、君はいずれ英雄になることができる」
 三度笑うリエントはルインを指さし、これもそうだった、と付け加えた。

 リエントの言葉は、ラインハルトがこれまで幾多の人間に投げかけられた数多の言葉の中で、最も心を突き動かすものだった。彼自身が経験し、覚えがある、というのが一番大きい。そして、これまで力は認められながらも最終的には否定されていた彼と彼の師の夢が、初めて肯定された瞬間でもあった。それまでの経緯で荒んでいた彼の心が、暖かなもので満たされる。そんな彼の心中を気にすることもなく、リエントはルインに向き直った。
「さて、ルインよ。君は彼の槍を壊してしまった。償いをしなければ、な?」
 優し気な微笑みが一変しルインを睨みつける。すると流石の英雄も小さくなってしまい、頭を垂れた。
「はい。ラインハルト君。君は確か槍を二つ持っていたよね? 残りの一つを僕に貸してくれないか? 悪いようにしないから」
 言われてラインハルトは、少々訝しみながらも無事であったもう一つの槍をルインに渡す。
 するとルインは、その槍を空に掲げ小さくぶつぶつとつぶやき始めた。

 それは不意に起こった。ルインの翠の右目と、空に掲げた槍がぼんやりと光りだす。淡い、淡い緑色。それに見とれていると、周囲にもその光が点在しているのに気が付いた。
 地を照らす淡い光は、先ほど液状化し飛散した槍の欠片だった。槍がルインの手を離れ宙に浮く。すると地に散らばっていた光が徐々に動き始め、円を描きながら次々と槍に吸い込まれていった。光が槍に吸い込まれるたびに、槍が持つ輝きが強くなる。そうしてすべての光が一つになった時、ルインの手に一振りの槍が残った。
「はい。これで君の二つの槍は一つになった。二つのものを一つに、その性能は調整によってはいいとこどりもできる。勿論壊すこともね。これが錬金術さ」
 ラインハルトは呆然としたまま、差し出された槍を握る。たったそれだけで、その槍がこれまで使っていた槍と全く別物であるとわかった。
(二つを合わせた……の割には軽いな。それによく手に馴染む)
 気持ちに任せ、二度ほど槍を虚空へと突き出した。穂先が空を切り、風が鳴る。それまで振るったこともない手応え。その完成度に思わず顔が綻ぶ。
(強度も申し分なく、しなりもある。これは……素晴らしい!)
 満足そうに笑うラインハルトを見て、ルインは肩の荷が下りたと言わんばかりに大きなため息を一つついた。
「……さて、観客も多くなってきた。もうすぐ日も暮れる。客人よ。今日はここに泊まっていきなさい」
 そう語ったのはリエントだ。
 それまで一切気が付かなかったが、ラインハルトがぐるりと周囲を見渡せば、いつの間にか少年少女らの姿がちらほらと。幾許かの恥ずかしさを覚え、ラインハルトは準備を始めるリエント、ルイン、アネシアルテの後に続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...